二十五話 揺れる旅路
馬車の揺れに身体を預けながら外の景色を眺めると、穏やかな田園がどこまでも広がっていた。
王都から四時間ほど揺られ、アメリアたちはモリス公爵領へと入った。気候は穏やかで作物がよく育ち、観光地としても人気が高い。ロキア王国の中でも領民の多さを誇る地域のひとつである。
「まあ、見てください! マリア様、公爵様のお城が見えてきました!」
向かいの席に座るテティが弾む声で主へ呼びかける。マリアは穏やかな笑みを保ったまま頷いた。
そんな二人とは対照的に、その隣のシーリーンはあからさまに不機嫌な表情でテティを睨みつけていた。
――なぜ、この奇妙な座席配置になったのか。話は前日へと遡る。
アメリアが「自分も同行したい」と言い出したことで、ヴァルクの予定は大幅に狂った。
それでも彼が反対しなかったのは、二年間アメリアを放置したことへの贖罪なのだろう。出発を一日延ばしたおかげで、シーリーンやローラが急いでアメリアの旅支度を整えることができた。
そんな折、ダリオン王子がアメリアのもとへやって来た。
「フィリップのところへ行くんだって?」
「モリス公爵領に行くのであって、フィリップのところに行くわけではありませんけど……」
「マリアの父上から頼まれたらしいぞ。氷狼騎士団の力を借りたいって。
今、父上が管理している土地で家畜が狼に襲われ、大変なことになっているらしい。」
「まあ、マリアお義姉様の……そうでしたか。」
マリアはフィリップの従姉妹だ。
この二年の間にアメリアは彼女のことも調べていた。
地方貴族だったマリアの父は広い土地を所有していたものの、借金が膨らみ没落寸前となり、隣接する公爵家へ領地を譲渡。その代わりに公爵家の娘を妻に迎え、婿養子として一族に加わる形で土地管理の一部を任された――そんな経緯がある。
その結果、公爵領はロキアでも屈指の広さを誇るようになっていた。
そしてその地で狼の被害が発生している。
もともとフィリップ・モリスに関係する案件だとは思っていたが――マリアも絡んでくるとなれば、一抹の不安が胸をよぎる。
「マリアも連れて行ってくれないか?」
「ええっ?! どうして?」
「実は……最近ずっと元気がないんだ。
アメリアにだけ話すが、少し前に喧嘩してしまってね。形式上は仲直りしたんだが、どうにもぎこちなくて……。
そういえば結婚して一度も実家に帰っていなかったのを思い出したんだ! 久しぶりに父上や母上に会えば元気になると思わないか?」
「……喧嘩の原因は?」
「それは……夫婦の問題だから! 頼むよ!」
「……ヴァルクが許可したらね。」
そう言うとダリオンはすぐにヴァルクを探し回り、小一時間付き纏った末に、ついに許可を勝ち取ってきたのだった。
***
「こうやって馬車に揺られていると、ノルディアへの旅を思い出しますね。アメリア様」
「そうね。あの時、テティは馬車でよく居眠りしてたわ」
「ええっ、アメリア様、それは内緒にしてくださいッ!」
和やかな会話が続く。
しかしアメリアは、この空間が異様なものだと感じずにはいられなかった。
二年前、アメリアの誘拐事件の時、テティと無理矢理会うことができたが、それ以降はまったく会うことはなかった。
それはマリアも同じで、兄弟との仲は修復したものの、公式の場以外でマリアと会う機会はないに等しかった。
ダリオンもマリアの話題になると途端に口を閉ざし、彼女の本心を知ることすら困難だった。
――その二人が今、目の前にいる。
アメリアは彼女たちの真意を探るため、仕草ひとつ、言葉ひとつを聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた。
「テティ……あなた、ちゃんと仕事していたの?」
「もっ、もちろんですよ!ね、アメリア様?」
「ええ、そうね。ノルディアまでの道のりは……いろいろと大変だったから。
……そういえば、あの時も狼だったわね」
ぽつりと呟いた瞬間、テティの顔色が変わった。
「狼……?」
「ご存じないですか?山越えの時に狼に襲われたのです」
「まあ! そうだったんですの?
そんなこと、聞いていませんでしたわ」
咎めるような目を向けるマリアに、テティが慌てて弁明する。
「そ、それはマリア様がご心配なさるかと思いまして……! 実際、誰も怪我しませんでしたから。ねっ、アメリア様?」
「ええ、騎士団のおかげで無事に切り抜けましたから。ご心配には及びません。」
「人が狼に襲われるなんて……恐ろしいですね。
わたくしたちも大丈夫でしょうか?」
シーリーンの心配は、これから訪れる地のことだろう。
ノルディアで彼らを襲ったのがジオ率いる狼だったと知ればどれほど驚くだろうか――シーリーンなら、ジオに説教しに行くかもしれない、とアメリアは苦笑した。
「心配いらないわ。騎士団が片付けてくれるもの。
私たちはマリアお義姉様のご実家で、のんびり待たせていただきましょう」
「アメリア様もそちらまで行かれるのですか?
てっきり公爵様のお城で待たれるのだと……」
ガタン――。話していると、馬車が急に止まった。
窓の外を覗くと、いつのまにか公爵家の城門の前に到着していた。
王都にも引けを取らない重厚な門がゆっくりと開いていく。
その奥に佇む人物の姿を目にした瞬間、アメリアは反射的に息を呑んだ。




