第7話:三つの影
【1】
夕陽が赤い砂丘を染め、砂に残った熱が空気を揺らしていた。
カズヤは剣を構え直し、アインは槍を低く構える。
――次の瞬間、火線が走った。
アインの槍が地を抉り、熱波が爆ぜる。
カズヤは足を滑らせるように横へ跳び、すれ違いざまに刃を振るう。
火花が弾ける。
「へぇ……。
さっきから良い動きしてるよな。素人にしちゃ上等だ」
「そりゃありがとよ!」
息を荒げつつ、カズヤは反撃へ転じる。
剣閃がアインの頬を掠め、薄く血が滲む。
だがアインはひるまず、むしろ愉快そうに笑う。
「ハハッ!いいじゃねぇか!ヒリついてきた!」
槍が唸る。
突き、薙ぎ、叩き――そのすべての動きが火と一体だった。
槍が風と火を引き連れ、連撃が迫る。
カズヤの傷が増えていくが、目の光は消えない。
距離が開いたところで、カズヤは膝をつき呼吸を整えた。
槍を地に突き立て、にやりと笑うアイン。
「お前の……。〈災厄の残響〉って言うんだろ?
使えよ。もっと吠えてみせろ!」
「っ……ざけんな!
軽く使えるもんじゃねぇ。あんただって同じだろ!」
アインは呆れ、ため息をつく。
「はあ。分かってねぇんだなあ、お前……。
“外典”だってこと、ちゃんと受け入れてるか?」
「……はあ?」
「どっかで後ろめたさを感じてんじゃねぇか、ってことだよ」
言葉が、不意にカズヤの胸の奥に刺さった。
“外典であること”に、どこかで罪悪感を抱いている?
アインはゆっくりと槍を回しながら続ける。
「外典の記憶はな……どんなに忌まわしくても世界に刻まれた事実なんだ。
消せねぇし、無かったことにもできねぇ。
――だから向き合う。
世界の傷に向き合ってやれるのが、俺達”外典”なんだよ」
纏う火が、少し違って見えた。
破壊のためではなく、“生きる意志”そのもののように。
カズヤはわずかに息を呑んだ。
戦いの最中なのに、僅かに、胸の奥で何かがほどけていく感覚があった。
⸻
【2】
荒い呼吸。震える膝。
それでもカズヤは剣を下げない。
アインの言葉が脳裏にザラつく。
蔑まれて、疎まれて。
外典であることを認めないようにしてきたつもりが。
気づかないふりをして、目を逸らして。
だがどこかで、“忌むべきものであること”を受け入れてしまっていたのか。
そうしなければ――
(……笑えるな。外典に縛られてるのは俺自身ってか)
世界の傷に向き合ってやれるのが外典。
今初めて会った男の言葉で、胸が揺らぐとは思わなかった。
カズヤは自分の掌を見た。
(……救う為に手を差し伸べるって決めた。
正典も外典も関係ねえ。俺の生き方だったはずだ)
カズヤは息を吸い込み、両手で剣を構え直す。
胸の奥で、嵐が蠢く。
エーテルの奔流が、意識の底を叩いた。
目の前にいるこの男は、何かを掴んでいる。
試して、ぶつけてみたい。
「……やってやろうじゃねえか」
覚悟を決めたその目に、アインは高揚を隠せない。
「いいねぇ……やっと本気か。来いよ!」
互いのエーテルが響き合い、空気が震える。
熱が渦巻き、砂が舞う。
二人の膝が沈んだ瞬間――。
ピシィッ!!
震える空気の中を一閃が駆けた。
二人が反応するよりも早く。
二人が握っていた武器は金属糸に弾かれ、軌跡の中に攫われて――。
アマネの手の内に。
「……ん?」
「……え?」
男どもは揃って間の抜けた声を出す。
二人の視線の先で――アマネは眉間に皺を寄せ、身体を震わせていた。
「何…やってるの!!
