23 騒音でいっぱいの天国
「そういうわけなんだ」
と、ワニコは話を打ち切った。
え、あ、うん。と僕は言ったが、まだ悪夢の中にいるような気分だった。理解できる範囲はとっくに超えている。僕は、現実の感触を確かめたくて言った。
「で、ワニコの好きな男の人はいつ出てくるの。」
「もうでたけど・・・。」
「えっ、いつ。もしかしてフック船長なの。」
「・・・・・・」
ワニコは下を向いている。
んなわけあるか、とあきれてため息をついているのだろうか、恥ずかしがって赤くなっているのだろうか。本当にわかりにくいワニ、それがワニコ。
ワニコはぽつりぽつりと後日談を話し始めた。
ワニコが、初めて船の推進力であるプロペラに突っ込んでいった時のことだ。
それがいつだったとか、どんなだったかとか、よく覚えていない、とワニコは言う。
その頃、船長の手を食べてしまった後悔の気持ちが大きすぎて、時間の感覚がとけてゆがみ、自分が生きているのか死んでいるのかすら曖昧だったからだそうだ。
催眠術にかけられたみたいに、ワニコは回り続ける四枚の羽根に吸い込まれた。死にたかったのかもしれない、とワニコは言う。
ところが、ワニコは鰐ミンチにはならなかった。
ちょうど羽の回転が止まり(船のメンテナンスの時間だったために)、おかげで、ワニの巨体は、船のエンジン部に侵入を果たすことができてしまったのだった。
そこは明るくて、熱くて、乾燥していて、騒音でいっぱいの天国だった。
複雑に配管されている金属管を震わして、どこかから人の声が伝わって聞こえてくる。フック船長の声も混じっている。ワニコは、声に導かれるように、船の動力部を通り過ぎ、下水を渡り、やがて、フック船長の寝室の天井換気口にたどり着く。
ワニコは喚起口の窓からフック船長の部屋を眺めた。