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変身少女戦士メタモルフューザー

変身少女戦士メタモルフューザー・特別編 ~イタズラな流れ星とカボチャの奇跡~

作者: 黒田皐月

「う~~~ん……」

 愛が眉と口をひん曲げてうなっている時は、だいたいロクなことを考えていない。

 望のここ半年の経験がそう教えてくれる。

 今年は異様にしつこかった暑さと湿気がやっと退散してくれた十月半ば、二人は商店街の端っことも真ん中とも言えない微妙なところに昔からある雑貨屋に来ている。

 この商店街で月末にやるハロウィンイベントでは、仮装して来た子供にお菓子がプレゼントされる。そのための準備だ。

 パレードに出たいというのなら別だけど、そうでもなければそんなにおめかししなくてもいいはず。愛がさっきからずっとにらめっこしている吸血鬼のマスクひとつで十分だ。

 それなのに、何を悩んでいるのか。

 いい加減待つのにも飽きてきた望が、声をかける。

「ねえ、さっきから何を真剣に悩んでるの?」

 一応愛のことを立てて、真剣ということにしておく。

「なんかこう…、ふたつの仮装ができないかなぁって思って。リバーシブルとか?」

「何のために?」

 途中で着替えるなんてアイドルのステージか、というツッコミは、望の胸の内だけで抑えておく。

「プレゼントのパンプキンパイとカボチャまんじゅう、どっちもほしいから」

 予想の斜め下を行かれて、望の目が点になった。

 そんな望に気づきもせずに、愛はちょっと横に移動してまたうなっている。

「ふたつ買うのはお小遣いキツイしなぁ……」

 パンプキンパイもカボチャまんじゅうも、どちらもこの商店街の洋菓子屋と和菓子屋の、この時期限定の売り物だ。プレゼントでしか食べられない限定ものではない。

「仮装をふたつ買うよりも、パイかおまんじゅうをどっちかもらって、もう片方を買って食べればいいんじゃないの?」

 愛が望に目を合わせたまま固まってしまう。

 それを見て望も、おかしなことを言っていないよね、と考えてしまう。値札を見てもやっぱりこっちの方が高い、はず。

「あー、ホントだ!」

 めっちゃ大きな声を上げただけじゃなくて、手までパンと叩く。周りの人がちょっとざわつきながらこっちを見てきて恥ずかしい。

「だったらこっちはもうちょっとカワイイのを選んでもいいよね」

 なのに愛はそれにも気づかずに、また仮装の物色を始めたのだった。


 二人でお揃いのものを買って、街外れの秘密の場所へ向かう。

 人気が少なくなってきたのを見計らって二人ともバッグの口を開けると、それぞれ中から小さい動物みたいなものがぴょこっと頭を出した。

「もういい?」

 子犬の方がくりくりした目で愛を見上げて声をかけてくる。子猫の方は思いっきり伸びをして、落っこちそうになったのを望に押さえられていた。

 半年前、愛が望と、望が愛と初めて出会ったきっかけとなったこの子たちは、ただの動物ではない。こんな見た目で、なんと宇宙人だというのだ。

「うん、いつもみたいにぬいぐるみのふりしててくれればね」

 だから他の人に見つかって騒がれたり、最悪取られたりしないように、普段はこうして隠れるかぬいぐるみのふりをしてもらっている。

 最初はペットみたいに一緒にいられればいいなと思ったが、まだ小さくて頭身が低いせいか動物というよりもぬいぐるみのおもちゃに見られてしまって騒ぎになりかけたことがあった。それからは、かわいそうだけどこうして動かないでもらっている。

「うん」

 引っ込み思案な子犬はそれでいいと思ってくれているらしくて、そういう扱いに文句ひとつ言ったことがない。むしろ一時でも愛と離れることを嫌がってそれを言いだしたのが、このリドだった。

「リドはおとなしくていい子だねー」

 愛が頭を撫でてやると、リドは気持ちよさそうに目を細めた。

「あたしはああはなれないわ……」

 それを見ながら呆れたように、望のバッグに戻ってくれた子猫のツァイがため息をついた。

「ごめんね」

 望は機嫌をとるようにツァイの喉を指でさすってやる。

「しょうがないよ。望が悪いんじゃないしね」

 嫌がりはするが、わかってくれないわけではない。ツァイも望と一緒がいいと伝えてくるかのように、自分から望の指に喉をすり寄せた。


 動物公園のある小さい山の隣の、このあたりで一番高い山。どっかの地主さんが頑固に手放さないからとかいう理由でそこだけ家が建たない山の、中腹の林の中。そこにはこの子たちが乗ってきた宇宙船が隠れている。

 近づいてみると不時着した跡で地面がえぐれているけど、迷彩映写とかいう謎の技術で周りと同じ林に見せかけているから、遠目にはわからない。でもそれは見せかけでしかないので、近くまで来てしまえば目の前に見えている木に触れられなかったりする。

 二人も何度か道に迷いかけたことがあったが、今はもう慣れた。慣れたけど、ちょっと遠いのには変わらない。

 林の中に入ったあたりで我慢できなくなったようにツァイが、それから周りをきょろきょろしてからリドが、バッグの中から飛び降りた。

 やっぱりずっとじっとしているのは辛いのだろう。好きなように駆け回らせて宇宙船に入る。来たのがリドやツァイたちだとわかるらしく、入口はいつも向こうから開く。

 中では今日も女の人が一人、よくわからない装置を使って宇宙船の修理らしいことをしていた。側でちょろちょろしている小さな兎は相変わらず、手伝っているのか遊んでいるだけなのかわからない。

「あら? 私、何か頼んでいましたでしょうか……?」

 作業の手を止めて、ドナが首を傾げた。時々修理に必要だとかで、愛や望にとってはガラクタとしか思えないようなものを持ってこさせられることがあるけど、今日のところは頼まれてはいない。

「違うよ。今日はハロウィンイベントのお誘い」

 言いながら愛は紙袋の中身をテーブルらしいものの上に広げた。テーブルと言ってもモニターのように表面には何かが映し出されていて、タッチパネルのように触るとそこが光ったりする。ちょっとくらい触っても何ともないとは言われているが、望は未だにためらってしまう。

 それはともかく、出したのは魔女の仮装用のとんがり帽子とマントのセットだった。ひとつがドナに着てもらう大人用、ふたつは愛と望が着る子供用、そしてリドたちにも小さい帽子だけのペット用のものがみっつある。

「これが、ハロウィンイベントですか?」

 ハロウィンを知らないドナがそう訊いてきて、愛がズッコケそうになる。

「違うよぉ。これを着て、ハロウィンイベントに行くの」

「では、それは場所のことなのですね?」

「えっと、イベントは商店街でやるんだけど……、そうじゃなくて、ハロウィンっていうお祭りがあってね……」

「お祭りは、少し前にも行きましたよね。でもあの時、お二人は浴衣というもっと違うものを着ていましたが」

「うん、ハロウィンはまた違うお祭りなの」

「どんなお祭りなのですか?」

「えっとね……カボチャとかお化けとかのお祭りで……、子供がお菓子をもらえる日? かな」

 ドナはわからないというように少し眉をひそめる。愛に任せるといつもこんな調子だ。

「うーん……後は、何だろ。望知ってる?」

 諦めた愛が、説明を望に投げた。こうなることはだいたいわかっていた望が、後を引き受ける。

「元々アイルランドにあった魔除け、悪いものが来なくなるようにするためのおまじないで、それがアメリカに渡って、ジャック・オー・ランタンっていうカボチャの灯りを飾ったりお化けとかの仮装をしたり、子供がお菓子をもらったりするお祭りになったみたい」

