31.ケーキ入刀のセレモニー
次の日から、海賊たちとピーターの戦いが始まった。
満月の夜、船は、大地を割るように、ゆっくりと島に進入する。ケーキ入刀のセレモニーみたいに。
優雅で新奇な海賊船に、人魚やインディアンたちは夢中になった。
永い間、この島にふさわしい仲間が外界からやって来たことはなかった。だから彼らは、遠くから、船に喝采を浴びせるのだった。
誰よりも早く海賊船に飛んできたのは、やはりピーター・パンだ。
人魚のラグーンのパステル色の泡にまみれているピーター。
ピーターは、河を上ってくる海賊船を見つけると、瞳を輝かせ、遊んでいた人魚たちの指を放して、一直線に舳先へとりついたのだ。
海賊船は怪獣みたいに吼えた。
ぴゅんぴゅん飛んでは、舳先にとまろうとする、とんぼみたいな虫を追い払おうとして。とんぼの方は、怪獣が怒るほど、嬉しそうに迫っていった。輝きをましながら。
どがぁん、という咆哮は、島中央にそびえる火山よりも激しく深く大地を揺さぶった。巨大な弾丸がはじけ、散る火花は、ネバーランドに生きるすべての者の瞳に映った。ピーター・パンの歓声が甲高く響く。
大輪の火花が咲き、空をおおう。キラキラの粉がふりかかる七日目の夜。
青い砲弾は、何度も、世界の果ての、壁をぶち破るために飛んでいく。
その先にあるはずの正義をこの世界に流し込もうとして。
けれど、ピーター・パンは、砲弾の青い軌道ともつれあって笑っていた。
「うて!」
「うて!」
フック船長が、声をはりあげる。魚みたいに自由にピーターは宙を跳ねまわった。それを見て、人魚たちが「きれい!」と叫んで拍手をする。
「ってぇ!」
いくらフック船長が身をのりだして叫んでも、ピーターから返って来るのは、悲鳴ではなく、ウィンクばかりだ。
「船長、ピーターが口パクで“ウレシタノシダイスキ”と言っています。」
海賊たちが情けない声でいう。
フックの、一点を見つめすぎて二倍に広がった眼球。
これをバチンと閉じて、フックは考えた。
冷めたコーヒー色の煙と潮風が、胸になだれこんでくる。
どうしたらいい?
歓声と火花の中にいると、終わりたいのか終わりたくないのかさえわからなくなってくる。
このままずっと、こうして遊んでいてもいいのかもしれない。
けれども満月には、黒い染みが、ピーター・パンの影がある。
やはり、逃げてはだめだ。
あいつを捕らえて、もう一度戻る。
手を失ってから、ずれはじめた立ち位置を、そっと横にスライドさせて、誰にも気づかれないうちに収まるんだ。
フック船長の指先が、月をとらえた。
「全弾、月に向かってうて!」
弾丸は予想以上に大きく弧を描いた。
そのいずれもが外れて、ピーターの脇や股の下をすりぬけた。
ピーターは、両腕を振って、敬礼した。フックは、月の下で狼みたいに吠える。
「これで最後だ。」
最後の一弾が、虹の弧をたどって、虹の根もとへ落ちてゆく。
響き渡る遠吠えがかすれるのと同時に、着弾。
われに返ったフック船長が振り向いたとき、フック船長の目には、人魚のラグーンが壊れ、裂け目から真っ赤な水がどくどくと噴き出ているのが見えた。
ピーターは、弾丸の行方に気づくと、真っ逆さまに落ちて、人魚たちのもとへ向かった。