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第六章6

 ★


「おま、なんで……」


 良子が扉に手を掛け立っていた。

 井ノ瀬さんが咄嗟に胸を両腕で隠し、顔を羞恥に染める。

「な……な……」

 唾を飲み込み、そして何も言わなかった。

 そりゃそうだ。裸の女の子が同級生の男に馬乗りになっている。こんな場所で。これからことが起こる数秒前、とでも言った雰囲気。言うにしたって何言えってんだ。

「お邪魔虫」

 って、言葉が浮かんで消えた。いや、消えてねえか。今、言ってたか。

 良子が何故この場にいるのかもわからない。

 現実に出食わしたとしても俺なら即座に回れ右する。気まずいったらないからだ。なのにこいつはここにいる。どうしてこいつはここにいるんだろう。この場所は知らないはずなのに。いや、べつに追いかけてれば分かるか。現にこいつはこの前、そんなことをしているのだ。前科がある。

「良子……お前どうしてここに? 覗き見か? だったらもっと上手くやれよな。おっぱいまで後もう少しってところだったのに。あ。もしかして混ざりにきたとかか?」

 状況にそぐわない俺のあんまりな一言に、井ノ瀬さんは一瞬信じられないものを見るような目を俺に向けた。

 だが、俺に構ってる場合じゃないと悟ったのか良子に向き直った。

「なん、なんですか。今、取り込み中なんですけど」

 言葉が、少し間抜けに映った。

 言ってる間にも彼女の体は震えている。ふともも越しに伝わってくる。

 たぶん良子から見ても分かっただろう。元々大人しい性格の彼女。どう見ても不良にしか見えない良子にビビっている。それに気付かない良子じゃない。

 同じ一年生。割と校則は緩めの学校とは言えども、進学校で、その金髪は目を引く。

 それに――後ろめたいことをしているのは井ノ瀬さんの方だ。なにせ同級生の男の子を襲っている真っ最中である。その心情もあるだろう。

 良子が何も言わずにツカツカと歩いてきた。

「ひ」

 無表情のまま歩を進めて来る良子に井ノ瀬さんの身体が強張ったのが分かる。きゅっと太ももが締め付けられた。

「気持ちい!」

 じゃねーや。

「おい、良子!」

 そう、こうだ。

「やっ、やだ。やめて!」

 良子が井ノ瀬さんに掴み掛かった。跨る井ノ瀬さんの両腕を掴んで俺の上から引き剥がそうとしている。井ノ瀬さんは抵抗するも体格が違うためどうにもならない。ふらりと立ち上がった井ノ瀬さんが壁際に追い込まれた。みし、と。木の壁が音を立てる。

 俺はぽかんとしている。なんだこれ。なんで戦ってんだこいつら。

「おいおいおい。どうした? なんだ? キャットファイトか? ファイッ! じゃねーや。おいおい良子、落ち着けって。離せって」

 二人の間に割り込んで、なんとか良子と井ノ瀬さんを引き離そうとしたが、良子はちらりと俺に視線をやると、すぐに井ノ瀬さんに向き直った。

 そして――次の瞬間、近づいてきた俺に思いっきり横蹴りを喰らわせた。

 躊躇いなど一切ない、懐かしい良子の蹴りだった。

「お……お前、なあ……!」

 もろに鳩尾に入った。吹っ飛びこそしなかったが、その場に蹲ってしまった。

 暴力的にも程度ってもんがあるわ。なんとか息を整えようとする。が、普通に息できない。めちゃくちゃに苦しい。

「……っ!」

 それが引き金になったのか追いやられるだけだった井ノ瀬さんがきっと怒りを露わにする。俺の見ている前で、良子の頬を思いっきり引っ叩いた。いいぞもっとやれと言ってしまいそうだったけれど、腹蹴られてるせいでまともに喋れない。いだいよう。