 知らない人にものごとを伝えるのはものすごく難しいということも、望がこの半年で学んだことのひとつだ。今だっていろんな固有名詞を使ってしまっているが、それはこの星のものごとであって、他の星から来たドナたちの知らないことばかりだ。

「少しは伝わった、かな……?」

 だからどれくらいわかってもらえるか、毎度ながらあまり自信がない。

「ええ、何となく。それでこれを着ていこうということなのですね?」

「そう」

 なのだが、いつもだいたいわかってもらえているようだ。それが嬉しくて、望は調べものがだんだん好きになってきた。

「さっすが望、頼りになるぅ」

 ついでに、愛が感心してくれるのも優越感をくすぐられてちょっと気持ちいい。

「という訳で、早速試しにこれ着てみて」

 包装を開けて、みんなに手渡していく。どのように着るのかわからないでいるドナに、愛が自分のを着て見せた。

「ラズリの分もあるからね」

 その間に望はリド、ツァイ、それに兎のラズリの三人に帽子をつけてやる。耳に当たらないような小さいものなので、帽子というよりもヘッドドレスのような感じだ。

 顎にゴムひもを回して留めるのだが、特にラズリがそれを嫌がった。

「なんかムズムズする」

「みんな首にバンドをつけてるから、そういうのはあんまり気にしないと思っちゃってたけど……ごめんね、嫌だった?」

「うーん……」

 やっぱり気に入らなさそうな様子で、ラズリは同じように帽子をつけた他の二人と顔を見合わせる。

「おお、みんな似合ってるじゃん。いつもと違う感じでカワイイよ」

 そんな三人を見た愛が、誰にともなくみんなに声をかけた。

 リドは足先だけ白くて体が薄茶色、ツァイは明るめの灰色にちょっと色の濃い縞、ラズリは混じりけなしの真っ白なので、みんな黒が映える。ちょっと見えるカボチャ色の裏地が、いいアクセントになっていると思う。

「そう?」

 褒められて気をよくしたのか、ラズリはもう嫌がる素振りを見せなかった。

「それでは行きましょうか。いつもの商店街に」

 黒いマントをカボチャ色のリボンで留めたドナが、全員が着終わったのを見て出発を促した。

「え? あ、今日じゃないから……」

 言われてみれば、愛も望もイベントが月末だということを一言も言っていなかった。

「そうですか。それならこれは脱ぎますね」

「あ、待って」

 言うなりリボンをほどこうとしたドナを、愛が呼び止めた。

「ドナさんって着ているのが地味だから、黒マントつけると本当に魔女っぽいかも」

「魔女、ですか?」

「試しにヒィーッヒッヒッヒッヒって笑ってみて」

 こんな感じでと、愛が自分の口の端を横に目いっぱい引っ張ってもう一度変な笑いを見せる。

 愛が男の子にモテない理由のかなりの部分がこういうことを平気でやるからだと常々望は思っているのだが、言っても全然気にしてくれないので、最近はもうツッコむのもやめてしまった。

「ひーっひっひっひっひっ?」

 ドナは真似をしてくれたが、真顔でそれをやられてもただ変なだけだった。


 当日夕方、いつもの秘密の場所に集まってそこから行こうとなったのだが、出発前にふたつほどちょっと驚かされたことがあった。

 ひとつは微笑ましいもので、ラズリが色紙を星の形に切って作った飾りを全員分用意していたことだった。帽子の適当なところにテープで貼ると、チープながらもちょっとしたアクセントになる。

 それはよかったのだがもうひとつがちょっと困りもので、ドナがこの間愛が見せた変な笑い方を練習して待っていたのだ。

「どうでしょうか?」

 がんばって口を目いっぱい横に広げてやってくれるのだが、おかしくもないのに笑って見せているのがはっきり出てしまっていて、目なんかいっこも笑っていない。ある意味不気味ではある。

「い、いいんじゃ…ないかな?」

 さすがの愛もタジタジだった。変な時にやって人を怖がらせないといいけどとは思うが、せっかく練習までしてくれたものをやめろとも言えない。とりあえず、何かあったらこれを教えた愛のせいにしておこう。

 みんなで宇宙船を出て、林を抜ける。いつもならばこの辺りからツァイたちにはバッグの中に隠れてもらうのだが、今日はバッグから顔を出したままだ。せっかく仮装までつき合ってもらっているし、一緒に楽しみたい。

 遠いので早めに出てきたつもりだったが、空はもう地面に近いところを残して藍色に覆われてきている。この間までは涼しいと思っていたこの時間帯の風ももう寒いくらいで、思わずマントをすぼめてしまう。

「あっ!」

 うつむき加減になっていた望の隣で、急に愛が大きな声を上げた。

「カッコいいカレシができますようにカッコいいカレシができますようにカッコいいっ、ああぁ……」

 急に早口でもごもご言い出したので何かと思ったが、どうも流れ星を見つけたらしい。思い当たって望が空を見上げた時にはもう遅くて、光るものは何も見当たらなかった。

「どうしたのですか?」

 がっくりと肩を落とした愛に、不思議そうにドナが声をかけた。

「流れ星。願い事、間に合わなかった……」

 流れ星と願い事がどうつながるのかわからずに首を傾げたドナに、流れ星が見えている間に願い事を三回言うとそれが叶うというおまじないのことを愛が説明する。それもハロウィンなのかと問われて違うと答えたところで、ドナがまた首を傾げた。

「私は最後に消える直前しか見ていなかったのですが、あれは…本当に流れ星だったのでしょうか……」

「どういうこと?」

「燃え尽きて消えるのではなくて、パッと消えてしまったように私には見えました。スイッチを切ったみたい、と言えばいいでしょうか」

 消える瞬間さえも見れていない望は、なかなか話に入りづらい。二人してうなってしまったところに何も言えずにいたのだが、久しぶりのお出かけをいちばん楽しみにしていたっぽいラズリが待ちきれずに行こうと言い出して、流れ星の話はそれきりになった。


 それ以外の服を持っていないらしいドナに合わせて、愛も望も今日はワンピースを着てきている。合わせたとは言っても、ドナのそれは本当にただ着るだけのものというような飾りも何もないモノトーンなのに対して、二人の方はいかにもよそ行きの可愛らしいもので、安物のマントが逆に悪目立ちしている。

「大丈夫だよ。暗くなればそこまでわからないって」

 とは愛の言い分だったが、実際に行ってみるとそこかしこのカボチャのランタンのせいで、昼間とは色合いこそ違うが眩しいくらいに明るい。そしてその中でいちばん雰囲気に溶けこんで見えるのが、ドナだった。通りすがりにこっちを二度見する人がちらほらいるくらいだ。

 そういう視線を見てから望も改めてドナのことを見てみると、確かに納得だ。スタイルがいいからなのか、シンプルイズベストなのか、ぱっと見では何でもないがよく見るとちょっと目を引くものがある。

 見とれているとドナの方も望の視線に気づいて、わざわざ向きなおった。

「ひーっひっひっひっひっ」

 そして例の笑いをやってくれて、望は大きく脱力したのだった。

「行こ。パレード始まる前に、お菓子もらっておこうよ」

 心配そうに見下ろしてくるドナに、望はごまかすようにそれだけ言って、返事を待たずに歩きだした。

 どっちをもらおうかなどと愛は悩んでいたようだったが、お菓子をもらえる受付は二か所あって、山に近い方、カボチャの山車が待機している方ではカボチャまんじゅうが配られていた。

