10 不吉な四枚の羽
不吉な四枚の羽が、くるくると回転するのを僕は見ている。
神秘的な速度と大きさで僕の目を回す、海賊船のスクリュー。離れたところにいても、その威力で吹き飛ばされそうだ。
ワニコの白い腹の下に隠れると、おだやかに水が流れていて、ほっとした。
ワニコはいう。
夜になったら、整備のためにスクリューが止まる一瞬がある。だから、その時を狙って、プロペラの間から船の中に侵入する。
僕は驚いて、そんなこと本当にできるのか、と聞いた。すると、
「できる。俺はしょっちゅうやってる。」
とワニコは言った。
僕はその答えにも驚いた。ワニコは船の中にしょっちゅう出入りしているというのだ。いったいなんのために?
僕は、ワニコって、沈鬱な表情でいるかと思うと怒り出したり、行動力を爆発させたりして、予測のができないワニだなあと思う。怖いというより人騒がせというか。
船のエンジン音がドクドクドクドク響いた。僕の心臓の音と共鳴しはじめる。
「僕にもできるかな。」
と僕は不安に思っていることを聞いてみた。
ワニコは言った。
「俺の口の中に入って移動するしかないな。」
今日、三度目の驚き。体中に電気が走ってビリビリした。
僕が、あなたの一部になるの?
そんなに僕達、親しかった?
いや、もしかして親しかったのかも。わかんない。ビリビリ。
こんなスゴイこと言われて、今さら、距離なんて測れない。怖いのか、武者震いなのか、吐き気なのか、なにがなんだかさっぱりわからなくなってワニコを見た。・・・本当に?
そんな僕を見返して、ワニコは言った。
「お前は俺にかけろ。俺もお前にかけるから。」
何をいきなり、と思っている僕をみて、ワニコは言う。
「俺が、なんでこんな危ないことをしてきたかわかるか。」
僕はぶんぶん頭を振る。わからない。ワニコは言った。
「好きな男が船の中にいるからだ。」
僕は、へー、ヘー、と言った。
ワニオさんだろうか。フック船長がハクをつけるために、ワニとかアロワナとかを飼うのはありえそうな光景だと思った。
そのとき、ワニコの口から例の恥ずかしい言葉が。
「クマノミは恋のお守り。魚言葉はハッピーエンドはゆずらない。」
僕はもう、ビリビリしすぎて電気うなぎになった気がした。それは、人間が勝手に決めた、乙女ちっくな伝説で…大体そんな設定をワニコまで信じてるのか、と僕が嘆くと、ワニコは言った。
「お前の、モネの、恋人のために一人で赤道を越えてくる蛮勇と、無防備にウロウロして鰐にぶつかるボケぶりを見て、俺は信じた。あんたは、間違いなく強運だ。」
「鰐にほめられたの初めてだ」
僕に構わずワニコは言った。
「モネみたいな、くまのみにあったのも縁だと思って俺の秘密を話す。
俺はもう、10年以上一人で生きてきて、この思いが重くて、誰かに話したいんだ。お前を選ぶから聞いてくれ。そして俺を信用するかどうか、決めろ。
プロペラから船の中に入るなら、お前は俺の口の中に入らないといかん。船の中には水がないからな。おまえの恋人を助けるにはこの方法しかない。」
ワニコの思い詰めた言い方を聞いていたら、不吉な予感でいっぱいになったけれど、僕はいいよ、と言った。
リボンの顔が浮かんだから・・・ではなくて、単純に興味の方が勝ったからだ。ごめん、リボン。でも、こういう僕だからこそ、今ここにいるのだからしかたがないよ。
ワニコは告白を始めた。