水海村ダンジョン④壁を調べる
「おーい、帰ってこーい」
「はーい」
「さて、茶番はこのくらいにして本題に戻そう。水海村ダンジョン三階層の壁は少しだけ青みがかっている」
目を凝らして観察すれば、壁がわずかに青色になっていることが分かる。しかし、それを判別するのは非常に難しい。
ダンジョンではなぜか明かりが確保されている。どこにも光源がないのに、普通に前方を見通すことができる。
その謎の明かりによって、壁の青色が見えにくくなっている。この現象は二階層でも同じだった。なので、氷織が見間違えるのも仕方のないこと。
ちなみに、ダンジョンの明かりがどこから確保されているのか理由は判明していない。仮説はいくらかあるが、照明の証明はされていない。
また、明かりが確保されいないダンジョンも世の中には存在する。
ゲームなら仕様で済む話だが、現実だと簡単に割り切れない。どんな謎が隠されているのだろうか? いつか誰かが解明してくれるだろう。でも、それは蘇鳥の可能性は低い。
「氷織、壁に向かってアイスボールを打ってくれ。いつもと同じのを頼む」
「了解、アイスボール」
ノータイムで氷織はアイスボールを壁に向かって打つ。蘇鳥が必要だと言えば、それは必要なこと。信頼があるからこそ、迷わずスキルを行使する。
アイスボールは、圧縮した氷の球を飛ばすスキル。何かにぶつかると氷が弾けて、衝突した場所を中心に周囲を氷で包む。攻撃力はかなり低いが、氷で覆いで拘束することができる。モンスターの動きを封じたり、移動を阻害することができる。妨害系スキル。
壁にぶつかったアイスボールは氷を展開し、ぶつかった場所を中心に壁を氷で覆う。
「どうだ、すごいだろ」
「いつもと同じ、だよね?」
「よく見ろ、いつもより氷が展開されている範囲が広がっているだろ。一回り大きい。きちんと見てくれよっ」
「……言われてみれば、大きい気がしなくもないような気がするかもしれない今日この頃」
スキルというのは魔力を込める量を増やすことで威力やスピードを向上させることが可能だ。しかし、氷織は普段と同じ調子でスキルを使った。
同じ調子で使ったなら、同じ結果になる。だが、結果は異なっていた。
「私、ミスった?」
「ミスってないミスってない。いつもより大きくなったのは壁の素材だよ」
「へぇ。どんなの?」
「氷河鋼」
「ああ、なるほど。納得」
氷織も冒険者としてそれなりに活動している。氷河鋼の知識も持ち合わせている。というより氷河鋼は氷織の領域、知っていないとまずい。
氷河鋼とは、簡単に言ってしまえば氷結系のスキルの威力を高める素材。それが壁に埋まっているので、反応してアイスボールの威力が上昇した。
納得した以上、特に話すことはない。二人は三階層を進むのだった。
ちなみに、氷河鋼は冒険者が喉から手が出るほど欲しい素材となっている。氷織のリアクションは薄かったが、普通の冒険者なら飛び跳ねて喜ぶくらい嬉しい素材だ。
エンタメ目的でダンジョンに潜っているわけではないので、オーバーリアクションをされても反応に困る。ダンジョン調査が主目的なので氷織くらい冷静なほうが調査が捗る。
「あっ!」
「何? モンスター? トラップ?」
「いや、危険はない。すまん、いらん声を出した。無駄に警戒させた、悪い」
急な声に一気に警戒度を高めた氷織だったが、問題がないとのことなので、警戒レベルを戻す。
「何があったの?」
「いやなに、二階層でもスキルを試してもらったほうがよかったな、って」
「戻る?」
「戻らないよ。戻るほどのことじゃないから帰りに確かめればいい。足を止めて悪かった、調査を再開しよう」
ちなみに三階層にはサンダーゴブリンと呼ばれる雷撃系のスキルを使うゴブリンが出現する。攻撃特化のモンスターで、雷攻撃を食らうと大怪我する。その反面、防御面はお粗末。それなりの攻撃を当てると倒せる。
落とす魔石の質はランク相当。危険がある割にはうまみの少ない魔石だ。
水海村ダンジョンの中では効率のいい魔石だが、他の効率のいいダンジョンと比べると、「うん、まあ」となるレベル。水海村ダンジョンは是が非でもうまみを減らしたいのかもしれない。
ダンジョンの調査を再開した二人は苦もなく二人は四階層に到着するのだった。
水海村ダンジョン四階層の壁は黄色がかかっていた。
蘇鳥が壁をささっと確認する。同じことを何度も繰り返しているので、確認作業はすぐ終わる。氷織にもスキルを使ってもらい確認するが、三階層に比べると氷の展開が狭く、通常の大きさだった。
ちなみに、四階層に出現するモンスターはオドロトカゲ。見た目がおどろおどろしいトカゲのモンスター。移動速度が尋常ではないくらいに早く、壁だけでなく天井も縦横無尽に走り回る。
冒険者の前に突如として現れては、驚かす。腰を抜かしている隙に攻撃するようなモンスター。
ただし、スピードに全振りしているモンスターなので、攻撃力はゴミで防御力は紙。攻撃の脅威が少ないため、モンスターランクは低めに設定されている。しかし、そのすばしっこさから討伐難易度はかなり高い。
討伐するには専用の対策を用意しないといけないので、その労力を考えると稼ぎは悪い。やはり効率の悪いダンジョンなのだ。
なのだが、氷織レベルの冒険者なら問題にならない。素早いモンスターだろうとアイスランスで捉えることが可能なので、これまでの労力と差はない。
そんな感じで四階層はサクッと攻略し、五階層に突入した。
五階層もこれまでと同じく洞窟タイプの空間が広がっている。
壁の色は少しだけ緑色に見える。これまた蘇鳥はサクッと調べて調査を済ます。手慣れたもので、わざわざ足を止めることなく分析する。
護衛が優秀なので五階層に出現するモンスターもいとも容易く倒される。ダンジョンという危険地帯なのに、蘇鳥は安心して進むことができる。
ちなみに、五階層に出現するモンスターはユメキツネ。
眠りにいざなうスキルを使ってくる白色のキツネ。睡眠耐性がないと簡単に眠ってしまう。対処法は睡眠耐性を用意するか、睡眠スキルを使われる前に倒す。至極当然な手法となる。
睡眠のスキルは厄介だが、言ってしまえばそれだけ。睡眠耐性さえあれば、弱いモンスターに成り下がる。
とはいえ、専用の対策を用意しないといけないので、手間はかかる。
水海村ダンジョンはどこもかしこも効率が悪い。冒険者が離れるのも当然だ。蘇鳥と氷織は調査のために潜入しているので稼ぎは気にしないが、普段から水海村ダンジョンで活動している冒険者からすると他のダンジョンに浮気したくなるのも仕方ない。
近くに効率のいいダンジョンがあるのなら移動時間を考慮しても、移動したほうがオトクだ。
水海村ダンジョンの現状に思いを馳せながら五階層を進んでいると、六階層に続く隔道が見えてくる。
水海村ダンジョンは全十階層で構成されている。一階層から五階層までを前半、六階層から十階層が後半となっており、前半と後半では出現するモンスターの質が大きく異なる。
既に蘇鳥は手応えを感じている。無理して調査を進める理由はないが、まだ余裕があるので六階層の調査も行う。
TIPS
ユメキツネ
眠りを誘うスキルを使う白いキツネ。
睡眠耐性があれば問題がないが、睡眠耐性がないと厄介な相手。
低確率でキツネの毛皮を落とす。ちょっとだけ価値がある。