四話 長閑な朝
朝日が昇り、アメリアの私室に朝食が運ばれてきた。
食が細いアメリアのために用意されるものは、いつも決まっている。
小麦のロールパンひとつに、ポーチドエッグ。
温かなスープ(今日は野菜たっぷりのトマトスープ)、そしてミルク。
配膳する女性を見た瞬間、アメリアは心臓がどくんと鳴るのを感じた。
――昨日の夜、ふと思い浮かべていた侍女・シーリーンだったのだ。
アメリアなら、どんなふうに声をかけるだろう?
そう考えても、言葉がまるで出てこない。
アメリア王女とカリナは姉妹のように親しかったが、王女は他の侍女に関しては興味を示さなかった。
それは冷たいからではなく、幼い頃から仕えるカリナと侍女頭のローラがいれば、何も困らなかったからだ。
だがそのせいで、カリナは他の侍女たちから少し距離を置かれていた。
唯一、シーリーンだけが普通に話してくれた――そんな記憶が蘇る。
「こっ、この……」
「はい?」
どうにか声を出すと、シーリーンは驚いたように首を傾げた。
「このスープ、美味しいわ。何が入っているのかしら?」
「ええと……今日はトマトコンソメで煮込んだスープです。アメリア様のお好きな香菜をたっぷり入れたと、料理長が申しておりました。」
「そう……あなたはシーリーンだったわね。」
「はい。」
「今日はローラが祝宴の準備で厨房につきっきりと聞いたわ。代わりにあなたが、私の手助けをしてくれないかしら?」
「えっ、わ、私がですか?! はいっ、光栄でございます!」
「良かったわ。婚約の儀では花をたくさん飾りたいと思っているの。
私の庭園から、一番素敵な花を選びたいの。」
「まあ……アメリア様の庭園は国一番ですから、選び放題でございます!お食事が終わりましたらお供いたします!」
シーリーンの声が弾み、部屋に明るさが戻った。
朝食を終えると、ふたりはアメリアの所有する庭園へと向かった。
入口には、深紅のダリアが咲き誇っている。
朝の光が降り注ぎ、露をまとった花々がきらめく。
門をくぐると甘い香りが漂い、シーリーンは思わず深呼吸をした。
「わあ……やっぱり、ここはいつ来ても見事ですね!
アメリア様のお庭が一番だって、みんなが言う理由がわかります!」
「ありがとう。季節ごとに花を入れ替えているのよ。
でも、これほど見事に咲かせてくれているのは庭師たちのおかげだわ。」
その時、近くの植え込みから若い庭師が顔を出した。
褐色の髪を後ろで束ねた青年――ワトソンだ。
「アメリア様、おはようございます。お足元にお気をつけください。」
「まあ、ワトソン。朝早くから働いているのね。」
「はいっ。花の手入れは朝が一番でして。露を吸う花の顔が、一番きれいなんです。こちらの花を見てください。これは――」
その真面目な口調に、シーリーンが小さく吹き出した。
「また始まった。ワトソン、アメリア様はあなたの花講義を聞きにいらしたんじゃないのよ!」
「花講義だなんて……! アメリア様に一番素敵な花を選んでいただきたくて……」
顔を真っ赤にして慌てる彼を見て、アメリアは思わず笑みをこぼした。
「ふふ……花に真剣な人、私は好きよ。ありがとう。」
「えっ、アメリア様! そんなこと言ったら、また調子に乗りますよ!」
シーリーンが頬を膨らませると、ワトソンはさらに困ったように俯いた。
「の、乗りません! その……ありがとうございます!」
「ふふ……二人は仲が良いのね。」
アメリアの言葉に、シーリーンが慌てて手を振った。
「そ、そんな!ワトソンなんて弟みたいなものです!ね?」
「えっ?あ、はい。弟……です。シーリーンより年上ですが…」
ぎこちない二人を見て、アメリアは心の中でそっと微笑んだ。
――この二人、こんな風に言い合ってるのに、将来結婚するなんて世の中どうなるかわからないものよね。
でも案外お似合いだわ。
「さあ、花を選びましょう。婚約の儀を彩るには、どの色がいいと思う?」
「やっぱり赤でしょう!」とシーリーン。
「白も良いかと……落ち着いて見えます」とワトソン。
ふたりの意見が真っ向から割れ、アメリアは思わず笑い声を上げた。
明るい朝の光が、三人の頭上に降り注いでいた。
***
花を選び終え、庭園から戻る途中、見覚えのある女性が駆けてきた。
「あの、アメリア様!」
「あら、テティじゃない? ついこの間まで毎日一緒だったのに、なんだか久しぶりね。」
ノルディアまで共に旅した侍女・テティが、気まずそうにお辞儀をした。
王都に戻ってすぐ、彼女は本来の主人である義姉マリアのもとへ戻ったのだ。
「あの……ご相談したいことがありまして……」
「まあ、なにかしら?」
テティはシーリーンを一瞥すると、そっと綺麗な封筒を差し出した。
「こちらを……
では、よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げると、小走りで去っていった。
「アメリア様。差し出がましいようですが、侍女からの手紙など……お受け取りにならぬ方がよろしいかと。」
シーリーンの忠告はもっともだった。
いくらノルディアで共に過ごしたとはいえ、侍女が王女に手紙を出すなど、ありえないことだ。
だが、元が侍女である自分には――それを無視して捨てるなど、できるはずもなかった。
「そうね……でも、一応中を確認してみるわ。」
「……かしこまりました。何かありましたら、すぐお知らせください。」
もしローラがそばにいたら、この手紙はアメリアの手に渡ることもなかっただろう。
だが今、彼女の手の中にそれはある。
部屋に戻った後、封を切り手紙を開いたアメリアは、首を傾げた。
――そこにはこう書かれていた。
「リンクのことでご相談したい。
毎夜、マリア様の庭園でお待ちしています。
少しの時間でも、どうかお越しください。」
リンク・メルディ――それはノルディアで、テティが恋をした青年の名だった。
帰りの馬車の中で、彼はノルディアに残り、ふたりの関係は友人止まりだと話していたはず。
――けれど、いったい何があったのだろうか。
不思議に思いつつも、アメリアはこの後の予定を頭に浮かべた。
22時ごろならこっそり抜け出せそうだ。その時間でもテティはいるだろうか。




