14 子ども達が大人に秘密ではしゃぐのとか、星を撃とうとするのとか
事件が起きたのは、ワニコがちょうど、フック船長の顔を思い出せなくなっていることに気づいた夜のことだった。もう二度と明けないのでは、と思えるほどの黒さに、これでもかと塗りこめられた夜だった。
船の上で火の手が上がった。勢いよく天に伸びた火は、鮮やかに闇を切り裂いた。
そしてワニコはこの事件によって、初めてフック船長の「手」を見ることになったのだ。
たぶん、船の上のみんな気付いていた。船の下のワニコでさえ、誰のしわざかわかったほどだったという。これは、事故ではなく放火で、犯人は、船員の少年A。
フック船長だけが、彼のしたことだと気付いていなかった。
その少年を仮にレオ君としておこう。彼はイギリスのイートン校出身の学生のようにいつもゆきとどいた格好をして、美しい姿勢をしていた。金髪が靡いたときには、ライオンみたいに誇り高く見えた。そして、彼はよく、船の舳先に一人で立っていた。
深夜になると船尾から、にぎやかな声が降ってくる。
ワニコは、ちょっと騒ぎ過ぎじゃないかと思ったが、これがそんなに酷いことだとは思わなかった。真夜中、子ども達が大人に秘密ではしゃぐのとか、星を撃とうとするのとか、順番にワニコのいる海の上で船のヘリを歩かされるのとか。こういうのは、ありあまる若いエネルギーを出し切るための儀式とかお祭りみたいなものだと思っていた。楽しそうだと。ワニコもわざわざ姿を誇示するみたいに泳いで参加していた。
そんなある日、船の上から、衣服が落ちてきた。それから誰かのうめき声も。
それで後から気づいた。本当は、誰かが、何かの役に選ばれていたということ。
いつものように一人の少年の裸を射的にして盛り上がって、真夜中の遊びは終わった。
船尾から、船室に戻る少年たち。先頭の少年が、みんなを引き連れていく。その中に一人だけ、突き放され、距離の開いている少年がいた。少年たちはつぎつぎと船の中に収まっていく。だが、遅れてきた少年の目の前で、船室への扉は音をたてて閉まった。まるで、閻魔大王が木槌を打ちつけ、「判決!」と叫ぶように。
一人にされた少年は、扉を叩き、蹴って、指でひっかいて叫んだが、再び扉が開くことはなかった。そのまま時間がたった。しばらくして、すすり泣く声が聴こえてきた。
・・・・・・でも彼がそう取り乱したのは、最初の一回目だけだった。その後、彼は、毎回船尾に連れ出されて、置いていかれたが、無反応を通した。ただ、扉の前に座って震えて眠っていた。たまに、ふらっと立ち上がって、舳先に立って夜明けを待った。血に母のミルクを流し込んだような、ピンク色の優しい空がやってくるのを。