30.誰も俺たちに命令することはできない
その晩、海賊船の夕食は静かにはじまった。
円卓にあつまった海賊たちは、みなどこかしらに包帯や湿布をつけている。子どもたちを追いかけてドンガラ鬼につきあった結果が、この情けない姿だ。
料理長がみんなを見渡して言う。
「爆撃されたのか?」
そして料理長は、片腕でも食べやすい食べ物、おにぎりを配りはじめた。みんな、うつむいてもぐもぐとおにぎりを食べる。
フック船長は、一人、自分の前に置かれた子牛の赤ワイン煮こみを食べるが、フォークがたてる音が響くたび、気まずかった。
仲間が子ども達を追いかける間、フック船長は船で待っていた。先頭に立ちたかったが、ドンガラ鬼の舞台である崖の上を走れるとは思えなかったからだ。
鰐が、大きな口をあけて、その下の海で待っている。そう思ったら足が震えた。
でも、そのことはても仲間にはいえない。フック船長もうつむいてひたすらもぐもぐと食べた。
みんながうつむく中で、レオが一人、つぶやくように言う。
「俺には、ピーター・パンが子ども達の保護者として適役とは思えません。」
フック船長はうなずきながら言った。
「おまえたちの姿をみればわかるよ。」
海賊たちは、ドンガラ鬼で死にかけて、子ども達に笑われながら、彼らの家に招待され、ゴハンを食べて帰ってきた。船長の言葉をきかっけに、その時の報告が、海賊たちの口からせきを切ったように始まった。
海賊たちの報告によれば、この島-ネバーランド-の子どもの数は、総勢で数十人におよぶ。
子ども達のめんどうは、ウエンディというロンドン出身の年上の少女がたった一人でみているが、彼女自身子どもであるため、子ども達に十分なケアができているとはいえない。
招かれた家は、洞窟みたいな薄暗いところだった。ウエンディが出した食事は、煮込みすぎて味と形がないしろもので、親元を離れたのが早すぎて料理を習う暇もなかったのだと思われた。
料理長が言う。
「お前ら、俺の料理で舌が肥えてるからなあ。ウエンディに教えてやりたいなあ。」
風呂はなく、体を洗うのは海で遊んでいるときだけ。衣服も十分にはなく、汚れている。もちろん、学校などなく勉強はしていない。
子ども達は、ピーター・パンを異様にしたっていて、彼がいる限り、この島に住み続けるだろうと思われた。
洞窟の中には、何枚もピーターの写真がはってあり、セピア色をした数十年前の写真もある。その中にはウエンディの母親が、子どもの頃にネバーランドに来たときの写真もあった。
海賊たちはその写真をみて驚いた。ウエンディの母の隣に写っているピーターは、今と同じ姿をしていたからだ。
ピーターは、成長しない病の、永遠の少年だった。
つまり、このままでは子ども達は、永遠にピーターのとりこなのだ。
何より、海賊たちにとって許しがたく思えたのは、ピーターは木の上に一人で住み、気ままに暮らしていて、人魚やインディアンや妖精の女の子と遊びまくっているということだった。ピーター自身は、子どもたちの世話をする気などさらさらない。これが、子どもたちにとって好ましい環境といえるだろうか?
そこまで聞いて、フック船長が口を開いた。
「島にいるほかの住人は?」
海賊たちが答える。
「インディアン一族と人魚がいます。」
「島の形状は?」
「島の北半分が火山とジャングル、南半分には人魚のラグーンがあります。」
「それから、島を横たわる大きな河があります。」
フック船長がいった。
「船で島に侵入できるんだな。」
海賊たちは声をそろえていった。
「はい、河を使えば。」
海賊たちの熱い視線にこたえて、フック船長は言った。
「これから、子ども達を救出する作戦を開始する。なんか、こういうのって初めてだけどお前ら覚悟していけよ!」
海賊たちの大歓声が響き、食堂の丸窓が震えた。
そのとき、黒い影がふわりとやってきて、船の食堂の丸窓の、外縁に、足をぶらぶらさせながら座った。その影は、つぶやく。
「勝手なこというなあ。そう思わないか?そこの鰐さん。」
そして、続ける。
「子どもには、自由がない。普通の子どもは、大人によってたかって“生きろ”って命令されて生きているんだぜ。へとへとになって。だけどネバーランドでは、誰も俺たちに命令することはできないし、させないから。生きるのも死ぬのも勝手に決めるさ。」
そして、ちょっと首をかしげ、不思議そうにいった。
「自分たちだって海賊なら、俺たちと同じだって、ちょっと考えればわかるはずなのに。」
ワニコは賛成するように大きく尻尾をふった。話しかけられてうれしかったから。
「それからいっとくけど、俺は病気じゃない。成長しないんじゃなくて、やめたの“成長”を。」
そういうと窓辺の黒い影は、空へ飛びたち、
「まあいいや、また遊ぼうね!鰐さん!」といって去っていった。
次の日から、海賊たちとピーターの戦いが始まった。