三十七話 灰となった真実
「ヴァルク!!」
アメリアが壁に開けられた小さな穴へ近寄ると、その向こうからヴァルクの安堵した声が聞こえた。
「無事か? ここを壊す。離れてくれ」
「わかったわ! テティ、早く!」
アメリアはテティの手を引き、壁とは反対側へ寄った。
揺れとともに、穴がどんどん広がっていく様子を見守る。
やがて、人が通れるほどの穴が開き、ヴァルクがその中から姿を現した。
「大丈夫か?」
「ヴァルク!」
駆け寄ると、ヴァルクに強く抱きしめられ、その腕の力に思わず息を呑んだ。
「まったく……どうしていつも、こっちの心臓を止めるような真似をするんだ……」
「ご、ごめんなさい……」
「早く脱出するぞ」
「ええ。テティ、行きましょう!」
「嫌です!」
テティは逆側の壁に背を押し当て、激しく首を振った。
「もう、生きていても仕方ないじゃないですか!
どうせ私は罰される……放っておいてください!」
「な、何を言って……」
説得しなければと思った、その時だった。
穴の外から騒がしさが増す。
次の瞬間、誰かがアメリアの横をすり抜け、テティの前へと進み出た。
「死ぬなんて……絶対に許さないから!」
「ま、マリア様……」
「……誰がなんと言おうと、あなたは私の友人なの!!
あなたが私を……そう思っていなくても……私は、私は……!」
「やめてっ!!!」
「わたしたちが友達だったのは……」
「……子どもだったから……それだけよ……」
マリアとテティが互いに掴み合う様子を、アメリアは呆然と見つめていた。
その間に、ヴァルクが大きくため息をつき、ズカズカと二人の間へ割って入る。
驚いて見上げた次の瞬間――
ヴァルクは一切の迷いもなく、テティの首元へ手刀を落とした。
一瞬で力を失ったテティの身体を支えると、そのまま躊躇なく肩に担ぎ上げる。
「「え……」」
呆然と立ち尽くすマリアとアメリアを、ヴァルクは鋭く睨みつけた。
「さっさと出ろ。この状況で何をしている」
「は、はい! マリア、行きましょう!!」
「えっ、ええ!」
慌てて二人が外へ出ると、その後をヴァルクが続いた。
外では、待ち構えていた騎士団や消防団員たちが、消火活動のため次々と中へ入っていく。
煙を避けながら歩いていると、シンシアがこちらに手を振った。
「大丈夫か、アメリア! 本当に無茶するんだから」
「ご、ごめんなさい。心配かけちゃって……」
どさり、とヴァルクが躊躇なくテティを地面に下ろすと、マリアが慌てて駆け寄った。
「気絶しているだけだ。一刻もすれば目を覚ます」
「……はい、ありがとうございます」
その場に座り込んだマリアは、テティの頬にそっと手を伸ばす。
その仕草には、変わらぬ優しさと愛情が滲んでいた。
「あれ? 助かったんだね」
軽薄な声とともに現れた男を、アメリアは鋭く睨みつけた。
頬は赤く腫れているが、怒りは鎮まらなかった。
フィリップは、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「あのさ、本当に僕は関係ないから。
叔母のことも、この侍女のことも……僕が強制したわけじゃない。
全部、勝手にやったことだろ?」
「あなたには、人の心がないの?
こんなにもあなたを想っている人がいるのに、あなたが少しでも心を寄せていれば……こんなことにはならなかった!」
「人の心?」
フィリップは鼻で笑った。
「じゃあ、こいつらにあるのか?
みんな、僕の見た目が好きなだけだろ」
青い瞳が、氷のように冷たく光る。
その言葉が本心であることが、痛いほど伝わってきた。
「ストーン伯爵、僕は戻る。
後のことは君に任せるよ」
「……承知しました」
(なんでヴァルクに命令するのよ……)
アメリアが内心で毒づく一方、ヴァルクは特に気にした様子もなく、火の手が広がらぬよう的確に指示を出していった。
こうして別館の一部は焼け落ち、火が完全に鎮まるまで、アメリアたちは夜通しその場を見守った。
夜が明け、すべてが落ち着いた頃――
火元となった部屋は、跡形もなく焼き尽くされていた。
その部屋は、スーザン・モリス男爵夫人が温室で育てた植物を加工し、薬物へと変えるために使用していたものと思われる。
しかし、テティが火をつけたことで、その秘密は灰となった。
彼女を罰するための証拠として残ったのは、温室の植物とモリス公爵自身、そして彼の部屋で焚かれていた麻薬のお香だけだった。
スーザン・モリスの身柄は一度王都へ移されたものの、夫である男爵とフィリップの計らいにより、
温室の植物すべてを押収すること、そして男爵が彼女の身柄と行動に責任を持つことを条件に、公爵領へ戻ることが許された。
一方、テティはすべてを自白した。
スーザンが男爵邸へ戻ってきた際に、彼女との距離を縮めたこと。
フィリップの母代わりが薬物に長けた人間だと知り、彼女から多くの薬草を譲り受けたこと。
マリアの印章を使って書簡を偽造し、山の民へ依頼を行ったこと。
さらに、自分に気を寄せていた下級貴族を利用し、アレクサンダーとの橋渡しをさせたこと。
その貴族を殺し、その毒で再びアレクサンダーを殺害したこと。
そのすべては、フィリップの心を得たい一心からだった。
彼女の行いには間接的に男爵夫人が関与していたものの、
犯行はすべてテティ個人によるものと断定された。
そして彼女は裁判にかけられ、刑が言い渡された。




