二十二話 会いたかった
氷狼騎士団が王都の門を通過した――
その知らせがアメリアの元に届いたのは、シンシアの報告から数時間後のことだった。
アメリアはようやく重い腰を上げ、部屋を後にする。
肌の露出が多い白のドレスは涼しげで、人々の視線を奪う。
二年の時を経て、彼女の顔つきも体つきも大人びていた。
それでも、あえてこのドレスを選んだ――情けないと思いながらも、選ばずにはいられなかった。
ヴァルク・ストーンは、それほどまでにアメリアを待たせ続けていた。
互いに“永遠の服従”を誓ったというのに、彼がアメリアに会うためだけに王都を訪れたことは一度もない。
あの激しい口付けを最後に、まともな触れ合いすらなかった。
彼はいったい、何を考えているのだろう。
沸き上がる怒りを今日こそぶつけてやる――
その決意とともに踏み出す一歩一歩は、怒りの熱で押し上げられる階段のように、アメリアを前へ運んだ。
***
ヴァルクが城門をくぐり、正面階段へ降り立ったとき、アメリアはすでに階上に立ち、まるで見下ろすように彼を見つめていた。
「お久しぶりですね、ヴァルク」
馬を預けたヴァルクは、彼女を見上げる。
「アメリア! 元気そうだな!」
次の瞬間、彼は階段を駆け上がり、アメリアをふわりと抱き上げた。
軽々と持ち上げられ、視界が一気に高くなる。アメリアは思わず彼の頭にしがみついた。
「な、なにを……!」
「まさか出迎えてくれるとは思わなかった。今日は運がいいな」
子どものように嬉しそうな声に、怒っていた心が一瞬だけ揺らぐ。
「あ、あの! わたし……怒っているんですけど!」
叫ぶと、ヴァルクはきょとんとした顔を向けた。
「そうなのか? 何かあったか?」
(え……その認識なの……?)
睨みつけても、まるで心当たりがない顔。
二年の空白を気にも留めていないような様子に、胸が締めつけられる。
「いやぁ、殿下、お久しぶりです! 団長の突然の来訪に驚かれたとは思いますが、どうかお許しを」
後ろから届いた声に、アメリアは目を丸くした。
「エインハルト卿!」
氷狼騎士団第三部隊隊長、ガルド・エインハルト。
彼と顔を合わせるのは、アメリアがノルディアを去って以来だった。
ヴァルクは軽く舌打ちし、アメリアを下ろすと、手を取って向き合う。
「何を怒っているかは知らないが、後で話を聞こう。先に国王陛下へ挨拶しなければ」
「……今日も、そのままどこかへ行ってしまわれるのでは?」
「そんなことはしない。謁見が終わったら必ず会いに行こう」
「……わかりました。
エインハルト卿、ぜひあなたもお越しくださいませ。シンシアも心待ちにしておりますわ」
アメリアはガルドに柔らかな笑みを向け、ヴァルクに握られた手をそっと引き戻した。
**
「信じられる? 二年間もほったらかしにしたくせに、『何かあったか?』って言ったのよ!?」
怒りの収まらないアメリアは、自室でシンシアに捲し立てる。
「うーん、ジオ、どう思う?」
「俺に聞くな……あの馬鹿の考えていることなど知らん」
王宮でアメリアの護衛を務めるのは、氷狼騎士団ではない“山の民”の首領ジオだ。
隠密任務の多いシンシアの相棒として、彼はこの二年、ほとんどの時間を王宮で過ごしていた。
ノルディアへの道中での狼の襲撃を、二人はまるでなかったことのように振る舞うが、アメリアは忘れていない。
依頼主を聞き出そうとするも、ジオは口を割らず、シンシアも「依頼だから当然だろう」と取り合わなかった。
結局、あの襲撃の真相は闇の中のままだ。
それでも、二人がそばにいてくれることは心強かった。
シンシアとジオは、相棒であり、恋人であり、親友のようでもある――特別な絆を感じさせる。
その姿を見るたび、胸の奥が温かくなり、そして少しだけ切なくなる。
ふたりの仲睦まじい様子は微笑ましく、嫌な気持ちを和らげてくれた。
「アメリアも、ヴァルクに会いたくなかったのか?」
「えっ?!」
ジオのストレートな言葉に、アメリアの動きが止まる。
「俺はまったく会いたくなかった」
「ははっ、アメリアは会いたかった!に決まってるだろ?」
シンシアが笑い転げ、アメリアは黙り込む。
ジオは深いため息をついた。
「なら、そう言えば良い。無意味に怒っても仕方ない」
(ジオってば…正論を吐くわね……)
そんなこと、わかっている。
――届かない手紙を何度も書いたこと。
――返事のない夜をいくつも越えたこと。
――会えると期待したのに“すでに出立した”と告げられた日の落胆。
全部、言葉にできるほど単純じゃない。
子どもじみた感情だと分かっている。
何年生きてきたのかと、自分に呆れるほどだ。
遠くにいる間は誤魔化せたはずなのに、こうして姿を目にすれば――胸の奥で、抑えていたものがどうしようもなく溢れてくる。
この渦巻く気持ちを、どこへ置けばいいのだろう。
アメリアはそっと息を吐き、胸元をぎゅっと握りしめた。
――会いたかった。
それだけは、紛れもない本心なのに。




