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大正勇者奇譚~関東大魔災から、十年後。~  作者: 風使いオリリン@風折リンゼ
第一章 勇者奇譚の始まり

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#4 破られた豆大福の約束

 千葉県の沖ノ島で被災したわたし達姉妹は、魔物たちから隠れながら、どうにか島を脱出し、館山まで逃げ延びた。

 沖ノ島は元々本土から独立した島だったが、魔物たちの魔法の影響で地盤が隆起し、砂洲で本土と繋がった。わたし達姉妹が島から逃走できたのは、島をめちゃくちゃにした魔物たちのおかげなのだから皮肉なものだ。

 館山では、軍が島を滅ぼした魔物たちとの戦闘準備を行っており、住民たちは千葉の北部へ避難を始めていた。

 わたし達も父方の伯父夫婦が暮らしている印旛村へ避難した。

 伯父たちは、最初こそわたし達を歓迎してくれたけれど、それも長く続かなかった。

 魔災の影響をほぼ受けていなかったこの村には多くの避難民が流れ着くようになり、やがて村のしきたりを知らない避難民と元の住民との間で揉め事が多発するようになっていった。

 それもあって、わたし達よそ者と繋がりがある伯父夫婦は元の村民たちから不当に扱われるようになってしまい、結果、伯父たちは徐々にわたし達を邪魔者扱いするようになった。

 そんな生活が二年ほど続いた後、わたしが八歳でお姉ちゃんが十五歳の時、お姉ちゃんは帝国魔導警保局ていこくまどうけいほきょくに入った。

 帝国魔導警保局。

 大魔災の後に作られた、魔物や魔法に関連する事件を取り締まる組織だ。魔法に優れたもの達が所属している。お姉ちゃんは伯父の家で農作業を手伝う傍ら、独学で魔物や魔法のことを学び、警保局の試験に合格したのだ。

 それから、わたし達は伯父の家を出て、警保局千葉第十三支部があった永治村の草深で暮らし始めた。六年前のあの日までの二年間を。

「おかえり。遅かったから心配したんだよ」

 わたしは、その日の前日もほっとしてそんな事を言っていた。

「いやー、ごめんごめん。帰りにお菓子屋さんに寄って、豆大福を……」

 お姉ちゃんの言葉を遮って、

「またそういうの買ってきたの? あんまり無駄遣いしないでよ」

 台所でばたばたと作業しながら、わたしはお姉ちゃんに苦言を呈した。

「お金が足りなくて生活が破綻したらどうするの?」

「それは困るね……でも、私がお菓子を買ってきたら、葉もなんだかんだ喜んでるじゃん」

「そうだけど……」

「それに、私、お菓子を食べると幸せな気持ちになるんだよね。だから、ちょっとやめられないかなー」

「むぅ……わかったよ」

 香辛料の香りが部屋に漂い始め、お姉ちゃんが腹の虫をぐうと鳴らした。

 わたしは中身を焦がさないように、しっかりとかき混ぜる。やがて、着火用の魔石の炎が消える。ちょうどいい頃合いだ。

「もうすっかり魔石を使いこなしているね」

「まあね。毎日、使っているから」

 この着火用の魔石は、料理するわたしのために、お姉ちゃんが警保局からの給料で買ってくれたものだ。

 使い始めた頃は、込める魔力の調整が下手で料理中に火が消えてしまうこともあったけれど、毎日使い続けた結果、各料理に必要な魔力量をある程度把握できるようになったのだ。

「はい、できた。よそうから準備して」

 完成を宣言すると、お姉ちゃんは深めの皿を二枚、鍋の横へと持ってきた。

 わたしはそこにカレーを流し込んだ。

「お母さんのカレーそっくりだ」

 お姉ちゃんがどこか嬉しそうに言う。

「だって、お母さんの献立帖を見ながら作ったもん」

 わたしはお姉ちゃんと二人で暮らすようになるまで、料理なんてしたことがなかった。

 けれど、働きに出ているお姉ちゃんのために何かできることはないかと考えて、我が家の食卓を預かることにした。頑張ってくれているお姉ちゃんに美味しいご飯を食べさせてあげたかったからだ。