敵意はないんでしょ!?殺し合いでもする気!?」
完全に言葉を失う。
沈黙。
アインが恐る恐る口を開く。
「……あー、俺はちょっとお試しで…」
「“お試し”で残響使うな!!」
アマネの怒号が耳をつんざく。
風が止まり、火の粉がしゅんと消える。
アインとカズヤは顔を見合わせた。それは初めての意見の一致。
「「すみませんでした」」
揃って深々と頭を下げる。
アマネは溜息をつき、奪った武器を地面に放り投げた。
氷のような声色で吐き捨てる。
「次やったら、本気で縛り上げるから」
男共はビクつきながら武器を拾う。
「……うちのボスより怖えぞ、この子……」
アインのぼやきに、カズヤが小声で返した。
「……俺も今初めて知った」
⸻
【3】
夜風が熱を攫い、砂丘に静けさが戻る。
アインは槍を肩に担ぎ、口の端を上げる。
「はー悪い悪い。
ついテンション上がっちまってよ。
初対面で戦うのは、まぁ…趣味だ」
「趣味悪ぃ」
カズヤが呆れ気味に吐き捨てる。
アインは笑い、カズヤの肩をポンポンと叩く。
その掌には戦いの熱がまだわずかに残っている。
「んじゃ改めて。
俺はアイン・カフカ。
断章の詩って組織に所属してる」
「フラグメンツ……?」
アマネが首を傾げる。
「大書院に愛想尽かした奴らの集まりだ。
正典の傲慢さに納得いかねえ奴、外典扱いに納得できねぇ奴。
ま、俺もそのひとりだ」
沈黙が落ちる。
そしてアインの表情が一転、鋭くなる。
「で、単刀直入に聞く。
お前ら、“存在の消失”ってやつに心当たりは?」
カズヤは目を瞬かせた。
「……“存在の消失”?なんだそりゃ」
その反応に、アインは短く息を吐いた。
「だろうな。まーお前らの仕業じゃないとは思ってたが」
アインは続ける。
「――今リムランド中で、“人や物が消えてる”。
だが、ふとした時にゴミが増えたり、声が時々聞こえたりするんだと。
だから、“そこにいるのに、いない”」
アマネの顔がこわばる。
アインは拳の中の小石を転がしながら続けた。
「二日前、俺らの仲間――ノエラの姉御も消えた。
組織の要だった人だ。だから一刻も早く原因を突き止めて取り戻したい。
で、その鍵が“残響を失った”お前だと思ってた」
アマネが目を伏せる。
その表情に敵意はないことを悟り、アインは小さく笑った。
「……こりゃアテは外れたな」
「最初から聞けばよかったじゃねえか」
「だーから悪かったって。
“残響を失った綴士”と“災厄の外典”。気にならねぇ方が嘘だろ?」
カズヤが大きくため息を吐いた。
「……で、なんで俺らのことを詳しく知ってんだよ?」
アインの目に一瞬、火が灯る。
「“協力者”がいる。各地の街とか港、大書院にもな。
そいつらが情報を流してくれる。
大書院に不満持ってんのは、何も外典だけじゃねぇ」
カズヤは怪訝な顔を崩さない。
「じゃあ、俺らをどうする気だ」
「どうもしねぇよ。むしろ、協力してほしい。
さっきので実力も大体分かったしな。お前らの力がいる」
「協力?」
「俺らは人手が欲しい。話も聞きたい。
お前らは身を潜める場所が欲しい。
利害は一致してるだろ?」
カズヤとアマネは短く視線を交わした。
完全に信用はできないが、味方が欲しいのも事実。
不信と警戒、それでも確かに、希望のようなものがあった。
「……分かった。話だけは聞く」
アインが笑い、背中の槍を軽く叩く。
「よーし、決まりだ!
ま、仲良くやろうや!」
遠く、フォーンシティの灰の塔が赤く灯り、峡谷を吹き抜ける風が三人の影を重ねる。
三人の歩みが、静かに同じ方向へと揃っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
カズヤとアマネの「逃走の旅」
ここから、世界側でも静かに歯車が動き出します。
存在の消失現象、筆聖の介入、
そしてフォーンシティで交錯する三つの勢力。
新たなキャラクター達も登場し、
物語としてはここから一段階スケールが広がっていきます。
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