表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

もしも船から乗客を海に飛び込ませるとしたら

作者: 高見しず

「まずい、まずいぞ。誰がこんなに客を入れたんだ。」



困っているのは、ハイパー日本丸の船長、堂上だ。

ニューヨークからの航海を始めたばかりである。



「どうやら、日本でアニメの祭典があるようですな。コミケ、とか言いましたか。実はわたしも、上陸したら参加する予定で。ええ、コスプレの用意も……。」

と、答えるのは、アメリカ人の副船長、トーマスだ。



「そんなことはどうでもいい! 少なくとも500人はここで降ろさないと、船が持たん!!」

 がなり立てる船長。どうやら、日本の旅行会社が人数を水増しして、外国人観光客をかなり詰め込んだらしい。



「オマイガー! ここはもう、外海ですよ? どうやって500人も降ろすというんです?」

「救命ボートは出すとしても……。時間がないから、救命胴衣を着たらどんどん飛び込んでもらわなきゃあならん。」



トーマス副船長が慌てながら考える。今、海は凪いでいるとはいえ、そんな飛び込みをする客がいるだろうか――?




「これは……。日本丸時代から伝えられている、禁断の書を開けてみるしかあるまい。」

 カリカリ、カリ、ギリギリ。堂上船長が、ダイヤルを回して、船長室にある金庫室を開けた。



「君も、見るのは初めてだろう。」

 トーマスが覗き込む。

「おお……。」



そこには、「海の航海、困ったときの何でお助けガイド」と書かれた、一冊の本が入っていた。



「これが……、伝説の書なんですか。」

「そうだ。わたしも、今日初めて見た。」



伝説の書という割に、タイトルが何だか軽い。こちらは、心底困っているというのに! と堂上船長は軽い怒りを覚えた。




「さあ、これを読んでみよう。船から人を海に飛び込ませるには……。あった、これだ!」

「えっ? そんな項目、あるんですか?」



トーマス副船長も見る。そして言った。

「船長~。これ、ぼくも聞いたことありますけど、本当に役に立つんですかねえ?」

「今となっては、これに頼るしかないのだ。やってみよう。」




甲板から大広間から、そこら中が人であふれている。そのお客たちを、なだめすかして、なんとか国ごとの集団に分けた。



「OH! これはどういうことだい? ドイツ人のマイハニーと離ればなれだなんて、1分でも耐えられないよ。」

とアメリカ人が言えば、

「家族がなんてバラバラにされなきゃいけないんだ! 妻はロシア人、娘は去年結婚して中国人だが、何か問題でも?」

と、イギリス人が怒り出す。



トーマス副船長は、だんだん不安になってきた。こんなに多様化した今の世界の人々に、あのジョークをもとにした言葉が通用するのだろうか……。



堂上船長は、まずアメリカ人の集団のところに行った。



「こうでああで、そういうわけでありまして、ここから飛び込み、救命ボートに乗っていただける方を募集しております。このあとから、スーパーハイパー日本丸が、皆さんをピックアップして、おもてなしをさせていただく予定です。ここから飛び込んで、しばらく海で待機してくださる方はいらっしゃらないでしょうか?」



