燈火村ダンジョン②ダンジョンを調べる
「まずは、【迷宮看破】を使ってみます」
【迷宮看破】は蘇鳥が使えるスキルの一つ。文字通り、迷宮について調べることができる。
「洞窟タイプのダンジョン。一本道、途中に分岐なし。途中に広場と水場あり。罠なし。出現するのは雑魚モンスターのみ。と出ました」
「悲しいほどに、その通りですね。それ以外に補足することもありません。ここはそれ以上でもなければそれ以下でもないんですよ」
【迷宮看破】で得られる情報は本人のスキルレベルに左右される。蘇鳥のレベルでは詳しい情報を得られない。これくらいが限界だが、スキルから得られる情報としては十分だ。
それにスキルで得られる情報がすべてではない。実際に目で見て、手で触れてこそわかる情報もある。
「あー、入口は特に何もないみたいですね。壁を調べてみましたが、普通の土や岩だけです。価値もないみたいですから、進んでみましょう」
「分かりました。無害認定されていると言っても足元は悪いです。気を付けて進みましょう」
「お気遣いありがとうございます」
蘇鳥の体を慮ってのことだろう、蛍の優しい言葉が染み渡る。
二人はゆっくりとダンジョンを進む。蘇鳥の左足の問題もあるが、ダンジョンをつぶさに観察するためでもある。
「あっ、ゴブリンです。倒しても問題ないですよね?」
「お願いします。ゴブリンは価値がないですから」
「倒します。えいっ」
事前の情報通り、ダンジョンにはゴブリンが出現するが、蛍の攻撃にもならない、単なるパンチで瞬殺される。
ゴブリンは体長30~50センチの小鬼の姿をしているモンスター。
モンスターランクは0。最低ランクであり最弱のモンスターの一匹だ。それこそ子供でも倒せる強さでしかない。ちょっと力の強い大人なら小突いただけで倒すことが可能だ。無害認定は伊達でも酔狂でもない。文字通り無害なのだ。
モンスターを倒すと一定の確率で魔石を落とす。
魔石は魔力を秘めており、特殊な装置を使うことでエネルギーを取り出せる。その他にも魔石を動力にした魔道具も存在する。いくらでも活用方法があるので、迷宮省がその価値に応じて買い取ってくれる。
しかし、ゴブリンの魔石の価値は1円。いくら集めたところで割に合わない。子供のお小遣いにもならない。
ゴブリンの魔石の問題はまだある。小粒かつ茶色をしているのだ。
洞窟タイプのダンジョンで魔石が地面に落ちるとそこら辺の小石と見分けがつかない。ゴブリンの魔石だと思って拾ったのが、ただの石ころだったというのは多くの子供が経験するダンジョンあるあるだ。わざわざ探し出す手間を考えると、余計に割に合わない。ゴブリンの魔石は放置するのが冒険者の常識となっている。
故に、ゴブリンの出現するダンジョンは価値がない。
その後も二人はダンジョンをゆっくり進むが出現するモンスターはゴブリンのみ。
「ゴブリンしか出ませんね……」
「はい、燈火村ダンジョンはゴブリンしか出ません。今まで他のモンスターが出現した報告は聞いたことがありません。なので、ここら辺の子供はゴブリン以外のモンスターを見たことないですね」
「そう……ですか。無価値なゴブリンだけ……ですか」
現在二人はダンジョン内にある水場の近くで足を止めている。
広場と呼べるくらいには広い場所に、大きな池と呼べるサイズの水場がある。天井も少し高く、休憩するにはちょうどいい。
「ここはどういった場所ですか?」
「ここですか? そうですね、夏場などは涼しいので避暑地として活用されたりしますね。ダンジョン内は比較的涼しいですし、温度も一定ですから。後は、子供が水溜まりで遊ぶために入ったりするくらいです。特に活用されているという話は聞きません」
「子供も入るんですね。……それはそれは、とてもいい場所ですね」
どうやら田舎ではダンジョンは子供の遊び場の一面があるらしい。モンスターが出現するが、子供でも倒せるゴブリンしか出ないこともあって、特に子供の潜入は制限していない。
山に入ることに比べたら、ダンジョンで遊ぶほうがよほど安全らしい。
山に入ったら迷子になる可能性もあるし、野生動物に襲われる可能性もある。一本道でゴブリンしか出ないダンジョンのほうが遥かに危険が少ない。これが田舎の、というより燈火村の基準らしい。
「一応、奥まで進みますか?」
「はい、念のため最後まで確認しましょう。この後、何かがあるかもしれません」
「期待しないほうがいいですよ……」
二人はダンジョンの最奥まで進んだが、最奥で待ち受けていたのはゴブリン。結局、遭遇したモンスターはゴブリンのみ。うま味のないダンジョンだった。
ゆっくり歩いても最奥まで行くのに時間はかからない。そう広くないダンジョンでもある。はたして、このダンジョンを有効活用する方法はあるのだろうか?
