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7.燕(つばくらめ)の子安貝(こやすがい)

ここは中納言ちゅうなごん石上いそのかみの麻呂足まろたり宅、大広間。大事な話がある、とだけ聞かされ、家臣全員が集められていた。


 またどうせうちのバカ殿のことだからロクな話じゃないだろう、と思いつつ、家来達はだらだらと広間に並んだ。


 中納言ちゅうなごん石上いそのかみの麻呂足まろたりが口を開いた。


「燕が巣を作ったら、まろに告げるにゃん」


 その瞬間しゅんかん、その場に居た全員の目が点になった。


 意味が解らない。


 燕なんて春になったら普通にそこら中で巣作りするだろ……。


 家来たちはお互いに顔を見合わせ、誰一人、中納言ちゅうなごんの意図を理解した者がいないことを確認した。


「何のためでしょうか?」


 家臣の一人が中納言ちゅうなごんに尋ねた。


つばくらめ子安貝こやすがいが欲しいにゃ」


 その瞬間、一部の家臣は理解した。


 最近、うちの殿様はかぐや姫なる小娘にうつつを抜かしている。


 とにかく奇麗な女の子だと大変な評判ではあるものの、しょせんは庶民の娘だ。国家の中枢ちゅうすうにな中納言ちゅうなごんたるものが傾注するような存在ではない。


 そのバカ殿の気まぐれに便乗びんじょうしようというどこかのゴマり野郎が、つばくらめ子安貝こやすがいを持っていけばかぐや姫を落とせる、とでも吹き込んだのであろう。迷惑な話である。


「我が君の御指示、誠におそれ多い次第です。しかし、これまで掃除等で多数の燕の死骸しがいを処理しましたが、貝を持った燕など見たことがありません」


 その家臣は、話をあきらめる方向へ持っていこうとそう発言した。じゃなきゃ存在しもしない子安貝こやすがいを探す羽目はめになることは、火を見るより明らかであったからだ。


 その家臣は当然、同僚達も同じ思いであろうと思い、他の家臣の発言を待った。ところが他の奴らの発言は……。


「子供を産む時だけ、どこからか出すのかもしれませんぞ」


「人が見れば消えるのかも」


 その家臣は目がくらむのを覚えた。


大炊寮おほひつかさ飯炊いけかし屋の軒下のきしたには毎春多数の燕の巣が並びます。そこに事前に足場を組んで機敏なる男どもを並べ、燕が子を産むのをねらうのはいかがでしょう?」


「いい案にゃ! そのほう、褒美ほうびを取らすにゃ!」


 その家臣は心の中で頭を抱えた。こうしてバカばかりが出世するから、組織がおかしくなっていくのだ。


 ***


 はたして、軒の前に足場を組んで若い男を並べてみると、燕はビビッて巣を作らなくなってしまった。


「まだ、子安貝こやすがいは取れにゃいにゃか?」


 中納言ちゅうなごんがいくらプレッシャーをかけても、成果は一向に上がらなかった。当然だが。


 中納言ちゅうなごんが思い悩んでいると、大炊寮おほひつかさの役人、倉津くらつ麻呂まろという老人が声をかけてきた。


子安貝こやすがいが欲しいのなら、やり方をお教えしましょうか?」


 中納言ちゅうなごんは首を縦にブンブン振った。


「軒の前にあんなに男達を並べるから、燕が寄っても来ないのです。先ずは男達を退散たいさんさせ、あの足場を撤去てっきょなさい。そして地べたに籠に入った男をスタンバイさせ、鳥が子供を産んだ瞬間に綱で籠を巣の高さまで引き上げ、さっと子安貝こやすがいを取ればよいのです」


「ほう、そのほう、知恵者だにゃ。して、燕が子供を産む瞬間、籠を引き上げるタイミングはどうやって知るにゃ?」


「燕が子供を産むときは、しっぽを上げて7回、回ります。その時を狙って籠を引き上げればよいのです」


完璧かんぺきにゃ! そのほう、褒美ほうびを取らすにゃ!」


 この会話を聞いていた前出の家臣は再び頭を抱えた。


 ***


 はたして足場を撤去すると、大炊寮おほひつかさ飯炊いけかし屋の軒下のきしたは、元々燕たちに人気の巣作り場であっただけあって、直ぐに多数の巣ができた。


 頃合いを見て、中納言ちゅなごんの家臣たちは倉津くらつ麻呂まろ提案の仕掛けを運び込んだ。


 その日の夜中――


 石上いそがみ中納言ちゅなごんの配下の者達が下から大勢で見つめるなか、軒下に点々と並んだ燕の巣の一つで、中の燕がクルクルっと自転した。


「それっ! 今にゃ!」


 中納言ちゅうなごんが自ら号令をかけると、4人の屈強くっきょうな男達が綱を引き、籠に入った男がするするっと燕の巣の高さまで持ち上がった。


 軒下に点々と並んだ巣の親鳥達は、自分の子供を守るため、籠の男に一斉に攻撃を仕掛けた。鳥類の中でも最速の約200km/hで飛ぶ燕が、その速度を落とさずに男の頭や顔に後から後からくちばしを突き立てるのだ。