ざわざわするアメリカ人集団。



「家族と別々は嫌だね。」

「彼女も一緒だったらいいけど。」

といろんな声が聞こえる。そこで、トーマス隊長の出番だ。



一人旅らしいアメリカ人男性を見つけては、

「ここで飛び込んだら、ヒーローになれますよ。」

と、ささやく。



すると、何人かのアメリカ人が、

「Yes,I can!」

と言って、飛び込み始めた。




すると、ヒーロー好きなアメリカ人たちだ。



「キャー!」

「オマイガー!」

「USA!USA!」



と大騒ぎになった。まるで、トランプ大統領の演説会だ。

十数人飛び込んだところで、「USA!USA!」の大合唱とともに、このヒーローショーは幕を閉じた。




堂上船長は、顔を真っ赤にして怒っている。

「なんだ! たったの十数人とは!これじゃあ全然足りない。他の国民たちに、大々的に飛び込んでもらわなくては!」



その後、イタリア人には、

「飛び込んだら、女性にモテますよ。」


イギリス人には、

「紳士はなら、こういうときは飛び込むものです。」


フランス人には、

「絶対に飛び込まないでください!」


などと言って回ったが、やはり、十数人が飛び込んだだけだった。




「これはもう、古いジョークなんじゃないんですかねえ。」

と、トーマス副船長も言いだす始末だ。



「そのまんま言うからいけないのかもしれませんよ。もっと今風にアレンジしてみましょうよ。」

というトーマス副船長の意見を採用して、全面的に任せてみることにした。



中国人の集団の前に来た。



「海のダイヤ、マグロが今、海にいっぱい泳いでいますよ。儲かりますよ。おいしいですよ。」

 とトーマス副船長が言ったかと思うと、救命胴衣をひったくり、あっという間に100人ほどの中国人が海に飛び込んだ。



「ほら、こうですよ、こう。えへん。」

と、鼻を高くする、トーマス副船長。



堂上船長は、この調子で100人単位で飛び込んでくれるなら、まあいいかという気分になっていた。




そして、日本人の集団がいる場所に来た。



「皆さん、もう飛び込んでいますよ。」

セオリー通りのセリフで、

「ああ、そういうことなら。」

と、80代の老人までもが、つぎつぎに海に飛び込んでいった。


トーマス副船長は、驚愕しながら日本人たちの行動を見ている。

飛び込んだ総勢、200人強。しかし、あと200人足りない。



堂上船長は、

「同国人をだますのは大変申し訳ないのだが。」

と思いつつ、さらに付け加えた。




「スーパーハイパー日本丸は3割引きで超お得ですよ。ポイントも10倍もらえます。先着、あと100名様ですよ。」




すると、日本人たちの目の色が変わった。子どもを背負い、荷物を抱え、老人を引きずりながら、ものすごい勢いで飛び降り始めた。



気づくと、すでに日本人は400人以上、飛び込んでいる。



「お客様、無理に飛び込まなくても、大丈夫ですから。」

ノルマの500人をクリアしたのに、レミングスのように飛び込む日本人たちを見て、堂上船長は申し訳なさそうに声をかけた。



 しかし、

「何よあんた! そういってあんたが飛び込んで、得しようと思ってるんじゃないでしょうね!」

みな、口々にそう言いながら、争うように飛び込んでいった。



「ああ……。スーパーハイパー日本丸が来るなんて、ウソなのに……。」

堂上船長は、つぶやく。



甲板や室内からは、多くの外国人が驚きの顔で眺めている。


「That's crazy!」

「OH! It's like a kamikaze attack!」


そんな声が漏れ聞こえてくる。

また、多くの人が、スマホで映像を撮っているようだ。



結局、日本人は乗船していた750人、全員が飛び込んだ。

「ほかの人がやっているなら、自分もやらないと。」

という、日本人の同町圧力が、悪い方に働いてしまった。


いや、自分だけは得をしたいという本音が、日本人を動かしたのかもしれない。




おかげで、他の国の人たちに声をかけずに済んだともいえる。



海上を見ると、ギャーギャー言いながら、救命ボートの取り合いが始まっていた。すでに乗っている人を引きずり下ろし、そうはさせまいと殴り合い――。30分もすれば、すべての救命ボートが転覆し、飛び込んだ人々は海の藻屑となって消えるだろう。




「醜い――。日本の戦後教育は間違っていたのか……。」

苦悩の顔をしてうめく、堂上船長。




すると、トーマス副船長が言った。

「何言ってんですか! 船長は。船を守るものとして、必要な任務を無事遂行しただけですよ。それより、楽しいことを考えましょうよ! あーコミケ、楽しみだなあ!」



すると、堂上船長の顔がぱあーっと明るくなった。

「そうだな。我々は頼んだだけであって、彼らは自主的に飛び込んだわけだしな!」



堂上船長の顔から、ようやく笑顔が見られた。

そして、もじもじしながら、こんなことを言いだした。




「実はわたしも、コミケに参加するのだよ。NARUTOのコスプレは。もう、古いと言われないかのう。」

「まだまだ、いけますって!船長!」




 そしてふたりは、コミケ談義をしながら、操舵室のほうへと向かって行ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