燈火村ダンジョン①ダンジョン再生屋の仕事
およそ20年前、世界各地にダンジョンと呼ばれる不思議な空間が無数に生まれた。
ダンジョンの中はまるでゲームの世界。
ゲームに登場するようなモンスターが現れ、ゲームに登場するようなスキルが使えて、ゲームに登場するようなステータスが存在し、ゲームのようなレベルも存在する空間。それがダンジョンだ。
ダンジョンの登場により世界は一時的に大混乱に陥ったが、混乱は長く続かなかった。人類の適応力は並大抵ではなく、混乱はすぐに終息した。
混乱が長く続かなった主な理由は、ダンジョンに入らなければ無害だからだ。漫画やアニメのようにダンジョンを法していたら、ダンジョンからモンスターが溢れて、暴れたりすることがないからだ。ダンジョンに入らなけば安全が確保されているので、人類の混乱は長く続かなった。
そして現在ではダンジョンがある生活が当たり前になった。
また、迷宮省というダンジョン関連を統括する行政機関も登場し、ダンジョンから多くの恩恵を得られるようになった。
「ふう、ようやく到着したかぁ。でも、田舎の空気は気持ちがいいな。それにしても、ここまで長かったな。体がバキバキだぜ」
ここは田舎の村。周囲を見渡しても、一軒家がポツンポツンと存在するだけで、他に見えるのは長く続く道路と緑豊かな自然ばかり。一目で田舎と自覚させられる景色が広がっている。
世間はゴールデンウィーク真っただ中だというに、田舎の無人駅から一人の青年が出てくる。電車を何度も乗り継ぎ、ようやくここまでやって来た。
青年の名前は蘇鳥林火。普段は大学生をしている普通の男の子。
しかし、普通とはちょっとだけ違う見た目をしている。
左足が義足なのだ。
蘇鳥もかつては冒険者だった。だが、ダンジョンの探索中に大怪我を負い、左足を失った。そのため、移動の補助として、右手には杖を持っている。
ダンジョンは過酷だ。蘇鳥が失ったのは、左足だけではない。
左腕の機能を損なっている。
左腕は左足と違ってきちんとくっついているが、ほとんど動かなくなっている。まったく動くかない訳ではない。健常者が100%動かせるとしたら、蘇鳥の動かせる分は5%くらいだ。
ダンジョンはとても危険だ。命を落とす冒険者も少なくない。足と腕を失ったが、命は失っていないのは不幸中の幸いである。
そんな障害を背負っている蘇鳥が田舎にやって来たのには理由がある。
ダンジョンを調べるためだ。
ダンジョンは世界中に数えきれないほど存在する。その数は日本だけで5000ヶ所を超えている。無数に存在するので田舎にだって当たり前のようにダンジョンはある。
しかし、ダンジョンの多くは無害だ。無害に認定されているダンジョンは誰でも自由に入れる。それこそ子供も自由に入れる。
ダンジョンなのでモンスターも出現するが、子供でも倒せる。だからこそ無害扱いされている。
そんな無害なダンジョンは多くの自治体で放置されている。無害であるがゆえに、利用価値もないからだ。
強いモンスターが出現するダンジョンなら、モンスターがドロップする魔石やアイテムが価値になる。それに冒険者の経験値になる。しかし、無害ダンジョンではどれも期待できない。
蘇鳥の仕事は、そんな利用価値のない過疎っているダンジョンで新たな価値を見つけること。
その名もダンジョン再生屋。
まあ、ほとんど世間に知られて知られておらず、実績もないので、仕事を始めたはいいが、依頼は滅多に入らない。
だからこそ、今回のような貴重な機会は無駄にできない。
今は駅前で待ち合わせ。依頼主が来るのを自然をボケーっと眺めながら待つ。
「のどかだなー…………おっ、あれかな」
駅に向かって一台の軽トラが走ってきて、駅前で停車する。そこから若い女性が降りてくる。
20代の素朴な感じの美しい女性。ポロシャツにパーカー、丈が長めのスカートというカジュアルな服装をしている。
「すみません。私、燈火村の職員の蛍です。あなたがダンジョンを再生してくれる人で間違いないですか?」
「はい、そうです。ダンジョン再生屋の蘇鳥です。本日はよろしくお願いします」
「今回は燈火村からの仕事を受けていただき、ありがとうございます。ダンジョンの案内と説明をしますので、どうぞ車にお乗りください」
待ち合わせの軽い挨拶を済ませて、二人は車に乗り込む。
「改めまして、私は燈火村の職員の蛍明と申します。村ではダンジョン担当を担当しています。よろしくお願いします」
「こちらこそ、ご依頼ありがとうございます。ダンジョン再生屋の蘇鳥輪火です」
「それでは、ダンジョンに向けて出発します」
周囲の安全を確認すると、車が目的地に向かって走り出す。そして本題、ダンジョンについての話が始まる。
「では、燈火村のダンジョンについて教えてもらえますか? できるだけ詳しくお願いします」