 満面の笑みで係の人にお礼を言っていた愛だったが、受付を出てもいつもの買い食いみたいにさっさとパクつく様子を見せずに早足でどこかに向かっていく。包みを開ける間もなくて仕方なく望もそれについていくと、愛が入ったのはカボチャまんじゅうを作っている和菓子屋だった。

 同じまんじゅうをひとつ買って、ちょっと申し訳なさそうな顔をしながらそれをドナに差し出した。

「ちょっとお小遣い足りないから、みんな半分こずつでお願い」

 そう言って自分の分を半分に割って、バッグから顔を出しているリドに渡す。それを見習うように望も、そしてドナも、半分をツァイとラズリに渡した。

 そんな愛に望が感心するのは、もう何度めかわからない。いつだってたいして何も考えていなさそうなのにみんなに気を遣うことは絶対に忘れないし、そうしていることに気づかせない時だってある。

 それはきっと、愛にとっては考えるまでもないことだから。そう思うと望は、自分と愛との差に、置いていかれたような気分になってしまう。時には嫉妬さえしてしまう。

 でもそういう望の暗い気持ちに、愛は気づきもしない。今だってカボチャあんが甘すぎるとか言って顔をしかめているリドを相手に屈託なく笑っている。

 甘すぎるというのはツァイもラズリもまったくの同意見で、結局まんじゅうのほとんどは望たち三人の口に入ったのだった。

 どこでパレードを見物しようかと適当に歩いているところに、道の反対側の方から小さい女の子の泣き声が聞こえてきた。

「迷子?」

 商店街の通りは、今日は車は通行止めなので車道にも人がたくさん歩いている。そのせいですぐに見つけられなかったが、人の流れの向こうにそれらしい子が見えた。

「行ってみよう」

 人波をよけながら女の子の方へと向かったのだが、それよりも早くカボチャ頭の人が女の子に声をかけていた。白いポンチョにイベント実行委員のワッペンが留められている。

 よく見てみるとそのカボチャ頭も周りの大人たちより頭一つ低くて、むしろ愛や望と同じ年頃っぽい。聞こえてくる声も、まだ声変わりしてない男の子のものだ。ポンチョの中からロリポップを取り出して、女の子に渡している。

 何を話しているのかはここまでは聞こえてこないが、女の子は泣き止んでくれて、一緒に近くのテントの裏へと歩いていった。

「子供がスタッフやってるなんて、ボランティアとかかな?」

「何だか小さい子に慣れてるって感じ……」

 愛と望が互いに顔を見合わせて感心している横で、ドナとラズリはまだ女の子が行った方を見ていた。

「多分放送でお父さんかお母さんを呼んでくれるから、もう大丈夫だよ」

 愛がそう言っても、二人ともまだそっちをずっと見つめていた。

 何がそんなに気になるのだろうか。そう思った時、思い出したことがあった。

 愛と望が初めてリドやツァイと、そしてドナと出会った時、そこにラズリはいなかった。何日かしてドナに見つけてもらうまで、一人だけはぐれてしまっていたのだという。

 二人はその時の心細さを思って、あの女の子のことを心配しているのだろうか。

 放送で迷子の子が本部のテントにいることが流されると、すぐにお母さんらしい女の人が飛んできた。お母さんに手を引かれて出てきた女の子はまた泣き出していたが、それはもう怖がっているような大泣きではなくて、安心して涙がこぼれてきているような、そんなぐずったような泣き方だった。

「よかったね」

「はい」

 あれだけ気にしているようだったのに、ドナの返事には何の感情もなかった。変だなと思ったが、パレードが始まるとの放送が耳に飛びこんできたので、慌てて会話を切り上げて歩道へと避けた。


 パレードは、古い夏祭り用の山車を改造してカボチャのオブジェを乗せたものを真ん中に、仮装を披露したい人たちが前後に加わって練り歩く。事前の登録なんかはなくて、好きに加わればいいというかなりアバウトなものだ。

 ただ一人だけ、カボチャの山車に乗るお姫様だけは事前に審査で決められている。これに愛も応募したのだが、衣装まで自前というハードルは高く、あえなく落選してしまったのだった。

「あれって、やっぱりシンデレラだよね」

 ちなみに山車を引く人はみんな馬の着ぐるみ姿である。どう見てもシンデレラのカボチャの馬車だ。

「さすが、シンデレラガールは格が違うね」

 やっぱり誰が見てもこれはシンデレラだろう。

「私も今年になってやっと気づいたんだけど、シンデレラってハロウィンとは関係ないよね?」

「そうなの?」

 愛の目が点になる。

「だって、悪いものを近づけないように怖いものの仮装をするのがハロウィンだから」

「あれ? じゃあ可愛く飾ったりしたらダメだった?」

 ずっと静かだったラズリが、望の説明を聞いて話に加わってきた。ラズリだけがさっきからあまりあれこれ眺めたりしていなくて、楽しめていないのかと気になっていたので、反応してくれたことにちょっと安心する。

「それくらいはいいんじゃないかな。だってその方が楽しいじゃん」

「そう?」

「うん」

 愛の返事は望の説明を半分くらい聞いていないようなものだったが、その自信満々な笑顔につられるようにラズリの声も明るさを取り戻した。

 そうだよね。せっかくラズリががんばってくれたんだから、いいって言ってあげた方がいいよね。多分愛はそんなこと考えて言った訳じゃないけど。

 パレードへの参加は本当に自由で、途中で出たり入ったりしてもいい。明るいところでパレードに加わっている写真だけ撮って出ていくなんて子たちもいたりする。

 そこに、狼男らしい人影が正面からふらふらと入ってきた。らしいとは言ったけど仮装が変だとかいうことではなくて、むしろそのままホラー映画に出てもよさそうなくらいの質感があって、それが妙に暗ぼったくて何の生き物かわからない何かにしか見えない。

 パレードの参加者はみんなぎょっとして道を空けて、狼男はそのままふらふらと山車に近寄っていった。危ない…!

「危ないぞ、こっち来るな!」

 着ぐるみの中からなので声がくぐもってしまっているが、馬の誰かがここまで聞こえるくらいの声で叫んだ。それでもまるで聞こえていないかのように、狼男の歩調は変わらない。

 かなり大きくて重い山車は、ゆっくりとしか動いていなくても急に止めることはできない。ぶつかる!?

