11 赤道を越えたのは10年前のことだった
ワニコが赤道を越えたのは10年前のことだったという。
乾いた豊かな土の匂い。
大地の太鼓の音色。
駆けめぐる動物たちの足音。
ワニコは、船の甲板に置かれた牢屋で、懐かしいアフリカが遠ざかっていくのを感じていた。
顎にぶちこまれた鈎針が肉にくいこむ。
巨大な金色アクセサリーは、顎を貫通した先、地にとぐろ巻く鎖と繋っている。
閉じようとすると痛む口腔、柔らかい舌の下から血が滲んだ。金属と肉の摩擦熱が体を冷やし、動くのがダルかった。
密輸船に乗っていたのは、見るからにくだらない連中だった、とワニコは吐き捨てるように言った。顔を黒く塗り、現地人をまねたらしい化粧をし、アフリカの船と見せかけていたのだという。
にせ者の醜さに呆れ、ワニコは、何もかもバカにした。討ちとられて、この船に乗っている自分自身のことも。
新月の夜。
暗闇にじょうじて何かが起こるのではないかと期待した。何も変わらなかった。
満月の夜。
遥かな海と空を、柔和な光が溶かしてまぜる、こんな夜には何も起こらないと思っていた。綺麗すぎる、明るすぎる。だが、事は起こったのだ。
まどろんでいた目をうすく開けると、見えないはずのものが見えた。この密漁船にぴったりと寄り添って、もういっそうの船が伴走している。
この船よりも一回り大きいその船は、同じ波にのって、輪唱するみたいに揺れている。鏡にうつる像みたいに音なく、気象現象のように自然に、隣に現れた。
察した誰かが、ぱぱぱんと乾いた攻撃をするが、銃はきかなかった。相手の船は、しばらく悠然と伴走を続ける。
そして、衝撃。
船の左側面が砕かれる音とともに、船が横付けされ、黒い影たちが乗り込んできた。大きな満月を背景に、フック船長が先頭にたっている。
乗り込んできた一団は、サバンナのライオンみたいに堂々と、静かに確信に満ちて動いたという。それぞれにやるべきことをわかっていて、誰の指示も受けずにすばやく持ち場についた。
言葉がなくても動ける原理、ライオンと同じように彼らもまた信頼関係を持っている、とワニコは思った。
フック船長が、ときの声をあげる。
両手で剣を持ち、密漁船のボスをおびき寄せる。二人は真っ直ぐに鰐の檻の上に駆け上がった。
鰐の檻の上で、船長同士の決闘が始まった。
ワニコは、頭上で起こっていることに、みとれた。顎を上げると、があらがあらと鎖が音を立て、地鳴りとなった。月光が眩しくて眼に染みる。
密漁船の船長が言葉を投げつける。
「何者だあんた」
フックが応えて言う。
「満月の夜に気をつけろって先輩から言われなかったかい。」
「・・・狼男?」
「俺がそんなブサイクに見えるか!!俺はフック船長だ!」
剣を抜いた二人は、互いにじりじりにじり寄る。フックの一声。
「つーきにかわって、おしおきだああ!」
相手がひるんだ。そのせつな、フックの体が―上半身だけが折れ、スッと懐へ入り込み、突き上げるように相手の顎の下へ一太刀を浴びせた。しなやかだった。いぼイノシシを狙った豹みたいに。
そして、よろめく相手の胸をもう片方の手で、とん、と叩き、下へ―鰐の檻の中へ突き落とした。