水海村ダンジョン②亀さんとの出会い
いくらか森の中を歩くとダンジョンの隔門が見えてくる。足の悪い蘇鳥がいるため普通の冒険者より時間がかかったのだが、それにしても舗装された道路から離れた場所にダンジョンがある。
時間はかかったが疲れるほどではない。これ以上、時間を無駄にしないためにも、すぐにダンジョンに入る。
ピッ。
ダンジョンランク1以上の危険が少なからず存在するダンジョンには入口には、電車の駅にあるような改札が設置されている。
迷宮自動改札。通称「カイサツ」と呼ばれるものだ。
ダンジョンに入るための入門許可証でタッチすることでゲートが開き、中に入れるようになる。これにより迷宮省は冒険者のダンジョン入退場を管理している。また、監視カメラも設置されており、不法侵入を検知したりしている。
全国に無数に存在するダンジョンを管理するためには、機械に任せなければならないこともある。資格がない人を入れないためにも必要な措置だ。
「洞窟だあ」
「そう、水海村ダンジョンは洞窟タイプのダンジョンだ」
蘇鳥は事前にダンジョンの情報を仕入れている。スムーズな調査を遂行するためには、ダンジョンに入る前の準備が大切だ。
ダンジョンの情報は氷織にも共有しているのだが、見ていなかったようだ。
はたして、氷織がダンジョンの情報に興味がないのは強者の余裕か、それともズボラなだけか。
水海村ダンジョンはオーソドックスな洞窟タイプ。
蘇鳥が以前訪れた燈火村ダンジョンと似通っている。洞窟タイプのダンジョンはかなり数が多く、全国各地に存在する。洞窟タイプを連チャンで引くことは珍しくない。
まずは、壁を調査してみる。触ったり、匂いを嗅いでみて、どのような材質か確認する。
「この壁、かなり硬い材質っぽいな」
「そうなの?」
氷織も蘇鳥を真似して、壁を触ってみるが、他のダンジョンとの違いが分からない。硬いと言われれば、硬いと思わなくもない、そんな感じだ。
明確に他のダンジョンとの違いは感じられない。
「ただの土や岩とは違う、のは分かるけど詳細までは分からん。だが、価値あるものはなさそうだな」
「ふーん」
「興味なさすぎだろ」
ダンジョン再生屋として活動している蘇鳥だが、まだまだ青臭い大学生。目で見て、手で触って、ダンジョンの具体的な素材を当てられるほど経験は積んでいない。
他のダンジョンと違う、と理解できるだけでも、年齢を考えれば十分だ。普通の冒険者なら違いなんて一切分からないのだから。
「奥に進もう。ここの素材であーだこーだ言ってても仕方ない」
「わかった」
歩くこと数秒。
「亀さん、みーーーつけた」
「かめ? ……ああ、ハードトータスのことか。倒していいぞ」
水海村ダンジョンを代表するモンスターのハードトータスが出現する。
名前の通り、硬い甲羅を持つカメのモンスターだ。体長は80センチほど。
ハードトータスの甲羅は頑丈だ。このダンジョンに潜り始めたばかりの冒険者なら、その甲羅の硬さに苦労するモンスターだ。硬さだけなら、ダンジョンランクがもう一つか二つ上のモンスターに匹敵する。
しかも、危険を感じると頭と手足を甲羅の中に引っ込めて、防御を固める。甲羅を砕く破壊力がないと倒すのが厳しいモンスターだ。
その代わり、移動速度がとても遅い。カメということもあって、移動はのっそりしており、まるでスローモーションのようだ。その上、攻撃手段は噛みつきしかない。
攻撃を避けるのは超簡単だ。油断しなければ一方的に攻撃できるモンスターとなる。
「アイスランス」
氷織が最も得意とするスキルを使う。氷の槍がハードトータスに向かって一直線に飛んでいく。氷の槍を受けたハードトータスは一発で地に沈む。強者からすると簡単に倒せるモンスターだが、本来はこんなに簡単に倒せない。
頑張ってダメージを与えて、少しずつ甲羅を削っていくのがセオリーだ。
「魔石、落ちた」
「そうか。拾っておいてくれ。何かに使えるかもしれん。ちなみに、ハードトータスの魔石は100円だ」
「ん、安いの?」
「安い、というより労力に見合っていないんだ。ハードトータスは」
ハードトータスの魔石は決して価値が低いわけではない。ダンジョンランク3のモンスターの魔石としては普通の値段だ。
だが、ハードトータスの甲羅を砕く労力には見合っていない。
ハードトータスは移動速度が遅く、攻撃手段も噛みつきに限られている。油断しなければ攻撃を食らうことはまずない。恐れるようなモンスターではない。
だからといって簡単に倒せるモンスターでもない。その甲羅を砕くには、時間がかかる。
水海村ダンジョンに入り始めた冒険者なら、一匹を倒すのに20~30分はかかってもおかしくない。安全に倒せるとはいえ、20分かけて倒して100円は安すぎる。
ハードトータスを倒すくらいなら、普通にバイトしたほうが効率よく稼げる。
「ふーん、そうなんだ」
「だからこそ、水海村はダンジョン再生屋に依頼したわけだし」
水海村が蘇鳥に依頼を出したのは、水海村ダンジョンが労力に見合っていないからだ。
世界には無数のダンジョンが存在する。その中には、モンスターが弱いダンジョンや効率よく稼げるダンジョンもある。また、経験値が美味しいダンジョンだって存在する。
わざわざ倒すのに苦労するモンスターがいるダンジョンを選ぶ理由はない。
地元の人が移動するのを嫌って近くのダンジョンを選んだり、試したいことがあるのでなければ、普通は効率のいいダンジョンを選ぶ。
つまり、水海村ダンジョンは過疎っているのだ。
労力の見合わないダンジョンとして人気がない。
水海村の不幸はこれだけに留まらない。
隣の村に効率のいいダンジョンが存在する。水海村周辺の冒険者はこぞって、そちらのダンジョンを目指す。
近くに効率のいいダンジョンが存在するのだから、水海村ダンジョンが見向きもされないのは当然だ。
「行政は大変だねぇ」
「仕方ないさ。効率のいいダンジョンがあれば街や村が潤う。効率の悪いダンジョンだと、見向きもされない。世の中は世知辛いのさ」
だからこそ、蘇鳥の仕事が成り立つ。
見向きもされないダンジョンに新しい価値を見つける。輝かしいダンジョンがあるから、不遇なダンジョンをどうにかしたいと思う人が生まれるのだ。自分たちもダンジョンの恩恵に与りたいと考える。
自分たちではどうにもならないので専門家に頼るのだ。
「あまり時間を無駄にしたくない。進もう」
「はーい」
二人はダンジョンの探索を再開する。何度かハードトータスが現れたが、氷織のスキルで一瞬で消える。
程なくして、狭い通路に到着する。
ダンジョンには階層という概念が存在する。最初のフロアを一階層、次のフロアは二階層という風に決まっている。
その階層が切り替わる場所は分かりやすくなっている。水海村ダンジョンの場合だと、狭い通路だ。
狭い通路を進んだ先は水海村ダンジョンの二階層になる。
このようなダンジョンの階層と階層を繋ぐ場所を隔道と呼ぶ。道という名がついているが、道とは限らない。階段とか扉の場合もあるし、梯子のケースもある。
あくまで階層と階層を繋ぐ場所という意味だ。
TIPS
水海村
地方にある普通の村。人口もそこそこおり、ランク3のダンジョンを有する。
ダンジョンは労力に見合っていないので人気は地の底。