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HANDle my love  作者: 宍井智晶
33/36

33.甘い毒虫の正体

 フック船長の誕生日は、今日だった。


 料理長がすたすたと船のタラップを降りていく。

 太陽に照らされて、甲板に落ちた涙がジュン、と蒸発した。


 それを見て、フック船長はまた悲しくなる。

 だから、最後の呪文をとなえた。


 ”俺は、誰にも生きろって命令されてないし、

 たとえ命令されても他人のいうことを守る気はない”


 すると、少しだけ気力がわいてきて、

 フック船長は、空が晴れ渡っていることに文句をいいながら、船長室に駆けこんだ。

 ドアを乱暴に閉め、暗い部屋でジャケットとシャツと靴下を脱ぎ、ベッドに倒れこみ、枕に顔をうずめる。



 一年でもっとも極悪な昼と夕が眠りの間に過ぎていき、

 優しい夜がきて、やっと外へ出てみようという気持ちになった。



 ガウンを着て、おなかをすかせて、甲板にでたら、風が強く吹いていた。

 話す人がそばにいないと、あんまり長くいないと、体が宙に浮くような気がしてくるものだ。

 鎖で縛って、碇で繋いでほしい、安全な現実の岸に、とフック船長は願う。

 その岸が遠いのか、近いのかわからないけど。

 



 びちゃん。

 

 そのとき、左の頬に、何か冷たいものがくっついた。


 びちゃん。

 

 驚いて、払おうとしたら今度は、びちゃん、触ろうとした手に、くっついた。


 

 白くて、ふわふわした塊が、夜空から降ってくる。

 大量の白い塊が、風に乗り、空気中に舞っていた。

 一斉に羽化した毒虫みたいに。


 立っているだけで、フックの髪に、首筋に、白く積もり始める。

 右手の甲の白いものをなめてみたら、甘かった。


 甘い毒虫の正体を知りたくて、風上に向かってガウンの胸元を押さえながら歩いていく。

 小さな生き物の足跡みたいに、ぽとぽとと白い塊が並んでいた。

 それらをたどり、奥にいくと、甲板は、雪が積もったように白くなっていた。


 「まさか」

 眼の中に入る白いふわふわ。 

 ぶあつい夜の霧の、その向こうに、

 ついに現れたのは巨大な、闇に浮かぶパステル色のケーキだった。


 頂上に突き立てられた蝋燭が、倒れていた。

 ガウンがはためく。

 分厚く塗りたくられたクリームが、風に飛ばされてはげていく。

 フック船長は口元についた白いものを舐めて言った。


 「なんで知ってるんだろう。」


 ケーキの頂上には、大きなチョコの看板がかかっていた。

 そこには、”ハッピーバースデイ”と書かれてある。

 これは、バースデイケーキらしい。

 5段重ねのウエディングケーキのような大きさの。

 

 一体、あいつらは、いつどこで俺の誕生日を知ったんだろう。

 新月の木曜日に生まれた、俺の誕生日を。

 この世界は、まだ現実の岸に繋がれているだろうか?


 「なに考えてるんだろう。」


 “ハッピーバスデイ”には続きがあった。


 “私を食べて。ピーターと仲間たちより”


 ケーキを食べたら何かが起こる、ということか?

 とフック船長は不思議の国のアリスのストーリーを思い出して考える。

 

 それにしても、俺が寝ている間に、ピーターたちはどうやって、こんな大きなケーキを運んだのだろう。

 すごく、大変なことだったろう。

 怪しすぎるケーキだが、せっかくの贈り物を無視することはできない、とフック船長は思った。


 フック船長は、ケーキの中に拳をいれて、手を開いてみる。

 すると、生き物が指と指の間をすり抜けていくような、生暖かい感触がした。

 つかみきれない、クリームや果物を、ずるっと引き出す。

 フック船長は、躊躇なくカプッと食べ、


 「うぅ」

 と呻いて倒れた。

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