16 明け方の大運動会
食事の席で、フック船長は異変に気付いていた。
なぜならレオだけ、何も食べていなかったらだ。たまに、食べているな、よしよし、とほほえましく思って見ると、唐辛子粉が山盛りの皿だったりするのだ(船長から報告をうけた料理長は、それ以降、調味料の戸棚に鍵をかけるようになった)。
フック船長は、どきどきしながら、廊下の隅でレオになにげなく声をかけてみた。たまたま一緒になったトイレでも声をかけてみた。数日間ストークしてみた。でも、どこで会ってもレオは笑っているだけだった。そして、「心配かけてすみません」といった。たぶん、フック船長のことを好きだったからだろう。
そして、フックもその言葉を信じた。
この船は、フックが創った世界そのものである。だから、イジメもまた、フックの世界の一部であって、フックを模倣して起きているか、あるいは反発して起きているかのどちらかで、どうころんだって、フック船長が原因なのだ。そんなことを考え続けるのは、楽しいことではない。
だから、フックは、レオの言葉を信じた。そうしたかったから。これは、フック船長にとっても試練の時だった。
ある朝、船の上の少年は、船を燃やして死のうと決めた。たぶん、レオは、自分のプライドと現実があまりにも隔たってしまったのだろう。それに、彼の全世界はこの船だったのだから。
雷鳴のように鐘が響き、
明け方の大運動会が開始された。
電気系統とホースが八つ裂きにされていることが発覚したところからのスタートだった。
海の水が何万回も汲みあげられ、船の上にまかれた。大量の水が蒸発すると、船中がべたべたと塩まみれになった。汗なのか塩なのかみんなの口の中がしょっぱい。塩の結晶と灰の粉が飛び散る中で、むせながら、海賊たちはバケツを運んだ。いちばん酷く焼けていたのは船室への扉だった。誰も何も言わなかったが、誰が犯人か、みんなわかった。
レオは、つかまったとき、へらへら笑っていたらしい。扉の奥の、階段へ続く踊り場に座って。みんな気味悪がった。ますます、レオのことを嫌いになった。レオはもう誰に嫌われようがどうでもよかった。死ねなかったことだけが辛かった。
太陽が真上に昇り、疲労も頂点に達するころ。船の消火は終わった。
影は短く濃く、強い光の中で原色だけが生き残っていた。眩暈がする白さ。
レオは両脇を抱えられながら、みんなの前にひきずりだされた。それを見て、ショックを受けたのは、フック船長だった。船長は、誰がみてもわかるくらいに青い顔をしていた。部下が耳元で事情を説明するのを、棒立ちになって聞いていた。