第三話「エンパイア・ワスプ」
昔、セルニア大陸は魔王率いる魔族の支配下にあった。魔族は獣人並みの肉体、エルフ並みの魔力、ドワーフ並みの器用さ、そして人間並みの繁殖力と数。まさに全ての種族の特徴を持つ種族だった。
彼らは魔王の元セルニア大陸の他種族を支配、奴隷化していた。人類は幾度となく反乱を起こし、魔族や魔王と戦った。時には異世界より勇者が女神の手によって召喚されたが魔王の前にただ屍を重ねるだけで終わっていた。
魔族の力に他種族は絶望し、永遠にこの状況を抜け出すことが出来ないと思っていたが転機は突如として訪れたのだ。
きっかけは小さな出来事だった。大陸東部の辺境に住む魔族の夫婦が忽然と姿を消したのだ。夫婦は木こりをして生活していたため森で遭難したのでは? と思われたが辺境という事もあって気に留める人はほとんどいなかった。しかし、それがのちの大被害に繋がっていくことになった。
それより、森の周囲に住む人々が次々と消えていった。それは魔族に限らず家畜や奴隷も同様に姿を消していた為に奴隷の反乱とも考えられたが結局理由は分からなかった。そして、その日は訪れた。
最初の事件より凡そ一年後、大陸東部に位置する都市が蜂型の魔物に襲われたのである。一応、大陸には魔物と呼ばれる魔力を有した獣が存在したがその蜂は魔物とは一線を画す力を有していた。
まず、その体格である。一部を除き魔物は普通の獣と同じ大きさである。たまに長年生きてきた個体が巨大化する事はあってもそれは百年以上を生き抜いた強者のみなのだ。にも拘わらず、その蜂は人を軽く超える巨体を有していたのだ。
そして、蜂と同様に鋭い牙、毒針を有し、針の発射速度は目視では追えない程の速度であった。だが、それだけならまだ対応は可能だった。しかし、この蜂最大の特徴はその知能の高さにある。
蜂に見られるピラミッド型の指揮系統を有しているが軍隊のように小隊長がおり、小隊規模に襲撃を行ったのだ。更に時には囮を使い罠にはめたり、死んだと見せかけて奇襲をしたりなどまるで人種のように高い知能を有していたのだ。
その統率されつつも柔軟な動きが取れる蜂によって被害は大きく拡大した。大陸東部に住む人々は次々と襲われ、殺され、さらわれていく。数人だけ、攫われた者が逃げられたことがあったがその者が言うには素は蜂のようになりつつも蟻の巣の如く複雑化をしており、数も万近くに増えそうな勢いであったと。
この非常事態を受け、ついに魔王が動き出した。最初の事件より1年と半年の事であり、魔王は軍勢を率いて蜂の駆除を開始したのである。その総数は50万を超えており、誰が見てもこの駆除は成功すると考えていた。実際、他種族を一方的に叩き潰した魔族が誇る大軍勢なのだから。
しかし、この駆除は失敗で終わった。当初こそ圧倒的な数の差で優位に進んでいたが途中より上空からのゲリラ作戦を開始し、軍勢を翻弄したのである。更には逃げた者より聞いた巣の入り口ではそれなりの数が入ったところで崩落させ生き埋めにし、混乱した所を奇襲するなど蜂とは思えない動きを見せたのだ。
極めつけは魔王本陣への女王蜂の奇襲である。女王蜂は精鋭と思われる個体千と共に襲撃をかけ、世界最強と言われていた魔王を噛み殺したのである。魔王を殺し、本陣を壊滅させると女王蜂は姿を消したがこれによって軍勢は大混乱に陥り、失意の末に撤退を余儀なくされたのである。
魔王の死は魔族の時代に終止符を打ち、続けて現れた勇者によって魔族は壊滅。現在では大陸北西部に勢力圏を持つだけの存在へとなり下がっていた。奴隷から解放された他種族はそれを喜んだがそんな彼らの喜びを消し去るように蜂の被害は拡大していった。
他種族はこの蜂を新種の魔物として認定し、エンパイア・ワスプと命名した。まさに帝国と呼ぶにふさわしい強大さを持つ蜂である為に。そして、女王蜂は女帝蜂と呼ばれ、このエンパイア・ワスプ最大の脅威として人々の心に刻みこまれるようになった。
現在、セルニア大陸東部はこのエンパイア・ワスプの勢力圏となっており、他種族は下手に刺激しない為に大陸東部を分かつ巨大な壁を建設。対空兵器を多数配置してエンパイア・ワスプの侵入を防ぐ措置を取った。エンパイア・ワスプもその壁に近づくことはあれど侵入する事はなく、ここに蜂からの脅威はある程度は緩和される事となった。
とはいってもこれだけの脅威を完全に放置する事は出来ない上に大陸東部にしか存在しない希少な植物や鉱物が存在しており、それらを回収及び蜂の調査の為に冒険者と呼ばれる者達が何度も大陸東部に派遣されるようになった。彼らの生還率は奥に行けば行くほど下がっていき、この地で生き残っている者は英雄的な扱いをされていくことになった。
そんな彼らだが、たとえどれだけの英雄であってもエンパイア・ワスプと遭遇すれば全滅することだってある。とある日、英雄と呼ばれ、幾度となく大陸東部に足を踏み入れていた冒険者グループが死亡と判断された。それは養蜂家の男がこの世界に来てから凡そ半年後の事であった。