絵似熊市ダンジョン番外編①10階層調査
一行は絵似熊市ダンジョンの10階層に来ていた。
蘇鳥も氷織も絵似熊市ダンジョンに慣れてきて、深い階層の探索も可能になったためだ。
10階層は火山地帯となっており、至る所でマグマが地面を流れている。熱気によりダンジョン内は灼熱状態、サウナの暑さを余裕で超えている。何も対策なしに挑むと、暑さでバタンキューしてしまう。
逆に言えば、対策さえしていれば、問題なく探索が可能だ。もちろん、一行は暑さ対策を完璧にしている。現に灼熱の世界を進んでいるというのに、汗一つかいてない。
そして、絵似熊市ダンジョンなので、この10階層でも不思議なことが起きている。
10階層の不思議減少は、マグマの逆流だ。
10階層は地形が火山ということもあって、全体が山になっている。火山を登っていくと11階層に進むことができる。
火山ということで当然地面にはマグマが流れている。しかし、向きがおかしいのだ。
ここのマグマは下から上に流れている。重力に逆らって流れている。マグマだけが重力に反抗しているのだ。
まるでトリック動画のごとく、不思議なマグマの流れが確認できる。
ある種、神秘的な光景であるが、自然の摂理に逆らっている光景は不安を覚える。
そんな不思議な光景が眼前に広がる世界に出現するモンスターは、マグマゴーレム、フレイムスピリット、ブレイズワームだ。モンスターランクはいずれもランク5。
ランク5ともなると、冒険者として中級者の中でも上位の実力を持たないとまともに戦えないモンスターとなる。
そこら辺の冒険者なら手も足も出ない相手だ。
しかし、ここに集まっているのは上位の実力を持つ冒険者たち。苦戦するような相手ではない。とはいえ、楽に勝てる相手でもない。
「氷織ちゃん、そっちにブレイズワームが行ったよ。処理しといて」
「分かった」
一体のブレイズワームが先頭で戦っている和奏と柚木の隙間を縫って、氷織に迫る。
ブレイズワームはマグマの中を遊泳する巨大なミミズのようなモンスター。体長は10mを超え、大きな口で獲物を飲み込み噛み砕く。
攻撃を食らえば氷織もひとたまりもない。まあ、攻撃を食らえばの話だ。
氷織はガチ装備で準備万端。
武器は氷河鋼をふんだんに使用した杖。防具は深海魔銀糸を使ったローブ。アクセサリにはアークデーモンが落とす核を使用したネックレス。
水海村でも採れる氷河鋼は氷系のスキルを強化してくれる。
深海魔銀糸はダンジョンの深海から採掘できる素材で加工すると糸になる。防御力が非常に高いので冒険者から人気が高い。ただし、需要に対して供給が間に合っていない。
アークデーモンの核は魔力運用の効率化ができる素材。加工したアクセサリを身につけるとスキルを効率的に使えるようになる。
どの装備も氷織が吟味したもので、氷織の戦闘力を飛躍的に高めてくれる。
ちなみに、どの装備も目が飛び出るほど高額である。実力のある冒険者の稼ぎは桁違いなのだ。
「【パニッシュメントアイスランス】」
氷織の近くに氷の大きな槍が出現し、直後にブレイズワームに向かって射出される。
【パニッシュメントアイスランス】はアイスランスの上位互換のスキル。威力や速度が非常に優れている。
ただし、非常に繊細な魔力制御が求められるし、多くの魔力を消費する。上級の冒険者でなければ簡単には使えないスキルだが、氷織はまったく問題なく扱う。
そもそも魔力の扱いに長けているのに、装備で補っているのだ。失敗する理由がない。
つまり、氷の大きな槍がブレイズワームを貫き絶命に至らせる。
氷織は容易く役目を果たした。
一方、先頭で戦っている和奏と柚木は、マグマゴーレムとフレイムスピリットの群れと対峙していた。
マグマゴーレムは体にマグマをまとったゴーレムのモンスター。動きは鈍重だが、太い腕から放たれる一撃は強力で、まともに食らえば大怪我を負うことになる。
一般人がその一撃を食らってしまうと、体がバラバラに弾け飛ぶ威力は余裕である。高速で突っ込んでくるトラック以上の破壊力を有している。
その上、体表は非常に硬い。まともな攻撃ではダメージが通らない。非常に厄介なモンスターである。
フレイムスピリットは炎の精霊のモンスター。空中を自由に浮遊し、空から大量の炎系のスキルを放ってくる。一つ一つのスキルに致死の威力があり、対処を間違えると簡単に蜂の巣にされる。
基本的な対策として遠距離攻撃を用意するのが無難だ。対策をしていないと一方的に攻撃されることになるので非常に厄介なモンスターである。
「柚木ちゃんはゴーレムのほうをやってくれる。精霊のほうやっちゃうから」
「分かりました。遠慮なく殴っちゃいますね」
和奏は典型的な剣士。白銀の鎧を身にまとい、両手剣を手に持つ、近接職の冒険者。
柚木は己の拳で戦う剣闘士。両手にごついガントレットを装備したゴリゴリの近接職。
二人ともこの階層のモンスターとは相性が悪い。