 望がぎゅっと目をつぶってしまった隣で、愛が驚きにひっくり返ったような声を上げた。怖々とそっと目を開けると、いきなり隣から肩を揺さぶられた。

「消えちゃったよ!? アレ。どうなってるの!?」

 山車は何ともなっていなくて、真っ先にぶつかったはずの引き手の馬の人たちもみんな何事もなく立っている。山車に乗っているお姫様も無事で、あの狼男だけが、足元に倒れているとか山車に乗っかっているとかもなく、どこにもいない。愛の言うとおり、どうなっているのだろうか。

 何が起こったのか誰にもわからなくて、パレードは何となく止まってしまっている。みんな見たものが信じられなくて、それぞれ近くの人とひそひそ話なんかをしていて、全体的にざわざわし始めた。

 ギィ……

 そこに、木がきしむ音が聞こえた。それは山車から発せられたかなり大きな、耳障りで嫌な音だった。

 みんなの注目が山車に集まった次の瞬間、今度は激しい音を立てて山車がひとりでに跳ね上がり、乗っていたお姫様が振り落とされた。それだけではない。同時に引き手の人も何人か、跳ねた山車に打ちつけられたらしい。振り落とされたお姫様が上げた悲鳴で、周囲が一気に騒然となった。

「もしかしてあれも、悪いフューザー?」

「そうみたい」

 こんな喧騒の中でも互いの声がはっきり聞こえるのは、ツァイたちフューザーの意識をつなぐ能力のおかげだ。この能力を悪用してつないだ相手を乗っ取ると、あんな怪物になってしまうのだそうだ。そういう悪いフューザーがこの星にもいて、それを追って今ツァイたちはここで戦っている。

「でもあんなの見たことないわよ」

 半年前、そんな怪物騒ぎの中で出会い、そして一緒に戦うことになった望たちも、そのフューザーを目にしたことが何度かある。しかしツァイの言うとおり、あんな狼男みたいなのは見たことがない。

「さっき愛が言っていた流れ星……」

 みんなああだこうだ言って混乱している中、ドナが何かに気づいたようにつぶやいた。

「あれが流れ星ではなくて宇宙船で、それに乗ってきたのがこれだとしたら……」

「新手のフューザーが来たってこと?」

 これまでずっと相手にしてきたフューザーでさえ、何かと暴れるのを撃退することしかできていない。そんなところにさらに別のが増えてしまっては、今まで以上に大変になってしまうのは間違いない。

 だが、弱気になっている暇はなかった。

 調子を確かめるようにその場をぐるぐる回っている山車とは別の方向から車の爆音が響いてきて、そちらからも追い立てられるように人が逃げてきた。さらにそれを踏みつけようとするかのようにバルーンドームが大きく跳ねている。あれも新手のフューザーなのか。

「一度に三人なんて……」

「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃない、行くよ!」

 望が思ったことと同じことをリドが口にしかけたが、愛の一喝で口をつぐみ、バッグから飛び出して愛の腕に乗っかった。リドが首につけているバンドを外して、愛が自分の左手首にかける。変身だ。

「でも、こんなに人が見てるところで……」

 それこそ大騒ぎになってしまうから、変身戦士・メタモルフューザーの正体は秘密ということにしている。パニック状態とは言え、こんなにたくさんの人が見ているところで変身すれば、後でどんなことになるかわかったものではない。

「でも!」

 愛の焦りもわかる。目の前でたくさんの人が逃げ惑っているのを見ているだけなのは、辛い。まして、自分たちにできることがあるのに。だけど……

「こっち!」

 にらみ合うようにしている二人の耳に、ドナの呼び声が刺さった。いつの間に二人から離れて、誰もいなくなった本部のテントのところにいた。

 この騒ぎの中でテントは車道側の足が外れて傾いてしまっている。それに隠れろということか。二人はうなづき合って、呼ばれた方へと走った。

 しかし傾いたテントは、車道側からは隠れることができるが、立ち並ぶ店の方からは丸見えだ。そして今は、どの店にもたくさんの人が逃げ込んでいる。来てはみたものの、これでは頭隠して尻隠さずだ。

「伏せて!」

 そのテントに二人を押し込んで、いきなりドナが残った足をたて続けに蹴り飛ばした。危うく落ちてきた屋根を頭で受けそうになってしまう。

「びっくりしたぁ。ドナさんって時々突拍子もないことをやらかすよね」

 同じように間一髪で足代わりにならずに済んだ愛がぼやく。

「でも、これでどこからも見えなくなったじゃん。これならここで変身してもいいんじゃない?」

 ただし、二人ともしゃがんだまま身動きが取れない。

「狭いけど、大丈夫かな……?」

「何とかなるって。やるしかないよ」

 返事の代わりに、望はツァイの首からバンドを取り外した。ぶるっと首を震わせたツァイが、そしてリドも、地面に降り立つ。小さい二人にとっては潰れたテントの中もそれほど狭くはなさそうだが、こっちとしては見上げてくる目がいつもよりも近い。

 やろう。愛とリド、望とツァイがお互い目を見てうなづき合う。

「レッツ!「メタモルヒューズ!」」

 リドとツァイが跳ねて、愛と望が左腕につけたバンドの宝石に触れた。

 二人が宝石に吸いこまれるのと入れ替わりに放たれた光が、愛と望を包みこむ。光が体にぴったり張りついて弾けると、着ていた服もマントもなくなってレオタード一枚になっていた。

 弾けた光がもう一度、頭、胸、腰、それから両手両足にまとわりついて、上から順にヘアバンド、ノースリーブのジャケット、ベルトとスカート、グローブとショートブーツを形作っていく。地の色とバンドの宝石だけが違っていて、愛がレモン色にペリドット、望はラベンダー色にキャッツアイなのだが、縁取りのラインなんかはお揃いのピンクだ。

「やればできるんだね……」

 腕のバンドの宝石から、自分のやったことに自分で感心したようなリドの声が聞こえてくる。変身した愛、メタモルペリドットは、それに答えずにいきなり片手だけでテントを後ろにひっくり返した。この程度は布切れをめくり上げるくらいのことでしかない、それがメタモルフューザーの力だ。

 暴れまわるカボチャの山車に飛びかかったペリドットに続いて、変身した望、メタモルキャッツアイも駆け出す。

「やっぱダメっ!」

 しかし殴り掛かったはずのペリドットが急にその手を止めて肩からぶつかってしまい、キャッツアイも弾かれたペリドットを受け止めるために急停止させられてしまった。

「どうしたの!?」

「だって、パレードの目玉を壊しちゃう」

 そのとおりだ。乗っ取ったフューザーを追い出すためには、乗っ取ったものごとダメージを与えなければならない。

 今までのフューザーはだいたい強そうで大きくて、そして愛や望には愛着がないようなものばかりを使ってきたので、遠慮なくやっつけてきた。そしてそれは当然のように乗っ取られたものを傷つけ、あるいは壊すことだった。

 しかし今度はパレードの山車だ。そしてその向こうにいる二体もクレープ屋さんのキッチンカーと小さい子に人気のバルーンドーム、壊してしまうのはためらわれる。

 こっちが躊躇している隙に、ペリドットの体当たりで横滑りした山車を回りこんできたキッチンカーが、側面のカウンターの奥から火を噴いてきた。メタモルフューザーになっても熱いものは熱い。慌てて二人は互いを押しあうようにして左右に跳んだ。

「火はやめて!」

 火事になったら大変だと焦ったキャッツアイが、渾身の力でキッチンカーを道路の真ん中の方へと押しやる。それで火を噴くのは止まったが、後ろに控えていたバルーンドームが柔らかく受け止めてしまい、すぐに体勢を立て直したキッチンカーがまたこっちに迫ってきた。

「どうしよう……」

「どうしようって言われても……」

 下手に攻撃できない二人は逃げ回るしかなかった。その大立ち回りが、かえって人目を集めてしまったらしい。

「何だ何だ? これもイベントなのか?」

「メタモルフューザーのコスプレ、すごい完成度高いじゃん」

 逃げ惑っていた人たちが足を止めてこっちを眺めている。

「ホントだ。写真写真」

 それどころか、注目が注目を呼んでどんどん人が集まってきてしまう。通りの店に隠れていた人たちも、つられるように表に出てきた。

 そんな近くに来られたら危ないっていうのに、全然危機感がない。巻きこまないように、狭い範囲で次々と繰り出される攻撃をギリギリ避けるしかなかった。

「これはイベントとかじゃありません! 危ないから離れてください! 離れて!!」

 それこそイベントのように変に盛り上がってきて、ガヤガヤがうるさいくらいになってきた時、ほとんど叫び声のような大声が上がった。

 巻きこまれて上げた叫び声かと思ってついそちらに目が行ってしまう。そこには、さっきのカボチャ頭の男の子が握りしめた両手を震わせながら立っていた。よかった、怪我をしたとかではなかった。

