林護町ダンジョン⑨ありがとうアルコールスライム
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蘇鳥がアルコールスライムの痕跡を発見してから数時間後。その時はようやく訪れた。
ダンジョンに一見普通に見えるスライムが出現した。だが、こいつは普通のスライムじゃない、特別なスライムのアルコールスライムだ。
「出たっ! アルコールスライムだ、絶対に倒すなよ。絶対だからな」
「う、うん」
一貫して余裕を貫いていた氷織の表情に初めて緊張の色が見える。もし、アルコールスライムを倒してしまうと、これまでの苦労が水の泡になる。
事は慎重に運ぶ必要がある。だからこそ、念には念を入れて蘇鳥は注意する。決してフリではない。
「すーはー、いくよ、アイスケージ」
深呼吸で気持ちを落ち着かせた後、スキルを発動する。すぐにアルコールスライムの周囲に氷の檻が作られ、捕らえられる。
アルコールスライムは滅多に出会えないモンスターだが、強くはない。捕まえることは簡単だ。特に氷織の技量があれば、赤子の手をひねるより簡単だ。
「ようやく出会えたな、アルコールスライム君。ひっひっひ」
蘇鳥は満面の笑みを浮かべて、氷の檻に捕らわれたスライムに挨拶し、スマホで撮影する。
アルコールスライムのおかげで、今回の仕事は失敗せずに済む。心から笑顔になるのも仕方ない。この一匹がいるだけで、蘇鳥の生活は大きく変わる。
依頼のお金が入れば豪勢な暮らしができるし、大きな実績となる。実績を積み重ねれば別の依頼に繋がる可能性が高い。スライム一匹に人生が大きく左右されるのだ。だから邪悪な笑みがこぼれるのも仕方ない。
「これ、どうするの?」
「もちろん、アルコールを頂くのさ」
アルコールスライムからは名前の通り、アルコールが取れる収穫できる。
そのアルコールがとても美味しいのだ。酒好きの間では、アルコールスライムのアルコールから作られるスライム酒は絶品のお酒として知られている。
「なんでも、飲んだことがある人からすると、いくら払ってもいいからもう一度飲みたいお酒らしいぞ」
「へー、そうなんだー」
「気になるなら、一口くらいなら飲んでいいぞ。アルコールスライム一匹からそこそこの量は取れるそうだ。一口くらいなら問題ない」
一人で飲むには十分な量が収穫できる。一口くらいなら、全然問題ない。
しかし、普段からお酒を飲まない氷織は興味がなく、アルコールはいらないみたいだ。
実際、アルコールスライムから抽出したアルコールをさらに加工してお酒を製造する。アルコールだけを飲んでも真の美味しさは感じられないだろう。
「というか、どこにアルコールがあるの? 倒したらアイテムを落とすの?」
「アルコールスライムのアルコールはスライムの体内にある。そこから抽出するのさ」
ぷにぷにでもちもちしているアルコールスライム、その体内にはアルコールを蓄えている。ストローなどの細長い筒を突き刺せば、体内に溜まっているアルコールを集めることができる。
ただし、ストローなどの即席のアイテムで抽出を行うと無駄が多くなる。抽出できる量も少なくなる。たくさんのアルコールを抽出したければ、専門の道具が必要になる。
色々とダンジョンの探索に便利な道具を用意している蘇鳥だが、さすがにアルコールスライムからアルコールを抽出する道具は持ち合わせていない。ストローで頑張るしかない。
「そんじゃ、アルコールを頂きますか。暴れないでねー」
氷の檻に捕らわれているアルコールスライムにストローを突き刺して、アルコールの抽出を開始する。ストローの先端からアルコールが流れてくるので、ペットボトルで受け止める。
「おお、出てきた出てきた。よし、順調だ」
アルコールスライムからアルコールの抽出において一番厄介な部分は、アルコールスライムが生きていないといけないこと。
アルコールスライムは倒されると、体内に溜め込んでいるアルコールごと消えてしまう。
体内のアルコールは魔力を帯びているので、アルコールスライム本体が倒されると一緒に消滅する。しかし、一度体内から抽出してしまえば魔力が抜ける。本体を倒してもアルコールは消えない。
絶対に倒していけないと念押ししたのはこのためだ。一度抽出さえすれば、アルコールスライムを倒してもアルコールは消えない。しかし、倒してしまったら、終わりだ。運が良ければ魔石をドロップすることだろう。
どんなに運が良くても、アルコールはドロップしない。
滅多に存在しないのだが、モンスターの中には生きている内にアイテムを収集できるものがいる。モンスターを倒してもアイテムをドロップすることはないが、剥ぎ取ることで集めることが可能。モンスターから完全に分離をすれば魔力が抜け、モンスターを倒しても消えなくなる。
ダンジョンの不思議な仕様だ。
「匂いを嗅いでいるだけでもアルコールの豊潤な匂いがするな。確かにこれを使えば美酒ができるのも当然だな」
鼻孔をくすぐる豊潤なアルコールの匂いに蘇鳥は酔いしれ、身も心もアルコールに支配される。
今すぐにでも飲みたい、そんな感情を理性で無理矢理抑えつける。仕事で来ているから、なんとか理性が勝っているが、プライベートで来ていたのなら、一口味見をしていたことだろう。
それほどまでにアルコールスライムのアルコールは暴力的だった。
「……ふぅぅぅぅぅぅっ」
アルコールスライムから一滴も残さずアルコールを抽出した蘇鳥は、ペットボトルの蓋を閉めて長い長い溜息を吐く。アルコールを一滴も無駄にできないという思い、アルコールを飲みたいという欲求、仕事を達成できそうという満足感、様々な思いから解放された故の溜息だ。
「もしかして、酔った?」
「いや、さすがにアルコールの匂いだけじゃ酔わんよ」
「きゃー、おそわれる」
「だから酔ってねえっ! そもそも襲わねえよっ!」
仮に蘇鳥が襲ったところで返り討ちにされる。彼我の戦力差は歴然だ。
「で、このスライムどうするの?」
「放置でいいだろ。アルコールスライムの戦闘力は普通のスライムと遜色ない。見た目もスライムと一緒。だからこそ、スライムと間違われて倒されるんだし」
そっか、と氷織は呟いて、アルコールスライムを捕えていた氷の檻を解除する。すると、スライムはゆっくりと逃げていくのだった。
体内のアルコールを根こそぎ奪われたのに、元気なことだ。
バイバイ、アルコールスライム君。君のことはきっと忘れない。人生を救ってくれたアルコールスライムのことは一生忘れられないだろう。
TIPS
アルコールスライム
体内にアルコールを含んでいるスライム。戦闘力は極めて低いが、出会うことが滅多にないモンスター。
倒さずに体内のアルコールを抽出、お酒を作成すると美酒になる。
スライム酒として界隈の一部で大人気。ただし、見た目が普通のスライムと瓜二つなので、知らずに倒されてしまう。
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