フレイムスピリットは空を飛んでいるので、近接職の天敵だ。
マグマゴーレムはマグマを身にまとっているので、近接攻撃をするとマグマを被ってしまう。
セオリーに従うなら、どちらも遠距離で倒すべきだ。しかし、上位の実力があれば、セオリーは息を吸うように無視できる。
「よっ、ほっ、はいっ」
軽快な声とともに和奏は空を駆ける。空を飛べる魔道具の靴を装備しているので、空を飛んでいるフレイムスピリットだろうと問題ない。
無数のフレイムスピリットも近づけまいとたくさんのファイアボールを放つが、軽やかな動きで和奏は避ける。
程なくして和奏はフレイムスピリットを射程圏内に捉える。
「有象無象がいくら集まったところで、障害にもならない。康安さんの邪魔はさせないよ。【天地断裂】」
和奏が大剣を振り払う。
ゴオオオオ、という重い音が空に響くと空に浮いていた無数のフレイムスピリットが全て消失した。
ただの一太刀でフレイムスピリットが一掃されたのだ。フレイムスピリットが倒されたことで魔石となり、空から無数の光を反射する石が落下する。数秒にも満たない短い時間だが、幻想的な光景が広がる。
蘇鳥と氷織が初めて和奏の【天地断裂】を目撃した時は、あまりの威力に口を開けて呆けたものだが、今では日常の景色に成り下がっている。
蘇鳥は康安と一緒にダンジョン調査に夢中になっているので、そもそもフレイムスピリットが一掃されていることに気づいていない。氷織は氷織で、あの技は便利そうだから、どうにか自身のスキルで再現できないか考えている。
「よし、やりますか。氷織さんにもいいとこ見せたいですし」
地上のマグマゴーレムを任された柚木は、両手のガントレットを合わせて気合を入れる。
「【身体強化】【腕力強化】【脚力強化】【心肺強化】。最後にもういっちょ、【灼熱耐性強化】」
柚木は自身に強化系のスキルをいくつも行使して、戦闘力を飛躍的に上昇させる。
「いっくよー、氷織さん見ててねぇ」
柚木が動き出す。最初はゆっくり、ウォーミングアップするかのようにゆっくり移動を開始する。その速度は段々と早くなり、しまいには目で追えない速度に至る。
「まずは一匹、【バーンインパクト】」
スキル【バーンインパクト】はただのパンチだ。しかし、魔力により強化された拳は金属の塊だろうと簡単に打ち砕く。
硬くて堅くて固いゴーレムでさえ、ひとたまりもない。
マグマゴーレムは一発のパンチで粉々に粉砕され、絶命する。
粉砕された衝撃でマグマゴーレムが身にまとっていたマグマが周囲に飛び散るが、近くにいるのは柚木だけ。そんな柚木はマグマ対策をしているので熱くもないし、武器や防具が燃える心配もない。
マグマゴーレムは一匹ではない。フレイムスピリットの量に比べれば、少ないがまだまだ残っている。
「まだまだいくよーっ」
柚木は次のマグマゴーレムに近づいて、またも【バーンインパクト】をお見舞いする。そして、無残にも砕け散るマグマゴーレム。
マグマゴーレムが一掃されるまで、この光景は続くのだった。
「氷織さん、どうでしたか? るるなちゃんの活躍見てくれましたか?」
「ん? 何?」
「あっ、いや、なんでもないです……」
「……そう?」
マグマゴーレムを一掃した柚木は即座に氷織の元に駆け付けて報告をしたが、求めていた回答を得られず、引き下がるのだった。
人生、こんなものだ。
奇抜な服装をしていたり、学校に遅刻したりする人は、注目を浴びていると思っているが、実はそんなことはない。周囲に見られていると思っても、それは自意識過剰なケースが多い。
案外、人は周りのことに無関心なのだ。たとえ、仲間だったとしても。
一方、蘇鳥と康安といえば、モンスターとの戦闘を一切気にせず、ダンジョン調査に夢中になっていた。
「逆流するマグマってのは不思議ですね。マグマが特別なんでしょうか? それとも、この空間にマグマだけに作用するスキルが働いているのでしょうか?」
「マグマの成分を分析しても、普通のマグマだったよ。それに、ダンジョン内に特別なスキルが使われているような痕跡は見つかっていないね。僕たちが見つけられていないのか、それとも特別なものが存在しないのか。現状では謎だね」
「うーん、そうなると、分析力や解析力を上げるか、それとももっと別のアプローチを考えないといけませんね」
「うんうん、そうだね」
三者三様。各々が自由にダンジョン調査に協力しているのだった。
TIPS
マグマゴーレム
マグマをまとったゴーレム。動きは鈍重だが、マグマによる攻撃や強固な防御力が厄介。近接戦で戦うのは愚の骨頂
フレイムスピリット
炎の精霊。あらゆる炎のスキルを使う。空を飛んでいるので、遠距離攻撃を用意したほうがいい。
追い詰められると自身の命を賭けて爆発する。爆発の威力は随一。
ブレイズワーム
マグマの中を遊泳するミミズのようなモンスター。体長は10mを超える。
マグマをまき散らしたり、大きな口で獲物を噛み砕く。