 しかしこっちがよくなかった。キャッツアイが不意を突かれて山車の突進をくらって吹っ飛んでしまう。

「大丈夫!?」

 慌ててペリドットが駆け寄って助け起こした。返事を返す余裕さえ与えず、山車とキッチンカーが並んで迫ってくる。二人はまた互いを押すようにして左右に跳んで避け、その間を二台がすっ飛んでいった。

「「ダメっ!!」」

 二人同時に叫んで、やり過ごした二台を追って跳ねた。突進の勢いそのまま、二台は見物人の人垣に突っ込んでいく。

 二人で左右から挟みこむように山車とキッチンカーを蹴りつけ、ぶつからせて勢いを止める。木材が砕け、鉄がひしゃげる激しい音がして、山車の台の一部が壊れ、キッチンカーのカウンターが潰れた。

 巻きこまれかけた見物人が悲鳴を上げ、とにかく逃げようと路地に駆けこむ人、路地は詰まると見たのか通りに沿って走る人、まだ見物しようとその場にがんばっている人なんかが入り乱れる。あちこちで押し合いになってしまい、みんながみんな、思うように動けないでいる。

「押さないで! 押さないで順番に前へ、遠くへ行って!」

 もみくちゃになってもうどこにいるかわからないカボチャ頭の子の声が、喧騒にかき消されそうになりながらも何度も届く。その必死の声がみんなを動かして、少しずつ人の流れができていった。

 みんながここから離れるまであと少し、こっちに引きつけておかなければ。

「ちょっと壊すのも派手に壊すのも、もう変わらないよね」

 開き直ったペリドットが、それでも山車の方は遠慮したのかキッチンカーの方に殴りかかる。それならと、キャッツアイはキッチンカーを盾にするようにして山車から逃げ回った。

 やっと人が少なくなって自由に動けるようになってきた。テントが転がっているあたりにあのカボチャ頭の子がいて、こっちを見ている。

「ありがとう。あなたも逃げて」

 キャッツアイと目が合った男の子が、うなづいて答えた。男の子が逃げるのを見届けるよりも早く、カボチャの山車が急旋回しながらぶつかってくる。それをギリギリのところでかわして、逆に押し出してやる。しかしそれは、跳ねてきたバルーンドームに受け止められてしまった。

 構えなおしたキャッツアイの隣に、ペリドットが飛び退ってきた。着地して、正面に集まった三体を見据える。

「ここからが本番、だね」

「そうね」

 二人とも、声は固かった。二対三。しかも向こうは、これまで一体ずつ相手してきたフューザーと比べても弱くはない。それでも、やるしかない。

「そうね。負けられないわ」

「うん」

 その心の声に、変身時は宝石に入っているツァイとリドが答える。

「相手が多くたって、今までどおり私たちが力を合わせれば……!」

 言うなり、ペリドットが正面切って飛び出した。そう、これまでずっと、補い合って、助け合って戦ってきた。今だって、できることはそれしかない。

 ペリドットがキッチンカーの車輪めがけて低い蹴りを繰り出したが、それは後ろに下がってかわされ、待ち構えていたバルーンドームに弾き返されて逆にペリドットが襲われる。

「はあっ!」

 キャッツアイはとっさに軽く横に跳んで、反動をつけて斜めから殴りかかる。しかし勢い負けしてキャッツアイの方が弾かれてしまう。そこに山車がスピンしながら突っ込んでくる。

「させないよ!」

 上に飛んで逃げていたペリドットが、落下の勢いを乗せてカボチャを踏みつける。これも互いに弾かれて、またしてもバルーンドームが山車を受け止めた。

 着地したペリドットがちょっとよろめいたところに、キッチンカーが火を噴きかけてくる。しかし潰れたカウンターからは思うように炎は伸びず、キャッツアイがペリドットを抱きかかえてかっさらう方が早かった。

「ありがと…後ろ!」

 抱えていたペリドットを下ろすために止まった一瞬の隙に、山車とキッチンカーがまたしても並んで突っ込んできた。避けられない。

 ガシッ、と一人一台ずつ、両手を前に伸ばして受け止めた。向こうの身動きは止まったが、こちらも踏ん張った足を一歩も動かすことができない。そうして二組が力比べをしているところに、ふと影が差した。

「嘘っ!」「わあぁっ!」

 何かと思った次の瞬間、二人とも落ちてきたバルーンドームの下敷きになっていた。バルーンドームは弾みでどこかへ飛んでいってしまったのでそのまま潰されることにはならなかったが、地面に叩きつけられた痛みがひどくてすぐには立ち上がれなかった。

 顔を伏せたままわずかに動かした腕が、温かいものに触れた。

「大丈夫だよ…私はまだ……」

「うん…私も……」

 二人で肩を寄せ合うようにして立ち上がって、足を踏ん張る。まだ、力は入る。

 目の前には二人を踏みつぶそうとする山車とキッチンカーが迫っていた。踏ん張ったその姿勢から、思い切り真上にジャンプする。二台は二人のはるか下をすっ飛んで、向こうにいたバルーンドームに激突した。

 はねられたバルーンドームが街路樹を大きくしならせて、反動でこっちに飛んでくる。

「「せいっ!」」

 落下に転じていた二人が、計ったように同時にかかと落としをくらわす。今度は下にいた二台が叩き落されたバルーンドームに激突された。しかし二台の方は何ともなくて、バルーンドームがまたどこかへ跳ね飛ばされただけだった。

 こちらもバルーンドームを蹴った勢いで大きく後ろに跳ねて、離れたところに着地した。着地の衝撃でちょっと足が痛いが、まだいける。

 山車とキッチンカーが、今度は二人を挟み撃ちするかのように左右に回りこんできた。

「甘いよ!」

 それを見越してペリドットが後ろに、キャッツアイが前にステップで避ける。横から押して、また互いにぶつけてやる。狙いをつけて、逆に挟み撃ちに殴りかかる。しかし、

「うわっぷ!?」

 すれ違いざまにキッチンカーの壊れたカウンターからものすごい量の粉が噴き出して、ペリドットを包んでしまった。辺りが白い粉に覆われてしまって、キャッツアイの方からは何が起こっているのかわからない。

 急に横から強い光が目を刺す。反転したキッチンカーが白い粉をライトで照らしていた。真っ白なところが次第に晴れてきて、粉を払いのけようとしてもがいている人影が浮かび上がってくる。

 そこに、反対側から山車が急旋回しながら突っ込んでくる。粉にまとわりつかれたペリドットには、それが見えていない!