「痛い! 痛い!」


 男は目を守るため片腕で顔を覆いながら、それでも痛みに耐えつつ片手で燕の巣を探った。自分の巣に手を突っ込まれた燕は捨て身の攻撃に出た。男の懐に飛び込み、唇や耳を引きちぎらんとばかり嘴を突き立てて、引っ張った。


「ひい……死ぬ、あ、ありません! 貝はありません!」


 籠の男は巣を探りながら必死に報告した。


「ふ、ふざけるにゃ! にゃい筈にゃかろう! そんなヘッピリ腰だから見つからにゃいにゃ!」


 中納言はキレた。


「替われ! まろが探すにゃ!」


 そう言うと、籠を降ろさせ、自分が籠に乗り込んだ。


 運よく(?)直ぐに少し離れた別の巣で燕がくるくる回り始めた。中納言がその巣を指差すと、籠が凄い勢いで上に上がった。


 燕たちがさっき以上の勢いで遅い掛かってくるのを意にも介さず、中納言は両手を巣に伸ばし、巣の中を探った。


「ちがうって。うちの殿様が異常なんだって」


 下では籠から降りた男が必死に言い訳をしていた。


「あったにゃ!」


 巣に手を突っ込んだまま、中納言が叫んだ。


「よし、籠を下すにゃ!」


 中納言ちゅうなごんがそう指示を出した瞬間であった。練習を含めるとこれまで何度も勢いよくかごを引き上げていたため、つな摩擦まさつで痛んでいたのであろう、突然、つなが切れた。


 籠と共に落下した中納言ちゅうなごんは、たまたま下においてあった炊飯用の大釜にしたたか頭をぶつけ、辺りにすごい音が響き渡った。


「殿!」

「大丈夫ですか?」


 家来たちが慌てて駆けよった。


「大丈夫にゃ! それより蝋燭ろうそくを持て! 貝を確認するにゃ!」


 肢体がぐったりと動かず、明らかに大丈夫ではない中納言ちゅうなごんが、気力だけで声を出していた。


 果たして家臣が明かりを持ってきても中納言ちゅうなごんは腕も動かせず、握りしめた指も開かなかった。忠臣が中納言ちゅうなごんの指を開き、握りしめていたものを中納言ちゅうなごんの目の前にかかげて見せた。


「これは……燕の古糞ふんです」


「ああ、貝がにゃい」


 そう言うと、中納言ちゅうなごんは意識を失った。


 これが、「苦労の甲斐がない」などと使われる「甲斐がない」の語源である。(※27)


   ※27 「貝」≒ ……あ、痛っ。


 ***


 この話を伝え聞き、かぐや姫は中納言に歌を贈った。


   年を経てなみ立ち寄らぬすみ

   まつかひなしと聞くはまことか(※28)


 この歌を聞いた中納言は喜び、苦しい息の元、次の句を口述筆記させた。


   かひはかくありけるものをわび果てて

   死ぬる命を救いやはせぬ(※29)


 この句が中納言ちゅうなごんにとって辞世じせいの句となった。


 中納言ちゅうなごん他界の知らせと共にこの句を受け取ったかぐや姫は、その夜、おうなの膝の上で泣いた。


   ※28 「年を経てもなみが打ち寄せるように、

      あなたを待つ甲斐はないとお聞きしましたが本当でしょうか?」

      「すみ」は現在の大阪市住吉区一帯。平安時代は松の名所で

      あった。この句のなかの「まつ」は「すみの松」と

      「待つ甲斐なし」の二つの役割を兼ねている。


      又、お気づきのとおり「かひ」は「貝」と「甲斐」を兼ねており、

      数行前の語源説が嘘であることを原作者が自ら認めている。


      又「なみ立ち寄らぬ」は「すみ」の枕詞まくらことばであるが、

      中納言が最近竹取翁宅に来ないことにもかけてあり、ここでは

      かぐや姫が不器用にも優しい言葉をかけている。


   ※29 例によって「かひ」は「貝」と「甲斐」をかけてあり「かひは

      かくありけるものを」は表面上「燕の巣の中に貝は確かにあった」

      という意味だが実は「かぐや姫から歌を贈ってもらって苦労した

      甲斐があった」という意味になっている。


      「わび果てて死ぬる命を救いやはせぬ」は「つらくて死にそうな

      私の命を救ってはくれないのですか」。あなたが会ってくれれば

      私は救われるのに、との気持ちが入っている。


      「救い」は「巣くい」と、さらに貝の縁語で「(水を)すくう」を

      掛けてある。

      


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