24 だがそんな秘密でつながったとしてなんになる?
ワニコは喚起口の窓から部屋を眺めた。
フック船長は眠っている。ブーツをはいたまベッドに横たわっていた。疲れきっている、とワニコは思った。
ちょうど、世界中の海賊達にフック船長が手を失くしたことが知れ渡った頃だった。
そして、「フックの時代は終わりだ」と言われ始めていた。
いっぽうで船の仲間たちは、船長の手が消えた理由を知らされていなかったから、なんとかして船長から聞き出そうとしていた。
そのたび船長は仲間たちの期待にこたえなかった。そのせいで、船の上には不穏な空気が流れ始めている。
それもこれも、ワニコがフックの手を喰ったことが発端だった。
どう謝ったらいい?
と、天井からフック船長を眺めながら、ワニコはずっと考えていた。
フック船長が鰐革好きな男だったらよかった。
ジャケットとか、パンツとかにしてもらって構わないのに。
でもフック船長にとって、それは必要ないものだということが、目の前の景色を見ればわかる。にあわなそう。
フック船長の、硬直し、つかえている、何処にもいけない魂。
袋小路に入り込んだ憤りが伝わってくる光景。
ワニコは思う。
…だけど天井から見おろしても、波の上から見あげても、こちらの気持ちが届かないのは変わらない。
そう思いながら、換気口の中のワニコは、一晩中、フック船長を眺め続けた。
何度目かの寝返りの時、フック船長は枕元に、ぽん、と左腕を置く。
その先に現れた、金色の鈎針。
ギランと光るそれを見たとき、ワニコの心臓に槍が刺さった。と同時に理解する。
ワニコが船長の手を食いちぎった瞬間―二人の眼光が交差したとき―、フック船長はワニコの正体がわかっていたのだ。
密輸船を襲った満月の夜の、檻の中の鰐を、その鰐の口に刺さっていた金色の鈎針を、思い出し、
そして、あの鰐を―ワニコを―徹底的に忌避すると決めた。
鈎針は、魔(鰐)よけの意味だ。
どの鰐でもない、ワニコを怖れ、憎み、避けるための。
なぜ左手を喪失したのか、そして時代遅れ&不格好な鉤針をつけるのか、フック船長はその理由を海賊たちに話していない。
「フック(鈎針)船長が名実ともにフックになった」
と言って一人で壊れたようにゲラゲラ笑っている。
海賊達は心配して泣きながらフック船長を羽交い絞めにしたけども、結局フック船長は何も言わずに今に至る。
だから、あの左手に起こった真実は、ワニコとフック船長しか知らない。
「だが、そんな秘密で繋がったとして何になる?何もないよりましだとしても。」
「じゃあワニコの好きな人って、フック船長なの。」
僕はきく。ワニコは何も言わずにうなずいた。
「じゃ、どうして?どうして、食べちゃったのさ。」
僕は、ワニコがわからなすぎて叫んだ。
「俺は、今度こそ、換気口から降りていって船長に謝りたい。」
そして、モネと一緒ならできる気がする、とワニコはいった。
僕はわからない。
フック船長がワニコや野生動物たちを助けた話、イジメられていたレオを助けた話、かっこいいじゃん、と思っていた。それなのに、ワニコはどうしてフック船長の手を食べてしまったんだ。
そのせいでせっかくの良い話はみんな悪夢の前兆だったことになる。それでいいの?この話??
欲しいもの、無理矢理でも全力をだせば手に入れられそうなもの、後先考えずにその瞬間のためだけに手を伸ばすこと。悪いことじゃない。でもそれが相手にとって暴力になるなら、感情を操縦しないと…ワニコみたいになる。
ワニコは謝りたいといっている。でも、それだってかなうわけがない。次にフック船長に会う時は、フック船長に殺されてもおかしくない。
ワニコはフック船長のことが好きなのに、どうしてそんなことになっちゃうの?
愛情は、時に大変なところに人を導く。
僕も、リボンを助けるために故郷の海からこんな遠くまできたけど。
リボンが僕をまってくれているのか、おぼえているのか、生きているのか、それすら不安だけど。
でも、ワニコみたいにリボンの愛情を手に入れようとか確かめようとか、思えない。想像できない。
僕は、いくら好きだからといって恋人の手を食べるだろうか・・・ヒレにぱくつくだろうか・・・カクレトモグイクマノミになったらどうしよう。すごくイヤだ!ていうか、ならないから!
何で僕、この話、聞いちゃったんだろう?
でも、こんな話を僕なんかにしちゃうワニコを嫌いにはなれない…やっかいだけど、でも。
ワニコはいう。
「俺の口の中に入る?」
話をきく前にワニコに言われたように、船の中に捕らわれているリボンを助けに行くには、僕は鰐の口に入って移動するしかない…
「うーん・・・」
悩む。
「よし!きまりだな!」
「えー!わー!ちょ、ま!」
ワニコは僕を吸い込んだ。