十八話 婚約の儀
翌日はよく晴れた秋の空の下、アメリアは漆黒のドレスに身を包み、薄い黒のベールをそっと下ろした。
城の奥にある大聖堂へ向かう彼女の隣には、同じく黒い礼装に身を固めたヴァルクが歩いている。
婚約の儀だというのに、まるで葬送の装い――。
けれどこれが、この国に古くから伝わる習わしだった。
初代皇帝が“婚約と死装束は黒”と定めたのだ。
前世で王女アメリアがこの衣を纏ったとき、その美しさと神秘性に誰もが息を呑んだ。
今回もきっとそうなるだろうとアメリア自身も思っていた。
だが実際に侍女たちの視線を独占していたのは――彼女ではなくヴァルクだった。
普段は騎士の装束が基本の彼が、礼服に身を包み、それらしく振る舞う姿は、侍女たちの心を奪っていく。
胸の奥に小さな棘のようなものを感じながらも、アメリアは平静を装い、予行どおりに足を運ぶ。
大聖堂に入ると、アメリアが選んだ赤と白の花々で美しく彩られていた。
厳かな冷気が肌を撫で、祭壇へ続く白い大理石の床を歩くと、その足音だけが大聖堂の中に響く。
正面には司祭、右側には国王と第一王子、左側には第二王子夫妻が並んでいた。
そうして儀式は、予行どおりに粛々と進む。
「では、互いに永久の服従と忠誠を誓えるのなら、魂を聖杯に落とし、口付けなさい。」
司祭の言葉が静かに響き、空気がわずかに張りつめる。
ヴァルクは聖杯を胸元に掲げ、軽く祈りを捧げるように目を伏せてから、赤い液体を一口含んだ。
続いてアメリアにも聖杯が渡される。
彼がしたように杯を掲げ、そっと口をつけた。
喉を温かいものが落ちていく。
ほんのわずかな痛みを伴うその熱は――胸の奥へ、心の奥へと染み込んでいった。
「それではこれによりお二人の魂はひとつとなりました。何人も二人の間に入ることはできません。魂の終わりの日まで共に慈しみ合うことを忘れぬように。」
司祭が場を締めくくると、しんと静まり返った聖堂の扉が開かれた。
あっけなく終わった儀式にホッとしたのも束の間、すぐに侍女たちによって祝宴の準備へと連れて行かれる。
黒装束のあとに着替えたのは、深みのある緑のドレスだった。
祝宴なのに地味ではないかとローラに言われてしまったが、ヴァルクのために選んだグレーの礼服にぴったり合い、何より派手すぎないシックな色合いがアメリアの良さを際立たせると思った。
狙いどおり、アメリアが着替え終わると、周りにいた侍女たちは皆ため息を漏らした。
(こういうときは侍女時代の腕が鳴るのよね……アメリア様ってなんでも似合うんだから)
前世ではアメリアの身の回りの世話をほとんどひとりで担っていたので、彼女の最も美しい姿は心得ている。
自信満々でヴァルクの前に立つと、彼もまた声を失ったように見惚れていた。
「どうですか? その衣装は私が選んだのですよ?」
「え、ああ……これか。さきほどのもだが、こういうのはどうもむず痒いな……さっさと終わらせたい。」
「ええっ、そんなこと言わずに……祝宴では一緒に踊ってください。」
「踊る?! 無理だ……」
「そんなこと言わずに……」
ヴァルクがダンスなどしないということは百も承知だが、この数日で実はダンスの特訓も行ったのだ。
せっかくの機会だから、その成果を発揮したい。
「では、私が他の方と踊っても良いのですか?」
「……ダンスくらい、誰とでも踊れば良い……」
関わりたくないと言わんばかりにヴァルクは手を振った。
踊ってくれない予感はしていたが、とりつく島もなかった。
(仕方ないからカリオン王子と踊ろうかしら)
そんなふうに考えていると、ヴァルクが自然とアメリアの手を取り、そっと自分の腕に絡ませた。
「そのドレスも似合ってる。
誰と踊っても良いが、ちゃんと戻ってきてくれよ。」
どこにも行かないとわかっているかのような声音で言われ、アメリアはニヤリと笑った。
「そうね。あなたが――ちゃんと私を待っていてくれるなら。」
アメリアが微笑みながらそう告げると、
ヴァルクは一瞬だけ目を細め、深く息を吐いた。
まるで、胸の奥を掴まれたような静かな衝撃を隠すための仕草だった。
「……待つさ。どれだけでも。」
低く、押し殺した声。
けれどその瞳は、逃がす気などさらさらないと告げている。
「ただ――戻ってきたときに後悔させてやる。」
淡々とした口調の中に、不器用なほど真っ直ぐな独占欲が滲む。
アメリアはその言葉に、思わず口元をほころばせた。
胸のどこかがくすぐられるような、甘い予感がした。