「はい、わかりました。燈火村のダンジョンは、知っていると思いますが、無害ダンジョンです。出現するモンスターはゴブリンだけで、一本道の洞窟タイプです。あとは、途中に水場があるくらいですね。サイズは池って感じですかね」
「うーん、聞いた限りでは典型的なダンジョンみたいですね。他に何か特徴はありますか?」
「これといって、思い浮かぶものはありませんね。本当に何もないダンジョンですので。ダンジョンを担当しているのですが、あまり中に入ることはなくて。……えーっと、それで新しい活用法、ありそうですか?」
聞く限り、オーソドックスなダンジョンのようだ。蘇鳥としてはここで絶対に新しい価値を見つけられると確約はできない。実際にダンジョンに潜ってみないと分からない。
「あー、善処します、よ」
どうしても返事は曖昧になる。
「……はは、仕方ないですね。ダンジョンまではもう少し時間がかかります。他に何か聞きたいことはありますか?」
「それじゃあ、燈火村について教えてくれますか? せっかく来たから、ここのこともっと知りたいです」
「あー、そうですね、何かありますかね? 燈火村って本当に田舎なんですよね。うーん、自然豊か、以外に何もないですよ。ですから、他の話にしません?」
外側から見ると、意外と魅力に気づいたりするものだが、内側にいる人からすると当たり前すぎて魅力に気づかないのかもしれない。
「蛍さんは燈火村出身なんですか?」
「そうですよ。生まれも育ちも燈火村です。大学だけは都会に行きましたが、結局戻ってきてしまいました」
「へえ、燈火村がそんなによかったんですか? 都会も悪くないと思いますけど」
「燈火村がよかったというより、都会が合わなかったって感じですね。都会は時間の流れが早くて、それが合いませんでした。なんだかんだ、ここが好きなんでしょうね」
「そうなんですね」
蘇鳥は生まれも育ちも都会だから、時間の流れが早いという感覚はない。あるのは、田舎の時間の流れが遅いという感覚だ。
しかし、ダンジョンで大怪我をして以来、強制的にゆっくりな時間を過ごしている。都会のせかせかした生活がしんどいと感じることもある。
他愛もない会話を続けていると、目的地のダンジョンの近くに到着した。ダンジョンは車で直接行ける場所にはない。車から降りて、山に入る必要がある。
蛍の先導の元、山を歩く。
「蘇鳥さん、到着しました。ここが燈火村ダンジョンです。早速入りますか?」
山を少し入った場所に、不自然な門が現れる。
これが地球とダンジョンを結ぶ隔門と呼ばれる門。門の中に入ると、そこにはダンジョンと呼ばれる別世界が広がっている。
隔門の意匠はダンジョンごとに異なるが、燈火村ダンジョンの隔門はかなりシンプルな類である。隔門の意匠とダンジョンの内容は関係があったり、なかったりする。
隔門からダンジョンの中身を想像できるものもあれば、まったく似ても似つかないこともある。だから、隔門を調べても意味はない。
「そうですね。早速入りましょう」
燈火村ダンジョンは迷宮省から無害認定されている。わざわざ冒険の準備をする必要は毛ほどもない。左足を失っている蘇鳥だろうと危険はない。
隔門を潜り抜けると、日本の田舎の風景から一転して、洞窟の中に変化する。
何より、肌に感じる空気感が地球とは異なる。ダンジョン内には魔力が存在する。魔力は攻撃にも使えるし、防御にも使えて、回復にも使う。また、モンスターを探したり、罠を探知するのにも使う。
魔力はダンジョンを探索する上で欠かせない存在となっている。
その魔力がダンジョンには多かれ少なかれ満ちている。肌を刺激する魔力の感覚はダンジョン特有の現象だ。
地球とダンジョンがまったくの別世界だと、入った瞬間に強制的に理解させられるのだ。
「聞いていた通り、オーソドックスな洞窟タイプのダンジョンみたいですね」
周囲を見渡した蘇鳥の感想だ。
田舎の自然豊かな草や木の匂いがなくなり、洞窟特有の土や岩の匂いに変化する。岩でできた地面、ゴツゴツした壁面、なぜか明かりが確保されている洞窟。
このような洞窟タイプのダンジョンは無数に存在する。ある意味、見慣れた景色だ。
見慣れた景色ということは、ダンジョンに期待できないという意味とも取れる。無害認定されているダンジョンは総じて価値がない。無害でありながら価値がある、そんな美味しい話はそうそう転がっていない。
はたして、蘇鳥はダンジョン再生屋として仕事を達成できるのだろうか? ダンジョン再生屋としての真価がここに問われる。
TIPS
蘇鳥輪火
かつては冒険者をしていたが、ダンジョン探索中に大怪我をしたことで、冒険者を続けられなくなった。
それでもダンジョンと関わることを諦められず、ダンジョン再生屋を始めた。