三十八話 春、幸せのはじまり
冬が終わり、王都に温かな風が吹き始める頃――
春の訪れとともに、アメリア王女とヴァルク・ストーン伯爵の結婚式が催された。
結婚式は三日間にわたって行われ、各地の諸侯や外国の大使、さらには多くの国民までもが王都へ押し寄せ、それはまさに盛大なものだった。
そして最終日の今日。
ヴァルクはすでに限界を迎えていた。
「大丈夫?」
「……これが大丈夫に見えるか?」
連日続くパーティに、ヴァルクは完全に参っていた。
着飾ることも、愛想笑いも、これほど長い期間強いられたことはなかったからだ。
「で、でも……とても素敵でございますわ。
今日の御衣装なんて、まるで王子様のようです!」
シーリーンが励ますように声をかけると、どうやら逆効果だったらしく、ヴァルクはがくりと肩を落とした。
「これが最終日なんだから、頑張りましょう」
「……今日が一番きつい……」
今日は、街中を馬車で巡るパレードの後、城へ戻り、王から正式に結婚の許可を拝命する予定だ。
たしかダリオンの結婚式の時は、群衆が押し寄せ、城を出てから戻るまでに三時間はかかっていた。
あの時よりも人が多く感じると伝えた時の、ヴァルクの表情は、思わず笑ってしまうほど嫌そうだった。
「アメリアー! ヴァルク! 元気か?」
二人のもとへ、正騎士姿のシンシアとジオが現れる。
「まあ! シンシアもジオも、とても素敵だわ!」
「アメリアは、今日もよく似合っているな」
シンシアはアメリアの姿を見て笑った。
この三日間、何度も行われた衣装替えを思い出したのだろう。
婚約の儀とは打って変わり、真っ白なシルクのドレスに、胸元では大きなシンハライトのネックレスが輝いている。
「最終日は白と決まっているのよ」
「……だからお前も、そんな軟弱そうな格好なのか」
ジオのからかうような言い方に、ヴァルクは苛立った様子で睨みつけた。
「あら、素敵でしょう?
ヴァルクは騎士だから、騎士服をイメージしているのよ。
今日のジオも似合っているわ」
「お前だって、まるで服を着せられた狼みたいじゃないか。
なんで騎士授与もされていないお前が、そんな格好を――」
「それがさ、パレードの護衛をするなら、この格好をしろって言われちゃってさ。
どうにか着せたんだから、余計なこと言うなよ……」
ヴァルクとジオの応酬を見て、シンシアが慌てて割って入る。
「ふふっ。あなたたちが護衛につくなら、安心ね」
コンコン。
ノックの音とともに扉から顔を出したのは、マリアとダリオンだった。
「アメリア! 今日もとても素敵ね!」
「マリアお姉様! ダリオンお兄様も!
どうしたのですか?」
シンシアとジオは敬礼し、部屋を出ていく。
マリアは嬉しそうに、アメリアたちの前に腰を下ろした。
「忙しい時にごめんなさい。
あなたたちが、明日にはノルディアへ出発すると聞いて」
「ああ、そうなの。
実はノルディアでも、お祝いの準備がされているようでして……」
「だから、マリアがパレードが始まる前に知らせたいって、聞かなくてさ……」
「だって、この後がどれくらい大変か、あなたは知っているでしょう?」
「まあ……ね。でも、それより、ストーン伯爵は三年も待たされたんだ。
早く妹を連れて帰りたい気持ちの方が、僕はわかるな」
「なっ……こんな時に、変なこと言わないで!」
二人の口論は、どこか甘い雰囲気を含んでいた。
怪訝そうに見つめるヴァルクに気づき、アメリアは気遣うように話題を変える。
「それより……何を話したかったのですか?」
「そうそう! 実は……子どもができたんだ。
生まれるのは冬だから、春になったら会いに来てくれ!」
嬉しそうなダリオンの声に、マリアは優しく微笑んだ。
「ええっ、本当!?
良かった……良かったわね、マリア!」
「ええ」
マリアの幸せそうな表情に、アメリアも自然と微笑んだ。
「それはおめでとう」
「ありがとう。でも僕は、マリアと二人でも全然良かったんだけどね」
ヴァルクの祝福に、ダリオンはマリアを見つめながら、嘘偽りのない言葉を返す。
「もう……アメリアたちの前ですよ」
赤く染まった頬を隠すように、マリアは視線を逸らした。
(すっかり、この二人もおしどり夫婦に戻ったのね……)
アメリアは安堵するように、そっと息を吐いた。
「良かったわ……ここまで、いろいろあったから」
「ごめんなさいね。
アメリアには、テティのことでもたくさん迷惑をかけてしまって。
そのことも、実は話したいことがあるのだけれど……」
マリアとダリオンは顔を見合わせ、少し躊躇ったあと、もう一度こちらを見る。
「でも、それはこんな時に話すことでもないわね。
また機会があった時に話すわ」
「え? いいわよ。だって、今くらいしか時間がないんでしょう?」
「ううん、大したことじゃないの。
それこそ、春でもかまわないわ」
「そうそう。
この後は本当に息つく暇もないと思うけど、頑張れよ!」
二人はそう言うと立ち上がり、そそくさと部屋を後にした。
「ねえ、一体何があったのかしら?」
ヴァルクに声をかけると、「さあな」と短く返される。
「それより、パレードの警護の確認をしておきたい。
少しシンシアたちと話してくる」
(こんなときまで心配性なんだから)
去っていくヴァルクの背中を見つめていると、シーリーンがからかうように笑った。
「本当にアメリア様は、ヴァルク様がお好きでございますね。
これからずっとご一緒だというのに」
「い、嫌ね!
彼がそばにいるのが……珍しいだけよ。
二週間前に王都へ来てから、ずっと慌ただしかったし……」
けれど、たしかにこれからはずっと一緒だ。
明日にはノルディアへと出発し、新しい生活が始まる。
ふと、アメリアは大事なことを思い出した。
「あ、ねえ、シーリーン」
「はい?」
「もしかして……今日って……
私たちの、初夜になるのかしら?」
アメリアの言葉に、シーリーンは一瞬目を丸くし、
そして、みるみる顔色を失っていった。
「も……申し訳ございません!!!」
シーリーンが大きく頭を下げ、その声が部屋に響き渡った。




