十二話 新たな疑念
「乗り捨てられた荷車に気を失った状態の侍女を発見したと連絡が入ったのは、日が昇った朝八時ごろでした。
我々は、それがすぐにマリア様の侍女である可能性があると思い、現場に向かいましたが、一足先にダリオン王子の臣下によって城へ戻されていました。
ですので、テティと面会させて頂きたいと、ダリオン王子殿下夫妻の宮へ申し出ました。
しかし、それは出来ないとの一点張りでした。
彼女はアメリア様の居場所を知る手掛かりだと何度も申し上げ、国王にも進言させていただきました。
ですが、ダリオン王子は一度も聞き入れてくださいませんでした。」
ローラは表情を変えず淡々と話し終えると、ふうと息をつき、短く「以上です」と締め括った。
「え?それで、テティは無事なの?」
「…おそらく。ただ、彼女が目を覚ましたのか、アメリア様のことを知っているのか、何一つ教えてくださいませんでした。
結局、氷狼騎士団からアメリア様を救い出したとの連絡を受け、そのままになっています。」
ダリオン王子がテティを隠すのは、彼にやましいことがあるからなのだろうか。
テティをノルディアに帯同させたのも、すべて彼らの企みの一環だったのだろうか。
だが、王子がそんなことをする必要があるのか。
山で狼たちに襲撃させた人物と、アレクサンダーと繋がっている人物は同じなのだろうか。
そもそもアメリアを危機に晒す必要など、本当にあるのだろうか。
答えの出ない疑問が次々と浮かび、また新たな疑念が心に重くのしかかる。
「マリアお義姉様に会いに行くわ。支度するから準備して。」
身支度を整えると、アメリアは警備の者だけでなく、両隣にローラとシーリーンを従え、マリアの宮へ向かった。
アメリアが直接やってきたことで、マリアはすぐに現れた。
「アメリア!ご無事で良かったです!」
大袈裟に喜ぶ様子に、どうしても不自然さを感じてしまう。
それを顔に出さぬよう、微笑んで返した。
「マリアお義姉様、私がここに来た理由はおわかりでしょう?
テティに会わせていただけませんか?」
「それは…彼女は酷く落ち込んでいて、とても会える状態では…」
「マリア様!失礼ではありませんか!
アメリア王女に足を運ばせておいて、侍女ひとり会わせられないとは!!」
ローラは臆することなく言い放った。
「ですが…ダリオンも…」
「ダリオン王子には関係ありません!!
アメリア様は、あなたの侍女に呼び出され、誘拐されたのです!
説明させる義務があるでしょう!!」
(ローラ…なんでそんな怖いの!?)
もともと穏やかな性格のマリアが、明らかに震えているのがわかった。
心のどこかで、ローラの言葉に従えば安全だと思いつつも、彼女の毅然とした態度は、宮殿の空気さえ変えてしまうようだった。
「と、とにかく、マリアお義姉様。テティの無事をきちんと確認したいのです。
私だけでかまいません。会わせてくださいませんか?」
アメリアの声は、普段より少し強めに震えていた。焦りと不安が混じり、言葉がいつもより固く響く。
マリアは暗い表情のまま、小さな声でうつむきながら呟いた。
「…アメリアだけなら…」
案内され、宮殿の奥へ進む。質素ながらも整えられた部屋に通されると、少しほっとした気持ちが胸をかすめる。
客人用の部屋にも思えるその場所で、テティは横になっていた。
アメリアの姿を見ると、テティは慌てて体を起こし、深々と頭を下げた。
「アメリア様……お許しください……!」
その言葉と動作に、アメリアの胸がぎゅっと締め付けられる。
無事でいてくれたことに安堵する反面、どうしてこんなことになったのか、怒りと疑念が混ざった。
「テティ、大丈夫なの?」
アメリアは静かに、しかし少しだけ強く語りかける。
「は、はい……ご心配をおかけしました……
軽率にアメリア様をお呼びして、こんなことになったのはすべて私の責任です……」
「…私に話したいことがあったのよね?教えてくれないかしら。」
テティは顔を上げた。
その目には不安と恐怖が渦巻き、アメリアの後ろにいるマリアをとらえている。
「それは…本当に馬鹿なことです……
リンク様のことが忘れられなくて……アメリア様ならお話を聞いてくださると……
申し訳ございません!一介の侍女が王女様を呼び出し、自分の色恋の相談をするなど、言語道断でございます!!」
もう一度、頭を擦り付けるほど頭を下げた。
マリアは心配そうにテティを見つめていた。
「それは…いいのよ。ノルディアではいろんな話をしたもの。
だけど、あの庭園で何があったのか、教えて欲しいの。」
「はい…仕事を終えて九時前には庭園に参りました。アメリア様の生活リズムを考えると、それより早く来ることはないと思っておりました。
そこでしばらく待っていたのですが……急に殴られるような衝撃があって、そのまま……気づいた時は、荷車の中でした。」
「そう…殴られたところは大丈夫なの?」
「医者は軽い脳震盪だろうと申しておりましたわ。」
後ろからマリアが答えた。
「テティの行きすぎた行為は私の責任です。申し訳ございません。
だけど、ダリオンは私にとって彼女がとても大事な侍女だとわかっているので、守るために会わせようとしなかったのです。
どうかわかっていただけますか?」
正直なところ、テティの言葉はなにひとつ信用できなかった。
ノルディアにいる頃は、可愛らしい明るい女性だと思っていたが、今やそれすらも嘘に感じる。
それはマリア妃もダリオン王子も同じだ。
だけど、今、彼らが黒幕だという証拠は何一つないし、そうだと思い込むこともまた危険だった。
「ええ、もちろんよ。
ねえ、テティ、あなたのことはとても心配だったの。
元気になったらぜひメルディ卿のことも話をしにきて。私に出来ることならあなたを助けたいわ。」
努めて平静を装い、そう答えた。
マリアは安堵したように微笑み、テティは目を潤ませている。
この場所にいる誰も信用できない。
そう思うと息が詰まった。