「ダメっ!!」

 粉の中に飛びこんだキャッツアイが、山車をすれすれに見ながらわずかに早くペリドットを突き飛ばした。そして、自分がそのまま山車にはねられて大きく飛ぶ。

 道路に打ちつけられたキャッツアイから光が弾け、消えた時にはもう元の望の姿に戻ってしまっていた。だらりと垂れた腕の先に、ツァイが倒れている。

「望っ!!」

 すぐさま起き上がったペリドットが望の元へと駆け寄るが、それを遮るように今度はキッチンカーが横から突っ込んできた。だがペリドットが駆け抜ける方がわずかに早い。

「きゃあぁっ!」

 後ろを過ぎ去るはずのキッチンカーなどもう意識もしなかったペリドットだったが、通り過ぎざまに突然開いたドアが背中を強烈に打ちつけた。

「のぞ…み……」

 勢いのまま数歩歩いたところでペリドットからも光が弾けて、愛と、その腕から転げ落ちたリドまでもが、望たちの側に倒れこんでしまう。今度こそ、もう体が動かない。

 その向こうでそれぞれ逆方向に走り抜けていった山車とキッチンカーが大きく旋回して、バルーンドームのいるところに集まった。二人の様子を見るように、こっちを向いて停止する。

 愛も望も、身動きひとつできない。立ち向かうどころか、逃げることさえできない。

 絶体絶命。こんな時なのにそんなただの言葉でしかないものが望の頭の裏側くらいに浮かんだ、その時。

「やめろぉっ!!」

 絶叫と共に誰かが二人の前に駆けこんできて、両手を大きく広げた。

 誰、と思って首をひねって視線を上に向けると、白いポンチョの上に乗ったカボチャが見えた。みんなを逃がしてくれた、あの男の子だ。

 カボチャの被り物を乱暴に脱ぎ捨てて、横目で後ろを見た。

「ダメ…逃げて……」「危ないから……」

 二人の弱々しい声を無視して、男の子は足元の二人へではなく、その向こうへと鋭く叫んだ。

「ラズリ―――!!」

 知らない子の口からその名前が出たことに驚いたが、本当に驚いたのはその先だった。

「勇己――――――!!!」

 人波に飲まれていたのかテントからだいぶ離れたところから、こんなに足が速かったのかと驚くような猛スピードで、ラズリが駆け寄ってきた。そしてそのまま、男の子の腕に飛びつく。

 男の子はすぐさま、ラズリの首にかかっているバンドを自分の手首に付け替えた。まさか……!?

「レッツ!「メタモルヒューズ!」」

 ラズリがバンドの宝石に吸いこまれ、入れ替わりに飛び出した光が男の子を包む。身体に張りついたそれは、黒いレオタードになった。

 そこから両腕を振り上げてジャンプ。舞い降りてくるジャケットに下から袖を通して、慌てたように急発進したキッチンカーを落下の勢いで踏みつけた。追いかけるように走りだした山車が後ろからキッチンカーに追突して、伝わった衝撃であの子も弾かれる。

 そこに正面からベルトが巻きついて、その反動で勢いをつけて、二人のところに戻ってきた。飛ばされている間にピンクの縁取りのスカートがふわりと広がり、着地から少し遅れてスッと腰回りを覆った。

 それは間違いなく、黒いメタモルフューザーだ。

「動けるか?」

 今度は足元の二人に声をかけてきた。

「ちょい…キツイかも……」

 愛がしゃべることさえもキツそうに、そう答えた。望も同じで、だからそう言う代わりに何も口を出さなかった。

「ちょっと痛くするけど、我慢して」

 言うなり黒の子は愛と望を両脇に抱えた。抱え上げられそうになった二人は、慌てて手を伸ばしてリドとツァイを抱き寄せる。それだけでも全身に激痛が走ったが、それでも必死に抱えこんだ。

「飛ぶぞ!」

 望は息を詰め、目をつぶったが、そんなことをしても痛いものは痛かった。着地の衝撃が来て、それからうつ伏せに下ろされる。やっと痛みが和らいで目を開けると、そこはどこかの店の前だった。

 黒の子は体勢を立て直した三体に突っこんでいき、代わりにドナが駆け寄ってきて二人を抱え上げて壁にもたれさせた。

「誰なんですか? あの子」

 望に問いかけられたドナが答えようとした時、愛が向こうに顔を向けたまま、荒い息混じりに声をかけてきた。

「見て。あの子、ちゃんと戦えてる」

 黒の子は走ったりジャンプしたりしながら、どうにか三体に近づこうとしている。

 メタモルフューザーに変身すると、普通ではあり得ないほどの力が出せる。愛も望も初めての時はそれに戸惑ったものだったが、今あの子にはそんな戸惑いはまったく見られない。

「私はラズリが呼ばれるまで気がつきませんでしたが」

 望の隣に座って体を支えながら、ドナは問われたことを話しはじめた。

「お二人は、最初に私たちと会った時にラズリがいなかったことを、覚えていますか?」

「ええ。不時着した時にはぐれたって言ってましたよね」

「そのラズリを私のところに連れてきてくれたのが、あの子だったのです」

 でも、それだけでこんなことができるのか。望がドナに疑問の目を向けると、ドナはそれに答えるように続きを話してくれた。

「あの頃、私たちが関わっていない、フューザーと思われる事故らしいものがいくつかありました」

「そうなの?」

「はい。駅の向こうなのですけど、それがあの子がメタモルラピスラズリとして戦っていたものだとすれば、納得がいきます」

「ラピスラズリ……」

 ラズリの首のバンドには、濃い青の宝石があしらわれている。だから、メタモルラピスラズリだ。

 でも、と望がさらに思った時、一瞬早く愛が口を挟んだ。

「でも、あの子男の子じゃん。男の子でもメタモルフューザーになれるの?」

 確かに、それも疑問だ。

「メタモルフューザーは大人になる前の女の子が最も相性がいいのでそのように調整されていますが、女の子でなければできないわけではありません。フューザーとの強い信頼関係があれば、男の子でもメタモルフューザーになれます」

 それほどの信頼が、あの子とラズリの間にはあるのか。でもそれならば余計に、望が思った疑問は深まる。

「でも、ラズリはそんなこと今まで一言も言っていませんでしたよね……?」

 どうして今までずっと隠していたのか。

「はい。それがなぜなのかは、私にはわかりません……」

 愛と望が初めてラズリと会ってからおよそ半年。ラズリはずっとドナと一緒にいて、隠れて誰かに会っている様子もなかった。

「さっき、ドナさん迷子の子を気にしてたよね?」

 また愛が、唐突に話を変えた。

「はい、ラズリが気にしていたので。どうしてかと思っていましたが、ラズリは迷子の子ではなくて、一緒にいたあの子の方を気にしていたのでしょうね」

「ラズリがずっとパートナーを探すのを嫌がっていたのって、あの子がいたからなのかな。ずっと会ってないのに一目でわかるって、相当だよ?」

 ラズリが現れた時、これでメタモルフューザーの新しい仲間が増えると思ったが、そうはならなかった。使命の放棄だとまで言われてケンカになってしまった時でさえ、ラズリは頑として動こうとしなかった。

「言ってくれなかったのって、て言うかそもそも今の今まであの二人が離れ離れになってたのって、やっぱり相当の理由があるんだろうね…きっと」

 それが何なのかはまったく見当がつかない。わかることはひとつだけ、今目の前でラピスラズリが戦っていることだけだ。

 ペリドットとキャッツアイの二人がかりでもここまで追い込まれてしまったフューザー三体を相手に、一人で渡り合っている。考えてもわからない疑問をよそに、愛も望もラピスラズリの戦いに見とれていた。

