第2話「死神と日常」
夜の街を歩く榊原芽衣とレイ。静かな街灯の明かりに照らされながら、芽衣は自分の隣を歩く黒いフードの青年を横目で見た。
芽衣
「ねえ……あなた、他の人には見えないの?」
レイは少し歩を緩め、ふっと肩をすくめた。
レイ
「普通の人間には見えないな。死を覚悟してる奴とか、死が間近に迫ってる人間なら、俺の姿が見えることもあるけど──まあ、そんな人間がそこら中にいるわけでもないしな。」
芽衣
「……じゃあ、私にはなんで見えるの?」
レイは芽衣をちらりと見て、小さく笑う。
レイ
「お前とは契約してるからな。お前にとって俺は特別な存在ってことだ。だから、常時俺の姿が見えるようになってる。おかげで、これからずっと一緒だな。」
芽衣
「ずっと……一緒……」
芽衣は少し引っかかるような気持ちを抱きつつも、その言葉を胸の中で繰り返した。ずっと一緒──それは、どこか温かくも寂しさを紛らわせる響きがあった。
やがて、目の前にコンビニの光が見えてきた。芽衣はそのままコンビニのドアを押し開ける。
芽衣
「ちょっと寄っていい? 夜ご飯買っていかないと。」
レイ
「好きにしろよ。俺には関係ないし。」
芽衣は店内を歩きながら、パンやお弁当の棚を物色する。レイはその後ろを無造作に歩いているが、当然他の客や店員にはその姿が見えない。芽衣はふと思いつき、レイに尋ねた。
芽衣
「そういえば、あなたってりんごを食べないの?」
レイは不意に歩みを止め、芽衣をじっと見つめる。
レイ
「……なんでそんなこと聞く?」
芽衣
「だって、死神って言ったら、りんごを食べてるイメージがあるから……」
芽衣が少し恥ずかしそうに答えると、レイは目を丸くした後、吹き出すように笑った。
レイ
「どこの世界の死神だ、そりゃあ! 俺の知ってる限り、そんなやつ聞いたこともないぞ!」
芽衣
「だって、何となくそういう感じがするんだもん……」
レイは肩を揺らして笑い続けるが、やがて肩をすくめて答えた。
レイ
「まあ、俺は何も食わなくても平気だしな。食事っていう概念がそもそもない。だから、気にすんな。」
芽衣
「……そっか。でも、何も食べないなんて、ちょっと寂しい気もする。」
芽衣がそう呟くと、レイは少しだけ思案顔になりながら独り言のように呟いた。
レイ
「いや、待てよ。そもそも俺、生きてるって言っていいのか? いや……死んでるのか? いや、存在してるのかもよくわかんねえな……はは、自分でもよくわかんねえよ。」
芽衣はそんなレイの言葉に思わず笑ってしまう。
芽衣
「あなた、なんか変わってるね。死神ってもっと怖いイメージだったけど……全然そんな感じしない。」
レイは目を細めてニヤリと笑う。
レイ
「そりゃ、見た目で判断しちゃだめだぞ。俺は必要なら、ちゃんと怖い死神にもなれるからな。」
芽衣はくすりと笑いながら、レジに向かって夜ご飯のパンとお茶を差し出す。レジを済ませた芽衣が店を出ると、再びレイが隣に歩き出した。
レイ
「で、買ったのそれだけかよ。もっと食えよな、ひょろひょろだぞお前。」
芽衣
「……別にこれで十分だもん。」
芽衣は少し頬を膨らませながら答える。レイは苦笑しながら、芽衣の横を歩く。
レイ
「ま、いいけどよ。お前がどう生きるかを見届けるのが俺の仕事だからな。もう少し面白い選択をしてくれたほうが、俺も退屈しないんだが。」
芽衣はレイの言葉に少しムッとしながらも、どこか温かさを感じていた。誰かが自分のことを見てくれる──それが、こんな奇妙な死神でも、不思議と安心感を与えてくれる気がした。
二人の奇妙な日常は、こうして少しずつ動き出していく。