「このダンジョン、本当にゴブリンしか出ないんですね。それに、ガチで何もないっすね」
「ええ、そうなんです。本当に何もないんです。何かおいしいドロップをするモンスターが一匹でも出てくれたら嬉しいんですけど、ここってゴブリンだけなんですよ。神様はどうしてこんな無価値なダンジョンを作ったのでしょうか?」
はあ、とため息をつく蛍。
村にダンジョンがあっても困るものではないが、せっかくダンジョンが存在するのなら活用したいのが人情。ところが存在するのは無価値なダンジョンではため息をつきたくなる。
損をしていないのに、損をしている気分になる。
「あの、蘇鳥さん、どうですかこのダンジョン、何か利用価値ってありますかね? 難しいですよね? こんな何もないダンジョンなんて利用価値ないですよね?」
「いえ、そんなことないと思いますよ。もう一度確認しますが、本当にこのダンジョンにはゴブリンしか出ないんですよね? ゴブリン以外のモンスターが出た試しはないんですよね?」
今一度、燈火村ダンジョンのモンスターについて確認する。無害認定のダンジョンでは通常3~5種類のモンスターが出現する。蘇鳥はモンスターが1種類しか出現しないダンジョンを知らない。
ゴブリンしかモンスターが出現しないダンジョン、この話が本当なら利用価値がある。ゴブリンには特殊な事情がある。
「え、えぇ、確認されている限り、燈火村ダンジョンはゴブリンしか出ません。普通のゴブリンが出るだけです」
「ならば、いい方法がありますよ」
「本当ですか!? このダンジョン、生まれ変わるですか!?」
利用価値がないと思われるダンジョンに新しい価値があると言われて、蛍のテンションが爆上がりする。
ダメ元でダンジョン再生屋に依頼を出した。最初から期待していなかったので、意外な展開だった。
「それでは、お話ししましょう。この燈火村ダンジョンの新しい利用価値を!」
蘇鳥はビシッと決めて堂々と宣言する。自信に満ち満ちた表情は、凛々しささえ感じさせる。
ゴブリンしか出ないダンジョンならば有効活用する方法が存在する。
「あっ、すみません。その話は役場でお願いします。私はあくまで説明と案内だけで、ダンジョンをどうこうする決定権はないです」
「……あっ、はい。了解です……」
格好つけたのに締まず、カーっと顔が赤くなる。消え入りそうな声で返事をする蘇鳥。
かなり気まずい雰囲気を残したまま、二人はダンジョンを引き上げて、燈火村の村役場に向かうのだった。
村役場に着くころには、蘇鳥も蛍と普通に話せるくらいにはメンタルが回復しました。
TIPS
蛍明
燈火村の役場の職員。生まれも育ちも燈火村。素朴な感じの女性。
大学は都会の学校に進学したが、都会の空気が合わず、田舎に戻って来た。