「強い……」

 二人でも勝てなかった相手に一人で戦っている、そんな算数のような感覚で、望はただただ見惚れてしまっていた。

「違うよ望、見て」

 しかし愛の見方は違った。

「あっ!」

 愛の視線の先で、ラピスラズリが弾き飛ばされる。

「大丈夫。ああやって一度離れたんだよ」

 それが正解と言うように、ラピスラズリは姿勢を低くして着地した。

「でも、もう相当疲れてる」

 それも正解らしく、大きく肩で荒い呼吸を繰り返している。

「向こうの攻撃をかわすのがやっとみたい。このままじゃ……くぅっ!」

 手をついて立ち上がろうとした愛だったが、腕が体を支えきれずにお尻から落ちてしまう。

「私たちも、行かなきゃ……!」

 次は壁に背中を押しつけるようにして少しずつ体を起こしたが、今度はその壁にラピスラズリが叩きつけられて、その衝撃で滑り落ちてしまう。

「大丈夫!?」

「まだっ!」

 望が声をかけたのは愛にだったが、その声に答えたのはラピスラズリだった。声とともに勢いよく飛び出して、望たちから離れるように三体の間を縫うように走り抜けていく。

「ここでやらなきゃ……」

 うめきながら上半身を起こして、愛がつぶやく。そうだよね。このままでは、ここで私たちがやらなければ、みんなやられてしまう。

「私たち、カッコ悪いままだよ!」

 歯ぎしりの音が聞こえそうなくらいにきつく歯を食いしばって、愛が立ち上がった。そして望を見下ろして、手を差し伸べる。

 自分だけカッコつけて。望はその手を払いのけて、さっき愛がやったように壁にもたれかかりながら立ち上がった。ドナが肩を貸してくれたので愛と違って一人では立ち上がれなかったのだが、そんなことをカッコ悪いとか思っている場合ではない。

 手を差し伸べられたのが嫌だったわけじゃないという代わりに笑いかけて見せようとしたが、それだけでも痛みに顔が歪んでしまう。そんな望を笑おうとした愛も同じように変な顔しかできなくて、二人して本当におかしくなって笑ってしまい、今度はお腹にずきりと激痛が走って、揃って苦しげに顔をしかめた。

 それが少し和らいだところで、愛が足元にいる二人に声をかける。

「リド、ツァイ、行けるよね!」

「もちろん」

「やるしか、ないわよね」

 意気ごんではみたものの愛と望の腕に飛び乗ろうとして届かずに落ちてしまったリドとツァイを、ドナが拾い上げて渡してくれた。

 バンドを着けた左腕に乗っかったところで、四人で目を見合わせて同時にうなづく。

「レッツ、「メタモルヒューズ!」」

 腕の上のリドとツァイが、愛と望のバンドの宝石に腕を伸ばして触れた。

 二人が宝石に吸い込まれ、代わりに飛び出した光が体を包んでレオタードになる。

 舞い降りてくるジャケットに腕を伸ばして袖を通す。さっきまでほんの少し手を動かしただけでも全身が痛んでいたのが、今は何ともなく動かせる。

 正面からベルトが巻きついてそこからスカートが伸びて、変身完了だ。

 様子を見に来たのか、ラピスラズリが二人の間に飛び退ってきた。

「お前ら…大丈夫なのか?」

 顔は正面に向けたまま、目だけ左右に走らせて二人のことを見る。

「あなただけに戦わせるわけには、いかないから」

「あんただけにおいしいところ持ってかれるわけには、いかないからねっ」

 ラピスラズリを追ってこっちに向かってきた三体に向かって、それぞれ身構える。

「まとまってたらやられる。散ろう!」

 言うなりラピスラズリは真正面に突っこんでいった。

「ちょっと、勝手に仕切らないでよ!」

 その背中にペリドットが文句を言ったが、すっ飛んでいったラピスラズリにはもう届かない。意を決したキャッツアイが、一瞬遅れてペリドットも、足を踏ん張って左右に飛び出した。大丈夫、体は動く。

 目の前でラピスラズリに高くジャンプされ、目標を見失ってそれでもすぐには止まれない山車とキッチンカーに、ペリドットとキャッツアイが挟み撃ちにするようにタックルをかけた。互いにぶつかって動きが止まったキッチンカーの方に、ラピスラズリが上から飛び蹴りをくらわす。

 それを追って跳ねながら近づいてきたバルーンドームが、一瞬だけ誰を叩こうか迷う素振りを見せてから、キャッツアイめがけて飛びかかってきた。跳ねる分小刻みな動きができないバルーンドームを相手に、踊るようなステップで少しずつ後ろに逃げる。

 これならやれると思ったが、突然バルーンドームが大きく跳ねると目の前には山車が猛スピードで迫ってきていた。目隠しだったのかと気がついてももう遅い。逃げ切れるかどうか、ステップの勢いに任せて跳ぶしかなかった。

「たあっ!!」

 またジャンプしていたラピスラズリが上からカボチャのオブジェを踏みつけたおかげでわずかに勢いが削がれ、ギリギリ避けられたが、無理に跳んだために体勢を崩して前のめりに転がってしまう。そこを狙ってバルーンドームが落ちてきたのをそのまま転がってかわしてなんとか立ち上がり、また駆けだした。

 その向こうではペリドットとキッチンカーが正面からやり合っていた。さっきは不意打ちでぶつけてきたドアが、今度は突っこもうと加速を始めた瞬間に、ガタン、と壊れたような変な音を立てて左側だけ開いた。

 それをすれ違いざまに、ドアだけを狙って蹴り飛ばす。ペリドットも吹っ飛ばされて尻餅をついたが、キッチンカーのドアは狙い通りもげて、大きな音を響かせて落ちた。

 すかさず外れたドアに飛びついて、振り回すようにして投げつける。今度は狙い通りには飛んでくれずにバンパーに弾かれてしまったが、ひしゃげたバンパーに潰されてライトが割れた。これでもう目くらましはできない。

「それ使わせて!」

 歪んだドアを今度はキャッツアイが拾って、跳ねてくるバルーンドームに向かって横薙ぎに振り回した。破裂音がして、バルーンドームがあらぬ方へと吹っ飛んでいく。

 しかし割れたのは下の方の一部分だけだったようで、着地したバルーンドームはまたこっちに向かって跳ねてきた。ただうまく弾まないせいで思うように前に出てこられないらしく、スピードはだいぶ遅い。

「それなら!」

 まだ距離が離れているバルーンドームは無視して、ラピスラズリをはね飛ばそうとスピードを上げた山車に横から飛び蹴りをくらわせた。横滑りした山車をまたしてもバルーンドームが受け止めようとしたが、さっきよりも萎んだせいか受け止めきれずに二体まとめてずり下がっていく。

 取り残された形のラピスラズリが、今度はペリドットに突撃しようと旋回しているキッチンカーを斜め後ろから押しやった。急に向きを変えられて自力で方向転換できずにいるキッチンカーを、さらにペリドットがやっと止まった二体の方へと突き飛ばす。互いにぶつけられて、三体揃って体勢を崩した。

