32.さいあくな日
フック船長たちが、人魚のラグーンに到着した時、そこにはもう人影がなかった。
代わりに、崩れた黒い岩の上に、大きな文字が残されていた。
「フック船長さいあく!」
独りになってしまいそうだ。
船の上なのに。
船の上で孤独を感じるのは初めてだった。
ほおづえをついて舳先に立ち、誰かを待つフック船長は、考え続けていた。
あの誤爆撃の夜以来、
インディアンの酋長の娘は怒り狂い、森は沈黙、火山は船を冷たく見下ろしている。
人魚の女の子たちはどうしているのだろう。みんな死んでしまったのだろうか。
今、写真のポジとネガみたいに、世界の色が反転している。
島の人たちがくれた歓声は今、敵意の逆風になって吹き荒れていた。
海賊たちは、一人残らず、船をおりて、今ここにはいない。
あんなに五月蝿く目と鼻の先をうろついていたピーターが、姿をみせなくなったからだ。
海賊たちは、海賊なのに、森の中に入って日夜ピーターを捜索し続けている。
しかし、見つからず時間だけが過ぎていた。
ピーターの代わりに酋長の娘タイガーリリーにひきいられたインディアン達と遭遇し、囲まれて頭をボカンと殴られ、帰ってこない者も多数いる。ネバーランドを統治する一族の長であるタイガーリリーは、島を破壊した海賊を憎み切っているのだ。
だが、ここでタイガーリリーにまで戦いを挑んだら、完全にフック船長たちは悪者になってしまうだろう。
フック船長は頭を抱えた。
船の外ばかりではない、内側にも問題はあった。
「船長は船にいてください。俺たちは海賊なんだから。」
と仲間が言った。
だから、船長である自分は船に残って、今こうして、みんなの帰りを待っている。
だが、これでいいのだろうか。
なぜ自分は先頭に立って森に入らないんだろう。言葉に甘えていないだろうか。
確かに、子どもたちを救うという信念はまだフック船長たちの間に生きていた。
だが、世界が反転した今でも、この信念だけが変わらないのは不自然じゃないか?
そろそろ、船長だけが船に残っていることを疑問に感じ始める仲間が出てくる頃だろう。
いや、もう出てきているかもしれない。
フック船長は、もう一度、両腕で頭を抱えた。
罪悪感があるから、悪い予感が現実に、現実が悪い予感に変わっていくんだ。
強くならなくては!
そのとき、
「じゃあ船長、俺も行ってきます。」
料理長が、白い袋を肩にかけて、ブーツを鳴らした。
「お前もいくの?」
舳先で海を見つめるフック船長は、驚いて振り向く。
「陸にあがってるやつらの、さし入れに行くんです。」
「ああ、そうだった。でも今日だった?」
料理長が笑いながら言う。
「船長、そんな顔しなくても。明日の朝には帰ってきますから。船をよろしくお願いしますよ。」
フック船長はうなずく。
「わかった。」
といって、海のほうを向いて、うつむいたら、いきなり涙がこぼれた。
フック船長の誕生日は、今日だった。
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