十五話 国王
温室に差し込む光は樹々に反射し、さまざまな色を帯びて揺れていた。
勝利を手にしたヴァルクは「予定が滞っている」とだけ告げ、すぐに退場してしまう。
チェス盤が下げられると、国王とアメリアのために甘い香りの紅茶と茶菓子が用意された。
だが、ヴァルクがいないだけで緊張感は増し、アメリアは自然に振る舞えているのか胸の奥でもやつく不安を抱えていた。
「ストーン伯爵を選んだのは、最良の選択だったな。……もし、あの男を選んでいたと思うと」
国王は苦しげに言った。候補として挙げた中に、あのように狂気じみた人間が混じっていたことに、虫唾が走るのだろう。
「はい。本当に……ストーン伯爵はいつも私を守ってくださいます」
アメリアが微笑むと、国王は満足したように紅茶を啜った。
――ひとつ。
ヴァルクに告げていない“あのこと”を問うなら、国王が適任だ。
重く閉ざしていた出来事を、アメリアは意を決して口にした。
「お父様は、私がどのように攫われたか……ご存じですか?」
「ん? いや、マリアの庭園で襲われたとしか分かっていない。尋問が始まればもう少し詳しくわかるだろうが……
それにしても、王宮内にそんな輩が侵入していたとは、由々しきことだ」
アメリアは息を吸い、小さく告白した。
「実は……ヴァルクには話していないのですが。私は“地下道”を通じて外へ運ばれたのです」
「……なんだと」
国王の瞳の奥に鋭い光が宿った。怒りを抑えきれぬ色だった。
「王宮の地下道の存在を知るのは……ごく限られた方々だけではありませんか?」
「……そのとおりだ。この王宮内には、いざという時のための隠し通路が三つある。
たしかにダリオンが結婚した時、ふたりの宮殿にある通路をひとつだけ教えたが……まさか」
「い、いえ! 分かりません。お兄様が私を危険な目に合わせる必要なんてありませんし……
だから、ヴァルクには言えなかったんです」
「……そうか。よく話してくれた。
すぐにダリオンたちの宮殿にある通路は封鎖しよう」
さきほどまでの穏やかな空気は、影も形もなく消えた。
国王は侍従を呼び、側近たちとの会議の準備を進めさせる。
アメリアはもうひとつ胸に引っかかっていたことを尋ねた。
「ねえ、お父様。フィリップのことは……どう思われますか?」
「フィリップ? ああ、モリス公爵の息子か。
ダリオンとも仲が良かったな。悪い男ではないが、ずいぶん遊びが過ぎるという噂は聞いたことがある」
「もう……その方だって、私の婚約者候補だったじゃないですか」
「そうだ。しかし、お前がいつからか彼をひどく嫌っていただろう?
だから選ばれることはないだろうと思い、あまり気に留めていなかったのだ」
カリナの記憶でも、アメリアはたしかにフィリップを嫌っていた。
婚約者候補として時折訪れるアレクサンダーとフィリップ。
アレクサンダーには会うのに、フィリップと二人で会うことはほとんどなかった。
理由をつけて断ってほしいと頼まれたことをカリナは覚えている。
前世、ヴァルクは自ら会いに来ることなどなかったため、アレクサンダーが最有力だと周囲は考えていた。
アメリアがフィリップを選ばない理由を多くの人は彼の女遊びだと思っていた……。
だけどカリナとしての記憶を辿ると、侍女として働き始めた頃から既に、アメリアはフィリップと一定の距離を置いていた。
あの頃のフィリップは美しいが幼さの残る少年で、その容姿は誰もがため息を漏らすほどだった。
アメリアの初恋だったはずの彼。
先日会った際も「小さい頃は慕われていた」と話していのに…一体、ふたりの間に何があったのだろう?
「アメリア、すまないが私はすぐに地下道の始末をつけなければならない。
お前はゆっくりしてから戻りなさい」
そう言うと、国王は立ち上がり温室を後にした。
去っていく背中を見つめながら、アメリアはふと前世の国王の最期を思った。
――あの人はどう死んだのだろう。
誰かに殺されたのか、自ら命を絶ったのか。
まさか逃げ延びた……ということはないはずだ。
もし逃げ延びることができたなら、ヴァルクが必ず見つけ出したはず。
ヴァルクは、きっとあの人のためにロキアを守り続けたのだ。
そして、王がいない国にした。
彼が忠誠を誓う王は――ヘブラム・ド・ロキア、ただひとりだから。
守らないと…
国王を…
アメリアの胸に、微かな痛みと確信が落ちていった。