「今だよ、決めちゃって!」

 ラズリの声に三人とも左腕を前に伸ばし、バンドの宝石に触れる。

「「デフュージョン・ブレイズ!!」」「「デフュージョン・フラッシュ!!」」「「デフュージョン・ストーム!!」」

 三方から炎と光と竜巻が、倒れこんでいる三体をまとめて飲みこんだ。激しく壊れる音が鳴り響く中、ひときわ大きい破裂音がして真上に向かって何かが放り出された。

「あれって!」

「フューザー!」

 逃がしたらまた暴れられる。こっちも跳んで捕まえようと足を踏ん張ったが、それよりも早く光る何かが斜めに飛んできて、それを拾って空の彼方へ飛び去ってしまった。

 後に残ったのは、原形をとどめないほどに壊された山車とキッチンカーとバルーンドームだった。

「やっちゃった…ねぇ……」

「どうしよう……」

 ペリドットとキャッツアイが呆然と残骸を眺めている向こうで、ラピスラズリがいきなり後方に大きくジャンプした。

「待って!」

 それを追って跳ぼうとした二人だったが、もう足に力が入らなかった。

「「デフューズ」」

 仕方なく変身を解いて元の仮装に戻り、ラピスラズリの飛んでいった方へと足を引きずるようにしながら向かった。思うように走れないのが、もどかしかった。


 裏通りの角に、小さな白兎がたたずんでいた。

「ラズリ!」

 声をかけてもチラッと一度だけこっちに目を向けただけで、顔を路地の先に向けたまま動こうとしなかった。

「あの子は?」

 愛が隣にかがみこんで話しかけても、そのまま遠くを見ている姿勢を変えない。

「帰ったよ」

「帰ったって…、だってあの子は……」

 大切なパートナーなのにどうしてと、望も同じことを思った時になって、やっとラズリはこっちを向いてくれた。

「いいの。撫でてもらえたから」

「え……?」

 撫でるくらい、愛や望だってする。そんなことが、何だというのだろう。

「わたしのこと好きでいてくれたから。それでいいの」

 顔を上げたラズリと目が合った瞬間、愛はラズリを抱きしめた。

 望も切なくなってそんな二人を抱きしめて、リドとツァイも二人の腕の上からラズリにすり寄った。言葉なんて何の役にも立たなくて、ただ抱き合って互いの体温を感じ合っていた。

 誰かが見ている気がして望が顔を上げると、少し離れたところからドナがこちらを見つめていた。

「みんな…、大丈夫ですか……?」

 遠慮がちに声をかけてくる。もしかして、みんなが落ち着くまで待ってくれていたのだろうか。

「私たちは、平気です」

 抱き合っていたのをほどいて立ち上がり、望は、そして愛も、目で足元のラズリを指した。

「わたしも大丈夫」

 注目されているのを察したラズリが場違いなくらい明るい声で答えて、ドナに飛びついた。ドナは何も言わず、いつものように正面を向かせてラズリを抱きかかえる。

 そこに、さっきまで使っていた放送とは違う、いかにもスピーカーを通した声が聞こえてきた。

「いろいろありましたが、ダンスイベントは予定通り開催します。参加される方は大通りへお越しください」

 声の聞こえてくる方へ目を向けると、実行委員らしい男の人が拡声器を手にそう触れまわっていた。あれだけのことがあったのに、やるのか。

 とにかく行ってみようと商店街に戻ってみると、山車なんかの残骸の周りにはいつの間にかカラーコーンが並べられて立入禁止となっており、どこから持ってきたのか道端にはコンポが置かれていた。CMで聞いたような音楽が、けっこうな音量で流されている。

 コンポのテストは終わったのか、音楽を止めてCDを入れ替えている。そしてその向こうで何人もの実行委員が、竹ぼうきで道路を掃き掃除している。放送も街灯も壊れて使えなくなってしまっているのに、本当にやるつもりらしい。

 ダンス開催の声を聞いて、ちらほらと人が戻ってくる。防災倉庫から発電機と屋外用の照明が持ち出されてそこだけ明るくなると、さらに人が集まってきた。

「まるで防災訓練みたい……」

 望が感心して思わず上げた声を聞かれてしまったらしく、拡声器の人がこちらに笑いかけてきた。

「こういう時のための訓練さ。さっきのがトリックっていうなら、こっちは負けずにトリートしてやらなきゃな」

 コンポの方から別の委員の人に呼ばれて、拡声器の人は走り去ってしまった。

 それをただただ目で追っていた望の隣からうめき声が聞こえて思わず振り向こうとしたのだが、急な動きに体がついていけず、痛みのために望も同じようなうめき声を上げてしまう。

「さすがに、今からダンスは無理かぁ。せっかく練習したのに」

 ダンスイベントでは、動画配信サイトで公開されているダンスをみんなで踊る。愛と望、それにリドとツァイも覚えるまで練習していたのだが、肝心な今になって体が踊りに耐えられそうにない。

「ラズリは? 体大丈夫じゃない?」

 ドナは興味がなさそうなので誘わなかったが、ラズリも愛たちと一緒にダンスを練習している。

「一人だけでってのもねえ。わたしもやめとく」

 せっかくなのでラズリだけでもと思ったが、確かにあの場にラズリだけ一人で入っていくのにも無理がある。仕方なく今回はみんなで見物する側に回った。

 前の年と変わらないくらいではないかと思えるほど人が集まったところで、ダンスは始まった。曲に合わせて体が踊りだしそうになってしまうが、じっと我慢だ。ついツァイを強く抱きしめてしまい、苦しがらせてしまった。

 ダンスには大人も子供もいるし、キレッキレに踊る人もいれば仮装に動きが邪魔されてまともに踊れていない人もいる。簡単めなダンスだからこそ、いろいろにできるのだろう。それをいろいろ見るのも、自分が参加するのとはまた違った面白さがある。

 曲が終わり、拍手と歓声がわき起こる。ハロウィンイベントは大盛況の内に終了した。


 十一月に入ると、急に寒々しくなってきた。学校とか道端とかのいろんな木が日ごとに葉を落としていき、景色から彩りが失われていく。

 掃除が大変で嫌だなとため息をつく望をよそに、どうも愛は男の子を物色しているらしい。廊下とか帰り道とか、あからさまにきょろきょろしている。

「ハロウィンの日に流れ星にお願い事してたけど、あれは流れ星じゃなかったんだから願いは叶えてくれないんじゃない?」

 愛が見たのは流れ星ではなくてフューザーの宇宙船だったのだが、どうやらあの時に逃げ去ったらしく、あれ以来狼男のようなフューザーなんかは見ていない。

「違うよ。あの時の、ラズリのパートナーの子を探してるの」

 今もラズリはその子のことを何も話そうとしない。あの時のことでラズリが選んだパートナーがいるということはわかったが、あの子が去っていった方をずっと見つめていたラズリの横顔を思うと、こちらからは聞くに聞けない。

 確かにあの子のことは気になる。だけど見つけたところでどうするのがいいのか望には見当がつかなくて、だから気にしていないのを装うしかなかった。

「探して、それでどうするの?」

 一緒にいないのは相当な理由があるのだろうと言ったのは愛だ。それなのにそんな二人の気持ちを無視するようなことをして、いいのだろうか。

「お礼言いそびれちゃったから、会えたらお礼言いたいなって思って」

 こういう時、置いていかれた気分になって愛のことがちょっと憎らしくなる。

「ドナさんが言ってたラズリが戻ってくる前の話からすると、駅の向こうの子だと思う。だから、この辺を探しても見つからないんじゃないかな」

 だからこんなことを言って水を差したくなってしまう。それなのに愛は嫌な顔ではなくキョトンとした顔をして、

「そっかぁ。じゃあ探しようはないかぁ……」

 なんて納得してしまう。

「ちょっとカッコいいかもって思ったのに、残念」

 なんだ、それが本音だったのか。

「あれ? 愛って年上好みじゃなかったっけ?」

「カッコよければオールオッケー!」

 クリスマスまでにはカレシがほしいとか自分から話をどんどん脱線させていくのを、望も笑い返しながら聞いていた。

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