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白のダンジョン①スヤスヤ

蘇鳥の住処は学生向けのアパートの一室である。部屋の中は男子大学生らしく、物が散乱している。その多くはダンジョン関連の資料や書籍だ。たまに大学で使う教科書や脱ぎ捨てられた服が落ちている。

 そんなよくある一室のベッドで蘇鳥は気持ちよく眠っていた。しかも日曜日ということもあり、時計の針は昼を過ぎている。思う存分に惰眠を貪っていた。


「……ぐー、ぐー、もうしらべられないよ……」

「ふふ、気持ちよく眠っているね。ダンジョンを調べる夢でも見てるのかな? もうちょっとでご飯できるからねー」


 蘇鳥は一人暮らしだ。同棲している彼女もいないし、誰かを泊めてもいない。もちろん玄関の扉の鍵は締めているし、窓の鍵も締めている。普通に考えると侵入は不可能だ。そのため、素直に考えたら蘇鳥の部屋に誰かがいるのはおかしい。

 しかし現在、蘇鳥の牙城には一人の女性がいる。年齢は蘇鳥と同じくらい、女性にしては身長が高く、何がとは言わないがでかい。そんな女性が蘇鳥の部屋のキッチンに立って、料理を作っている。もちろんエプロンは装着済み。


「ん、……ん-」


 ベッドでスヤスヤ眠っている蘇鳥が人の気配を感じて、眠りの世界から戻ってこようとしている。


「うーん、だれ……かいるのか?」


 寝ぼけ眼、働かない頭で蘇鳥は不法侵入女性に問いかける。もし、女性が害意を持って蘇鳥の部屋に侵入しているのなら、危うい質問だ。


「輪ちゃん、起きた? もうすぐご飯できるよ。ちょっと待ってて」

「…ぁぁ、わかった…………………………………………ちょいと待てや、誰がおんねん!」


 ようやく蘇鳥も異変に気付く。自分以外誰もいないはずの部屋に誰かがいることに。まだ頭が働いていないので、口調もあやしい。


「……って輪ちゃん? まさか、咲華か?」

「朝の挨拶は、おはようだよ」

「ああ、おはよう。……じゃなくて、なんでここにいるの? どうやって入ったん? ここオレのイエ」

「普通に鍵を開けて入ったよ。不法侵入じゃないからね」

「いやまあ、そうなんだろうけどさぁ、はぁ。咲華はいつでも咲華なんだな」


 止木咲華。

 彼女は蘇鳥の幼馴染みだ。子供の頃から一緒に過ごしており、ラブコメ漫画の幼馴染みが体験することは一通り経験している。

 小学校から高校まで同じ学校に通っていたし、お互いの部屋に通うこともあった。一言でいえば、仲良し。

 そんな仲良しだった咲華は、蘇鳥がダンジョンで大怪我をしてから連絡が途絶えていた。

 かつては一緒にダンジョンに入り、一緒に冒険していた。ずっと一緒に過ごしていたのに、ここ一年はまったく連絡を取っていない。

 疎遠になっていたことを感じさせない止木に、蘇鳥の調子が崩される。

 普通、一年も連絡を取っていなかったら、多少はぎこちなくなるものだ。たとえ、幼馴染みだとしても。しかし、止木にはそのような素振りは微塵もない。昨日も会っていたかのような気安さで話しかけてくる。


「ていうか、家に入るだけじゃなく、料理も作ってんじゃん。ここ来るの、初めてだよね?」

「輪ちゃんの癖は分かってるから、初めてでも大丈夫だよ。ちゃんとキッチン用品も持ってきてるから安心して」

「ああ、それなら安心だな……ってならないから!」


 部屋にやって来て我が物顔で料理をしている止木にようやくツッコミを入れる蘇鳥。短時間に色々あり過ぎて、対処が追い付いていない。


「そろそろ料理ができるから、テーブルの上を片付けてね」

「あいよ」


 蘇鳥は止木の要望にノータイムで応える。


「……はっ、普通に咲華の指示に従ってたぜ。己の習慣が怖い」


 昔は毎日のように止木の手料理を食べていた。その時から、片付けるのは蘇鳥の役割だった。

 つまり、身に着いた癖というのは簡単には抜けないのだ。

 手際よく料理を配膳する止木によって、テーブルに料理が並ぶ。もう食べられる状態だ。

 本日の献立は親子丼だ。蘇鳥が寝起きということもあって重くないメニューチョイスだ。しかし、昼食なので、それなりにお腹に溜まるメニューでもある。

 他にもサラダや唐揚げも用意されている。余ったら冷蔵庫で保存すればいい


「そじゃあねー、食べよっか」

「そうだな。いただきます」

「はい、めしあがれ。いただきます」


 蘇鳥は右手だけで合掌して、食べ始める。

 箸を入れると、ふんわりとした卵が溶け出し、とろーりした黄身が鶏肉を包む。口に運べば甘辛い醤油と出汁の旨味が広がる。米と鶏肉と卵が渾然一体となって押し寄せてくる。


「うん、うまい。料理の腕は健在だな、いや一年でより美味しくなってる気がする。腕を上げたな」

「ありがとね。料理はずっとしてから、上手くなったのかも」


 一口食べただけで分かる美味しさ。一人暮らしで手料理とはかけ離れていた蘇鳥の胸に美味しさが染み渡る。

 だが、蘇鳥は心の底から食事を楽しめないでいた。

 というのも、本当に一年連絡を取らなかったと思い知らされたからだ。

 止木が用意した親子丼は確かに美味しかった。だが、配膳された食器は箸だった。親子丼を片手で食べるのは難しい。

 もし、蘇鳥が怪我をしてから一緒にいたら、箸ではなくスプーンを用意しただろう。箸でも食べられなくないが、スプーンのほうが食べやすい。止木が昔の記憶に従ったことが分かる。

 苦労しながら親子丼を食べていると喉に潤いが欲しくなる。止木に抜かりはなく、コップに飲み物が用意されている。

 ごくごくごく。

 気のせいか、蘇鳥が飲み物に手を伸ばしていると、止木の視線を感じる。


(お茶かと思ったけど、なんだか甘いな。何の飲み物だ? まあ、美味いからいっか)


「なあ、この飲み物は何だ? 初めて飲んだが、かなり美味いぞ」

「全部、飲んだ?」

「いや、少し残っているが」

「そう、じゃあ全部飲んで」

「その前にこれが何か教えてほしいんだが」

「まあまあいいじゃない。飲んで飲んで、はいはい飲んで」


(はぁ、飲み会じゃないんだぞ。仕方ない、先に飲むか。咲華が用意したものだ、毒ではなかろう)


 ごくごくごく。

 蘇鳥は正体不明の飲み物を飲み干す。


「うん、全部飲んだね。じゃあさ…………左腕、動く」

「は? 腕?」


 蘇鳥の左腕は怪我をしてからほとんど動かない。まったく動かない分けでないが、稼働率で表すのなら5%くらいだ。左腕は使い物にならないため、近頃は左腕を意識することさえなくなった。

 その左腕に意識と視線を向けるーー


「っ!? …………どう、いう、ことだ。うごく、動くぞ」


 完全にとはいかないが、左腕が動く。怪我をしてから動かなくなっていた腕が動く。


「まて、咲華、俺に何を飲ませたっ!?」

「うんっとねー、リ・バースポーションかな」

「……はぁぁぁ! リ・バースポーションだとっ!?」


TIPS

止木咲華しぎ・さか

蘇鳥の幼馴染み。

蘇鳥に誘われて冒険者として活動していた。蘇鳥が怪我をしてからは疎遠になっていた。

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