13 5年間
夕暮れ時。
港で林檎売りの少年が帰る頃。
フックとワニコの別れの時が近づいていた。
動物たちは、港で待っていた別の船に乗り込むことになっていた。箱舟ノア号というりっぱな船。これに乗ると、“どうぶつえん”という、この世の天国にいけると説明された。
太陽が沈みかけ、動物たちの背中がいちように赤黒く染まっていた。みんなわくわくして列に並んでいるのに、ワニコの心は浮かない。ずるずると追い抜かれ、最後尾を歩いた。前のナマケモノとの間がどんどんあいてしまった。
ついに周りの人に指差され、怖がられ、何で俺はこんなところにいるんだろう、と思うに至ったとき、ワニコはくるりと後ろを向いて走り出した。だっだだー。
鰐の全速力は人の足をなぎはらうくらい速かったという。
ちょうど、水平線の上に太陽にかわって満月が顔を出し始めていた。
ワニコは月に向かって港を駆け抜けた。
こうしてワニコは、ノアの箱舟に乗るのをやめて、アフリカに帰るのをやめて、フック船長の海賊船を追いかけはじめた。
その頃ワニコは、船の中に入る術があるなど思いつきもしなかったので、船の周りをうろうろ泳ぎ、夜にはヤモリみたいに船の腹にはりついた。フック船長の姿はちらりとも見えなかった。
そんな調子で5年間が過ぎた。5年間。この間、世界中の国を海賊船と共に巡ったけれど、ワニコの記憶は曖昧だという。
何か思い出そうとすると、いつも、あのフックと最初に出会った満月の夜に引き戻された。顎にくいこんだ金の鈎針と、鎖を断ち切る、斧の音。それらは、閃光とともにワニコの頭の中に像を結び、すぐに闇に吸い込まれて消えた。
事件が起きたのは、ワニコがちょうど、フック船長の顔を思い出せなくなっていることに気づいた夜のことだった。