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【第二章】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!  作者: カナタカエデ
第二章

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二十六話 マリア

馬車の扉が開くと、まずシーリーンとテティが軽やかに地面へ降り立った。

そのあとに続こうとしたアメリアの前へ、ヴァルクがすっと手を差し出す。

その手を取って外へ降りると、二人は待ち構えていた人物――フィリップ・モリスの前に並んだ。


「やあ、久しぶりだね。長旅ご苦労さま。

今日はゆっくりしていってくれ」


いつも通り意気揚々と告げるフィリップ。

この二年、アメリアは彼と王宮で顔を合わせる機会が少なくなかった――いや、むしろ“敢えて”彼の訪問時を狙って会いに行っていた。

ダリオンとふたりきりにさせないために。

そのおかげか、この数ヶ月はほとんど王宮へ姿を見せなくなった。


「フィリップ殿、歓迎いただき感謝いたします。モリス公爵にもご挨拶申し上げたいのですが……」


ヴァルクが丁寧に礼を述べると、フィリップは爽やかに微笑んだ。


「ありがたい申し出だが……父はここ数年、体調を崩して伏せっていてね。

実質、この地を取り仕切っているのは僕なのだよ。

気兼ねせず滞在してくれ」


「……もうずいぶん長く床に伏せっていらっしゃいますが、大丈夫なのでしょうか?」


アメリアが問うと、フィリップは少し肩をすくめる。


「ああ、命に関わる病ではないよ。

それより――久しぶりに会えて嬉しいよ。

最近、王宮に顔を出していなかったから、寂しかったかい?」


その瞳は、まるでヴァルクに挑むようにアメリアを見つめてくる。

けれど、アメリアは知っていた。

その眼差しは決して“自分”を見てはいないのだと。


「それなら良かったですわ。

フィリップがいらっしゃらなくても、王宮は至って平和ですもの。……ね、お義姉さま?」


「えっ、ああ……。でも、ダリオンは寂しがっているわ。落ち着いたらまた遊びにいらして」


突然話を振られ、マリアは一瞬目を泳がせながらも言葉を繋いだ。


「そうだね。ダリオンにも会わないと……。

さあ、客室を案内しよう。

――騎士の方々には宿舎へ案内するように」


フィリップの指示を受けた侍従は、ガルドたち騎士団員を連れてその場を去った。

アメリアたちはフィリップに先導され、公爵の城へと向かう。


白亜の城――そう称されるモリス公爵家の居城は、まるで物語に出てくる宮殿のように美しい造りだった。

その壮麗さに、シーリーンは思わず感嘆の声を上げる。

代々王家に仕える忠臣とはいえ、公爵家の城がここまで華やかなのは、もはや王族と遜色がないほどだった。


アメリアがあてがわれた客室に到着すると、護衛のシンシアたちは翌日の作戦会議のため、すぐに部屋を後にした。

部屋ではシーリーンが必要な物だけを手際よく荷解きし、アメリアは手持ち無沙汰に室内を歩き回る。


「何か手伝いましょうか?」


「とんでもございません! アメリア様はゆっくりお休みくださいませ」


ぴしゃりと遮られ、仕方なく部屋の中を見て回っていると――コンコン、と小さなノック音が響く。

扉を開けると、マリアが立っていた。


「アメリアもお暇かと思いまして……よろしければ、公爵邸をご案内しますわ」


「えっ、本当?! ぜひ――」


「お待ちください!」


シーリーンの鋭い声に、アメリアは驚いて振り返った。


「今は護衛の者たちが外しております。部屋の中でお話しくださいませ」


「でも、せっかくだし……」


「護衛から、なにがあっても部屋から出さないよう申しつけられております」


シーリーンの一歩も譲らぬ姿勢に、アメリアは観念し、マリアを部屋へ招いてお茶を淹れることにした。


シーリーンが温かい紅茶を淹れると、その香りが部屋に立ちこめ、アメリアは穏やかに問いかけた。


「結婚以来の帰省だと伺いましたが……久しぶりの故郷はいかがですか?」


マリアは一瞬だけ表情を固め、曖昧に微笑んだ。


「え、ああ……そうね。ここは、変わらないわ……」


その返答には、触れてほしくない気配がわずかに滲んでいた。

アメリアは一拍の間を置き、静かに続けた。


「……お兄様と、何かあったのですか?」


「え……?」


マリアは驚いたように瞬きをし、カップの中へ視線を落とす。


「立ち入ったことを聞いてごめんなさい。でも……辛そうに見えたので…

もし、私にできることがあればと思うのですが」


マリアは少しのあいだ迷い、ふとシーリーンのほうへ目を向けた。

それに気づいたシーリーンはそっと立ち上がる。


「寝室の準備をしてまいります」


そう言って隣室へ移動し、扉が静かに閉まる。

マリアはゆっくりと息をついた。


「……アメリアの侍女は、本当に気が利くのね」


そう言うマリアの声は、どこか心の準備を整えているようだった。

しばしの沈黙ののち、彼女は絞り出すように告げた。


「……実はね、私……子どもができないみたいなの」


アメリアは息を呑んだが、あえて言葉を挟まない。

マリアは続ける。


「いろいろ調べてもらったけれど、原因ははっきりしなくて。

それで、思い切ってダリオンに相談したの。

“もしかすると、子どもができないかもしれない”って」


震える声。

握るカップの指先も、微かに震えていた。


「そしたら彼は……“子どもはいなくてもいい。君といられたらそれで十分だ”って」


「……お兄様らしいですわ」


アメリアが優しく言うと、マリアは苦しげに首を振った。


「彼は優しいの……本当に。

でもね……私は、早く子どもが欲しいの。

彼の……本当の家族になりたい。

王家にとっても、後継ぎは必要でしょう?

なのにダリオンは、“望まなくていい”って」


マリアはぎゅっと唇を噛みしめる。


「その言葉が……嬉しいはずなのに、どうしようもなく苦しいの。

まるで“諦めてもいい”って言われてしまったみたいで……

それから、彼とどう向き合えばいいのか分からなくなってしまったの」


アメリアはそっとマリアの手を包み込んだ。


「マリア……ダリオンはあなたを本当に大切に思っているのです。

子どもがいようといまいと、あなたが王家の一員であることは変わりません」


アメリアは優しく微笑んだ。


「でも……女性として、母になりたい気持ちもわかります。

治療を受けるなら、ダリオンと“ともに”受けてください。

一人で抱え込む必要なんて、どこにもありませんわ」


その言葉に、マリアの瞳に光るものが浮かんだ。

こぼれ落ちそうな涙を必死に堪えながら、小さく頷く。


作り物の影など、一つもないように見える――けれど。


アメリアはそっとマリアの手を包み込みながら、胸の奥で静かに思う。


――彼女を、信じてもいいのだろうか。


この涙も、この苦しみも、どうか本心であってほしい。

彼女は嘘をつくような人ではないと……そう、信じたい。


それでも小さな疑念は、消えてはくれなかった。


アメリアはその想いを胸の深くに押し込み、マリアの手をもう一度優しく握り返した。


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