第9話:安らぎの朝、覗く歯車
【1】
――翌朝。
ガンッ!ガンッ!
金属を叩く乾いた音が、薄闇に残る眠気を一瞬で吹き飛ばした。
「……っ、な、なんだ!?」
カズヤとアマネは同時に跳ね起き、音の方向――作業部屋へ向かう。
白い煙と火花が漏れる中、ゴーグルを額にずらしたカムイが、
装置にレンチを叩き込んでいた。
最後の調整を終えたらしく、満足げに手を離す。
「終わったっすよ〜」
ちょうどその背後から、アインが欠伸をしながら現れた。
「やっとか。おはようさん」
振り返ったカムイは、カズヤ達の姿を見るなり満面の笑顔。
「昨日は集中切らしたくなくてつい。ごめんなさいっす!
――カムイっていいます!
カズヤさんとアマネさんっすよね。よろしくお願いします!」
勢いのまま、両手でカズヤとアマネの手をガシガシと握る。
油と汗の混じったぬるりとした感触に、カズヤは引きつった笑みを浮かべた。
「……あ、ああ、よろしく」
アインが乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、そういうわけだ。
で、カムイ――何か掴めたっぽいな?」
「ふふーん、もちろんっす!ビンゴだったっす」
カムイは机の上の端末を指差し、嬉々として説明を始めた。
⸻
【2】
カムイは端末を操作しながら、上機嫌に振り返った。
「じゃ、さっそく本題いくっすよ。
ふたりとも――“七綴り”って知ってます?」
カズヤとアマネが同時に首を傾げる。
「なな……?」
「聞いたことあります。伝承の話……」
「表向きにはそっすね。でも、ちゃんと実在する」
アマネが目を丸くする中、カムイは続ける。
「感情・声・形・存在――とか。
“記録”を構成する七つの要素で、この世界は作られている、って話っす」
カムイは端末の画面を指す。
「で、今回おかしくなってるのが、そのひとつ――
リムランドにある“存在の綴り”っす」
カズヤが眉を上げた。
「存在の……?なんだそりゃ」
「簡単に言うと、“そこにある”って事実を世界に定義する装置みたいなものっすね」
カムイは手早くデータを呼び出す。
「消えた人達の周辺を観測してて気づいたんすけど――
そこにいるのに、世界がその人を認識し損ねてる。
電球がチカチカするみたいに、“ない”と“ある”を行き来してるかんじっす」
アマネが小さく息を呑む。
「……だから、人が消えたように見える」
「そういうことっす!」
だが、アインが眉をしかめる。
「んな重要なもんなら、大書院が真っ先に気づくだろ」
「ところがどっこい。
七綴りは機密中の機密で、筆聖クラスの権限がなきゃ知らんっす。
うちも昔、《《たまたま》》調査の中ですこーし知れただけっすもん」
カムイは、机に置かれた装置をトントンと叩く。
「うちがここまで辿り着けたのも、
この《観測くん3号》のおかげっすから」
アマネが眉を上げてヘンテコな見た目の装置を覗き込む。
「観測くん?」
「うち好みにチューニングした、エーテル反応を可視化してくれる観測装置っす。
これで“存在が消えた地点”のエーテル位相を観測してたんすけど――
通常ありえないエーテルのノイズを検出したんす。
しかもそのノイズ、存在が消えた人達の残響データと同一位相で反転してるんすよ!!」
捲し立てるような早口の説明に、アインが頭をかきながらぼやく。
「……半分も分からねえ」
「うちだけ理解してればいいっす。要するに!」
カムイは胸を張る。
「消えた人はずっと“そこにいる”。
そして、残響の残滓も一切なし。
こんな説明がつくのは――“存在の綴り”の異常だけ、ってわけっす」
⸻
【3】
理解が追いついたわけではないが、状況の輪郭だけは掴めた。
アインが腕を組む。
「じゃ、とりあえず――“存在の綴り”をなんとかすればいいってことか」
「そういうことっす!」
カムイがパチっと指を鳴らす。
だが、すぐに表情を曇らせた。
「……ただ、問題が二つあって。
“存在の綴り”をどう直すか分からない。
んで、そもそもそれがどこにあるかも分からない」
アインが苦笑する。
「つまり、何も分かんねぇってことだな」
「まあまあ、それをこれから調べるんすよ!」
カムイはアマネへ向き直る。
「アマネさんには、うちと一緒に調査をお願いしたいっす。
消えた残響も、無関係じゃないはずっす」
「……!分かりました。私でよければ」
アマネが頷くと、カムイの表情がぱっと明るくなる。
次いでアインとカズヤへ向き直り、小型装置を差し出した。
「でー。アインとカズヤさんは――これ!」
なんだこりゃ?と、アインが怪訝な顔をする。
「新型の《観測くん4号》っす。
この街で消えた人達の観測データ、片っ端から集めてきてください!
今はとにかくデータが沢山欲しいんで」
カズヤは力強く頷き、アインも笑みを見せる。
「いいねぇ。ようやく本格的に動けそうだ」
その瞬間、拠点の空気が一気に明るくなる。
カムイがパンッと手を叩いた。
「んじゃっ!まずは朝ご飯にしましょー。
腹が減ってちゃ頭も働かないっす!」
「あ、私も作ります!」
「俺も手伝うぜ!」
カズヤもアマネも、笑顔で台所へ駆けていく。
赤橙のランプがゆらゆらと揺れる拠点の中で、
小さな笑い声が、初めて穏やかに響いていた。
――嵐が過ぎ去った後、ようやく得た一時の静けさ。




