27.「ネバーランドにかえして。」
「船長、はやく!」
レオが、海賊船から叫ぶ。
「ワ・・・」
船長は、船と地面の間を見つめながら、つぶやいた。
「ワ?船長、ワってなんですか」
レオが叫んでいる。
フック船長は思う。
ワニがいる気がする。この暗い亀裂のあの隅に。
「船長、いったい、どうしたんですか!」
フックは、両腕を広げ手のひらを天に向け、
「ワ・・・わーお。」
と言った。
「は?!ふざけてる場合とちがいますよ」
その時、世界を揺さぶる衝撃があり、フック船長は頭蓋をこん棒で撲られた。頭をおさえて屈むと、血がべっとりと手についた。
海賊たちの悲鳴があがる。
「フック船長!」
船から飛び降りて迎えにきたレオが、フックを抱えて飛んだ。
フックの血も、弧をえがいて宙を舞う。
その背後で、敵船は大渦に飲みこまれていった。
「安静に!」
料理長から言い渡され、寝室に閉じ込められたフック船長は落ちこんでいた(医食同源ゆえ、この船では料理長が医者も兼ねる)。
結局、仲間の往復運動に助けられたのか。
船長なのに、人の足を引っ張ったなんて。
だが、おちこんでもいられない。
部屋を一歩出ると、海賊船は子どもの公園と化していた(船長は、医者のいうことはあまり聞かないタイプ)。
フックは子どもたちにすぐさま発見され、取り囲まれる。
子どもは、こちらの都合などおかまいなく騒ぎ立てるいきもの。
赤いベルベットのジャケットを引っ張られた。
「船長、その服貸して」
「なんで」
「船長、遊ぼう」
「やだ」
「船長、どこいくの?」
「トイレ」
子どもたち爆笑。
トイレだってートイレだってート・イ・レ♪トーイーレッ♪
何がおかしいというんだ。
歌うな。
俺だってトイレくらい行く。いかせろ。
もううんざり。
そうこうしている間に、子どもたちの勢いに押されて、身動きできないまま、いっきに船のへりまで追い詰められるフック船長。
気づけば背後は、何も無い。海だけ。
「全員、白線の内側を歩け!」
フック船長が怒ると、子ども達は蜘蛛の子をまき散らすように逃げていった。
あとには、肩で息をする船長だけが残される。
臓器密輸船で助けた子どもたちのほとんどは、「お母さんに会いたい」と、国に帰っていった。
だが、一部の子どもだけは、泣きながらそれを拒否して、船に残っている。
彼らは、綺麗な英国語で、海賊たちに訴えた。
「ネバーランドにかえして。」
どこだ、それは。
フックの聞いたことのない地名だった。子どもたちは言った。
「ピーター・パンのいるところだよ。」
「ピーター・パン?」
子どもたちは堰を切ったように口々に言い出した。
ピーター・パンは魔法の粉で、空を飛ぶんだ。
僕らはロンドン塔まで一緒に飛んだ。高く高く。
ピーター・パンは人魚と仲良し。
インディアンとも遊ぶ。
妖精と暮らしている。
帰るところなんてないことはわかっている、
大人の足かせのように扱われるのはもう、いやなんだ、
さびしかった僕らを迎えに来てくれた、ピーター・パンがいれば大丈夫なんだ。
「だからネバーランドにかえして。」
フックは思う。どんなスーパー保父さんだ?ピーター・パンってやつは。
魔法の粉じゃなくて、怪しい粉なんじゃないか。
でも、目の前の子どもたちは健康そのものだし、頭も悪くない。
海を知り尽くしているはずの、自分の知らない島で
子どもたちの心をとらえて話さないやつが、いるらしい。
しばらく考えたあと、子どもの言うことに懐疑的な海賊たちに向かって、フックは言った。
「ネバーランドへ とり舵いっぱい」
海賊達は驚愕して言う。
「本気ですか」
「会ってみたくなった、ピーター・パンってやつに。」
子どもたちは飛び跳ね、歓声をあげ、フック船長に抱きついた。
フック船長は、さっと会って、さっと帰ってくるつもりだったのだ。
このときは。
ネバーランドにいくぜー!(やっと!)
ひゃっほう。
長いのに、ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ほんとうに感謝感謝です。