林護町ダンジョン⑦依頼、失敗するかも
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林護町ダンジョンWの総括。
水と風が予想以上に厄介。探索する上でこの上なく邪魔。
モンスターも特に変わったものはいない。つまり、価値のあるモンスターがいない。
出現するモンスターはアイアントータス。硬い甲羅を持つカメのモンスター。攻撃は脅威にならず、移動速度はスロー再生のような遅さのモンスター。
危険はないが、倒すのに苦労する。魔石を落とすが、苦労に見合っていない。
また、フライングツナという空を飛ぶマグロのモンスターも出現する。止まることを知らないモンスター。主な攻撃は突進。移動スピードが速いので捉えるのが難しい。
他にも、アイアントータスの上位互換で激レアモンスターのダイアモンドトータス、水を嫌わず泳ぐことができるスイミングキャット、水場で無類の強さを発揮するウォーターゴーレムなども出現するが、どれもこれもうまみはない。
モンスターが落とす魔石は普通、宝箱から入手できるアイテムも普通。
これでは、水と風が厄介すぎて、他のダンジョンに行ったほうがいい。わざわざ苦労してまで、倒す必要のあるモンスターもいないし、珍しいアイテムもない。
過疎るべくして過疎っているダンジョンだ。
もし無理矢理にでも付加価値をつけるとしたら、水と風だろうか。
水を使って水力発電、風を使って風力発電など。
ただし、これくらいのことなら誰でも考えつく。狭いダンジョンに導入できる設備は限られている。作れる電力は微々たるもの。モンスターに壊されるリスクもあるので、護衛も必要になる。利益を出すのは難しい。
水は潤沢にあるが、林護町は水に困っていない。生活用水や農業用水として活用することも可能だが、わざわざダンジョンから水を汲む必要性がない。専門の設備を導入するメリットに見合うとも思えない。
水が活かされるとしたら、空梅雨で雨が降らない時くらいだろう。
他にも、ダンジョン内にプールを作る、なんて案も考えられるが、一般人にとってモンスターが脅威過ぎる。わざわざ危険なプールに足を運びたい猛者は限られる。プールを作っても採算が取れる未来が思い浮かばない。
ダンジョンをリゾートにしている前例はある。しかし、そういったのは無害かつ風光明媚な景色が広がっているダンジョンに限られる。危険があるダンジョンをリゾート地にするのは難しい。
ちなみに林護町ダンジョンWの水はただの水だ。ダンジョンの水だからといって特別性は一切ない。なので、魔力関連の用途で使うこともできない。
結論、林護町ダンジョンWを再生するのは不可能。
ダンジョン再生屋、最後のダンジョンに望みをかけるしかない。
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「はぁ、今回の依頼は失敗するかもしれん」
蘇鳥と氷織の二人は現在、林護町にある四つのダンジョンの最後の場所にやって来ていた。
林護町ダンジョンWを出てから、休憩を兼ねた昼食を食べ、英気を養った。だが、蘇鳥の顔色は浮かばない。
というのも、林護町ダンジョンSには期待できないからだ。
林護町ダンジョンSではたくさんの種類のスライムが出現する。しかし、スライムは総じて利益が出ない。
しかもダンジョン全体が苔むしている。雰囲気があまりよくないのも冒険者を遠ざける理由になっているのかもしれない。
「時には、そういうこともある、よ?」
「ああ、そうだな」
氷織は蘇鳥を励まそうとしているようだが、あまり効果はない。蘇鳥は今回のダンジョン調査で少なくない金額を使っている。氷織への護衛料の支払いも残っている。報酬の見込みがないと経済的にかなりまずい状況になる。
バイトをするか、誰かに借金するか、今から憂鬱になる蘇鳥だった。
「スライム、出たよ」
「ああ、普通のスライムだな。適当にやっといてくれ。分かっていると思うが、油断するなよ」
ダンジョンというのは何が起こるか分からない。突如として強いモンスターが現れて、大怪我をすることもある。油断禁物だ。
「うん、アイスランス」
氷織はいつものスキルを使ってスライムを倒す。
スライムはその場に魔石を落とす。
スライムというモンスター、実はあまり強くない。だからといって落とす魔石の価値が低いこともない。
これだけ聞くと、効率の悪いモンスターに思えないのだが、そんなことはない。
スライムはどいつもこいつも物理攻撃に強い耐性を持っている。そのため近接職にはつらいモンスターだ。
反面、スキルには弱い。スキルを使えば簡単に倒せるのだが、ダンジョンでは魔力が重要になる。魔力の無駄打ちはしたくない。
特に強くもないモンスターのスライムに魔力を使いたくない、でも魔力を使わないと倒せない。そんな葛藤をさせるモンスターだ。
ただし、上級の冒険者になると魔力運用も上手になる。スライムがたくさん出現しても、効率よく魔力を運用することができる。
なので、スライムを使って魔力の上手な運用や管理を学ぶことができる。魔力運用を学べるダンジョンとして、打ち出すのも悪くないかもしれない。
だが、林護町ダンジョンSである必要はない。他のダンジョンでも魔力運用は学べる。
とどのつまり、ピンポイントでスライムに用事がないとダンジョンに入る理由がない。
「どうするの?」
「うーん、どうしよっかな。スライムダンジョンなんて何も得られるものがなさそうなんだよな。もういっそ、引き返すか? 時間を無駄にするくらいなら、さっさと引き返したほうがいいんだけどな……どうするべきか?」
蘇鳥は典型的なサンクコストにハマっている。既に投資をしているので、仕事が失敗するとしても「もったいない」と感じて、撤退の判断ができない。
「もしかしたら、何かあるかもしれないよ? 最後まで希望は捨てちゃいけないよ」
「そっか……そうだよな。氷織の言うとおりだ。最後まで足掻こう。よし、ダンジョン調査、再開だ!」
ダンジョンは何があるか分からない。急に強いモンスターが出現するかもしれないし、とても貴重なアイテムが手に入るかもしれない。希望は最後まで捨ててはいけない。諦めたら、そこで終了なのだから。
TIPS
ダイアモンドトータス
アイアントータスよりもさらに硬い甲羅を持つカメのモンスター。名前の由来は、ダイアモンドのように硬い甲羅を持つこと。
残念だが、ダイアモンドを落とすことはない。ただただ硬いモンスター。
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