 そうしたら、お姉ちゃんがお母さんの献立帖をくれた。

 わたしは毎日その献立帖に書いてある料理を作り続けていた。

「やっぱり、葉にあの献立帖をあげて良かったよ。こんなにすぐにお母さんの料理そっくりの物が作れるようになるんだもん」

 お姉ちゃんがほほ笑み混じりにそんなことを言いながら、ちゃぶ台の前に座った。

「別にこれくらい大したことないし‥‥…そんなことより、早く食べよう」

 照れて赤くなった顔を背けながら、わたしもお姉ちゃんの向かいに座る。

「明日から大がかりな任務に参加してくるよ。特別なお手当がもらえるお仕事なんだ」

 カレーをすくったスプーンを口に運びながら、お姉ちゃんが告げた。

「大丈夫なの? この間もなんか危ないお仕事をやっていたけど」

 お姉ちゃんは先日、エビルユニコーンというオニロガルドから入り込んできた危険な魔物の討伐任務を行っていた。

 エビルユニコーンは、住処に近づいた少女を無理やり自分の背に乗せて連れさるという馬の魔物だ。十八歳以下の少女の気配を察知しないと姿を現さないうえに用心深く、武装している人間には近づかないのだという。

 誘き出すためには、丸腰のおとり役が必要だった。しかし、元々討伐を担当していた班の者が誰もやりたがらなかったために、特別手当付きで志願者が募られた。それにお姉ちゃんは志願し、その任を成功させたのだ。

 さすがに心配だったので本当は辞めさせようとしたけど、二人で生活していくために必要なことだからと押し切られたのだ。二人での生活を引き合いに出されたら、わたしからはもう何も言えなくなるし。

「今回は調査任務だから、そんなに危険じゃないと思うよ。ちょっと相模の方に行って、周辺をいろいろ調べるんだ。あそこはオニロガルドと繋がる門がある影響なのか、付近には向こうの魔物もいっぱいいるみたいでね。諸々の対策のために、あの一帯を神奈川の警保局員と千葉、埼玉、東京から選抜された警保局員たちとで一緒に調査することになったんだ」

「まあ、危なくないならいいんだけど」

 わたしはふうふうとしてから、カレーのひとさじを口に運んだ。

 我ながら、なかなかの出来だった。

 香辛料の香りが口内中に広がった。

「結構な規模みたいだし、泊まり?」

「そうだね。三日は相模にいることになるかな。あ、せっかく神奈川にいくし、何かお土産を買ってくるよ。何か欲しいものある?」

「無駄遣いしないでって言ったばかりなのに……」

「まあまあ。いいじゃん。たまには」

「毎回じゃん」

 ぶうたれながらも、わたしは考えた。

「……豆大福。いつものお店の」

「え? そんなんでいいの? 神奈川とか東京の名物じゃなくて?」

 お姉ちゃんは、少しだけ目を丸くした。

「それなら、今さっき買って来たばかりだけど」

「いい。わたしは結構このお店の豆大福は好きだし」

「そっか。葉がそういうなら、またこの豆大福をお土産に買ってくるよ」

 お姉ちゃんは、にっこりとほほ笑んだ。

 そして、翌朝。あの日。

「いってらっしゃい。気をつけて。ちゃんと帰ってきてね」

「わかっているよ。言われなくても、ちゃんと帰ってきているでしょ」

 けれど、お姉ちゃんが帰ってくることはなかった。

 崖から転落したらしい。

 遺体も見つからなかった。

 変わり果てた姿ですら、帰ってくることはなかった。

 こうして、十歳のある日、わたしは唯一残されていた家族の花お姉ちゃんまで失った。

 両親とお姉ちゃん、大切な人を二度も亡くしたわたしは、深い絶望の海に沈んだ。いっそ、自分も……と考えた。けれど――。

 ――花……葉……あなた達だけでも生きて。何があっても……。

 お母さんの最期の言葉があったから、わたしは辛うじて生きているのだ。

 ――何もない真っ暗な空間のその先に、両親とお姉ちゃんがいた。

 すがるような気持ちで、わたしはそこに向かって駆け寄る。

 けれど、いくら走っても、両親とお姉ちゃんはわたしから遠ざかるばかりだった。

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