「いったあっ!」

 目の前の良子の方がもっと痛そうだった。顔に血が滲んでいる。

「痛い! くそっ! あいつのこと、なんにも分かってない癖して……!」

「……意味、わかん、ない……!」

 言いながらも井ノ瀬さんは良子の髪を引っ張る。かと思えば、良子が髪を引っ張り返す。井ノ瀬さんは髪を引っ張られながらも、良子のシャツに手を掛けた。そして一気に腕を引き下ろす。良子のシャツのボタンが弾け飛んだ。目を見開く良子。本人の外見の派手さに似合わない素朴な感じの白い下着が露わになる。痩せぎすな井ノ瀬さんと対照的な、肉付きの良いお腹。辛うじて一番最後のボタンだけが残った。

「ここが乳丸出しアイランドか」

 お、やっとまもとに声出せた――って言ってる場合か俺! もう完全に取っ組み合いの喧嘩じゃねえか! キャットファイトなんて生易しいもんじゃない! 早く二人を止めなくてはまずいことになる予感がする。特に良子。こいつは加減を知らない。井ノ瀬さんも大概だが。


「あら皆さん、正妻であるわたくしを差し置いて随分仲のよろしいこと。良ろしければわたくしも混ぜて下さらない?」


 場違いに楽しげな声がその場に響いた。

 全員が開け放たれた扉の方を向く。

 そこに杜若羽伊奈が立っていた。腰に片手を当て、高飛車に。

 隣には何故か詩衣奈、さらに絵里までもがいるけれど、羽伊奈の存在感にその場全ての空気が持っていかれている。

「あんたは……」

「杜若羽伊奈」

 突然やってきた羽伊奈に掴み合っていた二人の動きが止まっている。俺は、安心して息をついてしまう。

 良子は鬼のような形相で、井ノ瀬さんはぎりと歯噛みし、羽伊奈を睨んでいる。しかし、当の羽伊奈はそんな二人をまるで無視して、ツカツカと俺に歩み寄ると、見下し、嘲笑した。

「我が彼氏ながら無様なこと。メンヘラに好かれて刺されて死んでしまう男ってきっとあなたみたいな人なんでしょうね。――ねえ、椎那しいなさん?」

 そう言って、嘲笑い悪態付くのに満足したのか、息一つ吐くと、今度は上半身裸で突っ立つ二人に向き直る。

「良子さん。あなたはこの人のことを、よおく知っているのでしたわね。詩衣奈さんと絵里さんから聞きましたわ。そして未無生さん。あなたは彼のことを、なあんにも、知らないのでしょう」

「……なん、のこと?」

 あからさまな挑発に、井ノ瀬さんは憤るかと思いきや、怪訝そうに眉を寄せた。直前に良子からも言われた一言が心の中で引っかかっていたのかもしれない。

 その言葉に、俺は察する。詩衣奈を引き連れて来たことからも明らかだ。

 こいつは、知っている。知ってしまっている。

「おい、羽伊奈、いたっ」

 羽伊奈の言わんとしていることを察して慌てて遮った。が、こつんと裏拳で引っ叩かれた。

「お黙りなさい。彼女は知る必要があるでしょう。ここまでの事態になってまで黙っているのは彼女にとっても不誠実です。あなたと詩衣奈さんが過去のことで必要以上に警戒しているのは分かります。が、ここまで近づいてしまった以上、それも得策ではありませんわ。距離を置いて、事情を知って、なお、まだ近づいて来る人だっているのです。そこにいる誰かさんのように」

 羽伊奈が良子を指差す。

 良子は応えることなく不服そうに鼻を鳴らした。

「それに、離れていくなら離れていくで結構ではないですか? 口を割ったり、あなたがまた中学の時のように傷つけられるようなことがあったら、その時は、わたくしが身を挺して護って差し上げてもよろしくてよ?」

 そう言って不敵に笑った。

「もう全部知ってんのな」

 羽伊奈の台詞はそう言ったも同然だった。

 俺の言ったことには取り合わず、羽伊奈は続ける。

「少なくとも、あなたの彼女のうちは。まあ、未無生さんがあなたの秘密を全て知り、それでも近くにいたいと言うのなら――考えがありますわ」

 腰に手を当て偉そうに、その言葉を告げた。まるで、決め台詞のように。

 いや、正しく決め台詞なのだろう。

「さあ、今からわたくしが真実を暴いて差し上げますわ」

 ……どっかで聞いた台詞だな。

 言葉は自然、そのまま口から出た。

「……どっかで聞いた台詞だな」

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