表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二章】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!  作者: カナタカエデ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/24

十三話 月光の下で

自室に戻り、ひとり静かに籠もっていると――

夜の静けさを破るように、扉を叩く音がした。


「アメリア様、ストーン伯爵が参られておりますが……いかがいたしましょうか?」


慌ててシーツを剥ぎ、扉を開ける。


「ヴァルクは?」


「応接室へお通ししております。お会いになりますか?」


「ええ、もちろん」


「先ほどまではずいぶん落ち込んでおられたのに……」


ローラの呟きを聞き流し、アメリアは裾を握りしめながら足早に廊下を進んだ。

燭台の炎が、廊下の壁にゆらゆらと影を描く。

応接室の扉を開けると、窓辺に立つヴァルクの背が月光に縁取られていた。


「お待たせしました」


「いや、疲れているのに呼び出してすまない」


低く落ち着いた声。その響きだけで、胸の奥のざわめきが静まっていく気がした。


「そんな……気にしないでください。――王は、なんと?」


「……いくつか話すことがあるんだが、なにから聞きたい?」


「え?」


いつもなら淡々と用件から入る彼が、珍しく口角を上げた。

少し拍子抜けして笑うと、彼もまた肩をすくめる。


「すまない。……君のように、柔らかく話そうと思ったんだが、うまくいかないものだな」


「ふふ……ヴァルクはいつもどおりでいいんです。楽しい話は私がしますから」


「そうか。なら遠慮なく話そう」


二人が長椅子に向かい合って座ると、まるで空気を読んだように、ローラが静かにお茶を運んできた。

香る茶葉の温かさが、ほんの少し部屋の空気を和らげる。

彼女が出ていくのを見届けてから、ヴァルクはようやく口を開いた。


「王には、今回の誘拐事件の報告をした。

首謀者は……アレクサンダー・ユーラシア。知ってのとおり拘束済みだ。

ユーラシア本国にも報せは入れてある。

正式な返答はまだだが、おそらくロキアの法に則って裁かれるだろう」


淡々とした口調の奥に、抑えきれぬ怒りの色が滲んでいた。

アメリアは息を呑み、手の上のカップをそっと見つめる。

蝋燭の灯が、彼女の震えを映すように揺らいだ。


「――アレクサンダーには、王宮内に協力者がいるはずだ。

しかも、かなり中枢に近い人物だ」


ヴァルクは静かに続けた。


「ユーラシアからの返答を待って、尋問を始める予定だ」


アメリアは小さく頷いた。

頭の中には先ほど会ったテティやマリアの顔が浮かぶ。

だが、そのことを今話すつもりはなかった。


胸の奥をかすめた影のような不安を、微笑みで覆い隠すように。


「それと――二つ目は、婚約の儀のことだ。五日後に延期される。

準備が滞っていたから、その方が良いと王がおっしゃった。

三つ目は国内の領土争いの件だが……これは君には関係ないな」


彼の穏やかな笑みに、アメリアもまた笑顔を返す。

だが心の奥では、まだ事件の余韻が渦を巻いていた。


「儀式が延期されてよかったです。実はまだ、手順の半分も覚えられてなかったの」


「そんなに難しいのか?」


「やること自体は簡単なんですけど……細かい決まりごとがあるんです。

左手の薬指に傷をつける前に、まず相手の唇に触れてから、だとか――」


「傷?」


「ええ、そうよ。お互いの薬指に、小さな傷をつけるの」


「はあ?!そんな物騒な儀式があるのか!」


思わず立ち上がったヴァルクの声が、夜気を震わせた。

月明かりに照らされた横顔には、真剣というより、半ば本気で動揺している様子が浮かんでいる。


「君の指に傷なんて、つけられるわけがないだろう!」


「え、でも本当に小さな傷なのよ? 紙で切るくらいの……」


「無理だ。そんなことをするくらいなら、儀式などいらん」


「えぇっ、でも、これはロキア王室の伝統で――」


ヴァルクは項垂れたまま数秒黙し、やがてゆっくり顔を上げた。

月明かりの中、その瞳は静かに揺らいでいた。


「明日、国王に話してみる。そんな訳の分からん儀式は廃止してもらおう。

悪いが、俺は――君に傷をつけるなんて、絶対にできない」


「……そ、そう。わかったわ。うまくいくことを、願ってる」


アメリアは苦笑を浮かべた。

彼のまっすぐすぎる言葉が、なぜか胸に沁みる。

心の奥が温かくなり、同時に少し痛んだ。


ヴァルクは満足げに頷くと、ふと柔らかく微笑んだ。


「安心しろ。こう見えても、交渉ごとは得意なんだ」


「国王陛下を交渉のテーブルにつかせることが出来たら――あなたに敵はいないわね」


ふっと笑い合う。

湯気を立てる紅茶の香りが、静かな部屋に溶けていった。


窓の外では、雲の切れ間から月が顔をのぞかせる。

ノルディアから王都に戻ったこの数日の間で、状況は大きく変わってしまった。

それでもヴァルクと向き合うこの時間だけは、確かに穏やかで、温かかった。


胸の奥で、彼への信頼が静かに広がっていく。

――この人ならきっと、この不安をも消してくれる。

そんな思いが、やわらかな灯となって、心の底に宿った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