林護町ダンジョン⑤キーアイテムは浮き輪
「モンスターは任せて」
「頼もしい限りだよ」
氷織の実力なら、モンスターに手こずることはない。そもそもランク4なら、準備さえしていれば瞬殺できる。
しかも、モンスターが移動するとパシャパシャと水音がする。モンスターを見つけるのも容易なので、氷織が苦戦することはない。
やはり問題になるのは蘇鳥の移動に関してだ。
「【身体強化】は?」
「もちろん使えるが。ずっとは使えんぞ」
冒険者の多くが覚えるスキル【身体強化】。文字通り自身の肉体を強化するスキル。使っている間は魔力を消費するため、モンスターとの戦闘中だけ使用するのが多い。モンスターとの戦闘を有利にすすめることができるので、とても有用なスキルだ。
新人からベテランまでオススメしているスキルであり、初めに【身体強化】を覚える冒険者も多い。
「要所要所で使えば、魔力消費も気にならんが、ずっと使っているとすぐに魔力が枯渇する。【身体強化】で移動するのは得策じゃない」
何かあればスキルを使うことに躊躇いはない。だが、何もない所で無駄打ちできるほど、蘇鳥の魔力は潤沢ではない。
「じゃあ、全部凍らす?」
「水に比べたら氷の上のほうが歩きやすいかもしれんが、ダンジョンは広い。全部を凍らすのは氷織でも不可能だろう。いくら氷織でも魔力が足りん」
氷織の魔力は潤沢だ。ダンジョンのフロア一面の水を凍らすくらいわけない。だが、それだけだ。
ダンジョンは広大だ。ワンフロアだけのダンジョンなら採用してもいいが、広いダンジョンで採用するわけにはいかない。歩く部分だけピンポイントで凍らすことも可能だが、それでも魔力は足りなくなるだろう。どんなベテラン冒険者でも魔力が枯渇する。
「じゃあ、ボートを持っていくのは?」
「ダンジョンの中は狭い場所もある。ボートが通れなくて立ち往生する未来が見えるな。そもそも、水深5センチだと、ボートが浮かばん。っていうか、どこからそんなポンポンとアイデアが浮かぶんだよ。俺はそっちに驚いているよ」
「普段の行い?」
「なぜに疑問形。まあいいか、ともかくボートだと進めないから無理。それに近くに売ってるかどうか」
たくさん意見を出してくれるのはありがたいが、どれもこれも却下。現実的ではない。
「ボートが無理なら、浮き輪ならいけそう」
「確かに、浮き輪なら小さいし、今は夏だから売ってそうだな。イケるか? ……いや待て、そうなると、俺が浮き輪に乗って、それを氷織が引っ張るという構図になるのか? それはそれでどうなんだ?」
ボートを持ち込むことに比べたら、浮き輪を持ち込むことは現実的な提案だ。第三者が見たらどう思うかは別として、浮き輪なら水深5センチでも浮かぶ可能性がある。
「大丈夫、過疎ダンジョンだから、誰もいない」
「そう、だな。俺が恥ずかしいだけだよな。ダンジョン調査のためなら、恥くらい我慢しろって話だよ。一応、浮き輪作戦を候補に入れておくか」
「やったー。バナナもいいし、イルカもいいかも、白鳥も捨てがたい。どれがいいか悩む」
浮き輪の種類で悩んでいる氷織だが、プールに遊びに行くのではない。買うとしても普通の丸い形のものか、マットタイプのものになる。SNS映えを狙ったかわいい浮き輪は買いません。そういった楽しい浮き輪は夏休みにプールに行ったときにでも買ってください。
水問題は解決しても、林護町ダンジョンWにはもう一つ解決しないといけない問題がある。
風だ。
「風をどうするかだよな? 何かいい案はあるか?」
「私が風よけになる」
「……まあ、それしかないよな」
踏ん張りが効かない蘇鳥では強風に対抗できないので、取れる手段は少ない。踏ん張りを強くするか、風を弱めるか。大まかな対策は二つに一つ。
踏ん張りを効かそうにも足元は水。足を固定するのは難しい。ならば風を弱めるしかない。
氷織が蘇鳥の前に立って、一身に風を受ける。氷織なら正面から風を受けてもびくともしない。
この作戦が簡単で楽にできる対策だ。
「でも、風はいろんな方向から吹いてくるらしい」
「うん? そこは臨機応変にやる……よ」
明日のダンジョン攻略は氷織頼みになる。蘇鳥ではどうしようもないので、ダンジョン攻略以外の部分で報いるしかない。氷織が困っていたら積極的に助けることを密かに誓う蘇鳥だった。
「水着、買わなきゃ。かわいいのあるかな」
「明日は遊びに行くんじゃないぞー」
水に濡れることが決まっているようなダンジョン。故に服の下に水着でも着こむだろう。
しかし、ダンジョンの調査ということを分かっているのだろうか? あくまで護衛とはいえ、ダンジョンを攻略するのだ。遊びに行くのではない。
「風が強いから、スカートもやめといたほうがいいかな。でも、下に水着を着るからいっか」
「よくないよくない絶対にダメ。ちゃんと水に濡れてもいい防水パンツにしなさい」
男の子はたとえ水着だと分かっていても、スカートが捲れたら視線が向いてしまう。氷織が恥ずかしくなくても、蘇鳥が気にする。ダンジョン調査どころではなくなるだろう。
蘇鳥は年頃の娘を持つ父親の気分になるのだった。
「そういえば、残った最後のダンジョンは?」
「ああ、忘れてた。林護町ダンジョンSは、たくさんのスライムが出てくるダンジョンさ」
「……すらいむ?」
「そう、スライムさ」
TIPS
【身体強化】
身体能力を高めるスキル。冒険者にとって基本中の基本のスキル。このスキルがないとダンジョン探索が捗らない。冒険に必須のスキル。
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