6 友情は 辛いときこそ ありありと
「ただいま戻りました~」
「あ、ガクちゃん! お帰り、待ってたよ~!」
玄関を開けると、エプロンを付けた天使が駆け寄ってきたっ!?
◇
うっ、しかし全っ然慣れないものだ。
冴えない塾講師でありアイドルヲタクでもある僕の家に、本物のアイドルが住んでるだなんて!
そう。とある人物に嵌められてスキャンダルを捏造され、所属していたアイドルグループ『きらり、青春』を解雇されたアイドル・堤らぶは今僕の自宅に住んでおります。住んで、生活しております!?自分で言いながら意味が分からない。
元々家族で住んでいた家だから彼女の個室も用意できたし、そもそも僕は少女に手を出す男ではないから大丈夫なのかもしれないけど。
でも、でも、
マジで毎日心臓に悪い!!
らぶといえば、暑がりですーぐ薄着になるし
(←上半身タンクトップ1枚で過ごそうとするから止めた)、
自分の足の形が好きだからといってショートパンツばかり履くし
(←らぶに貸した僕のジャージは回収して、クローゼットから掘り当てた姉のジャージを与えた)
、
いつもにっこりご機嫌で可愛いし可愛いし可愛いし
く~~~~!?これは神が僕に与えた試練なんだ絶対。
神様、僕は絶対にずぇったいに、この試練に打ち勝って見せます!!!!
「ガクちゃん、ほら、ちゃんと見てよ」
「あ、ああ、ごめんね。えっ……!? もう登録者1万人超えたの? すごいね!?」
らぶに出会ったのは、忘れもしない7月1日・金曜日。それから1週間が経った。
仕事の合間に撮影用の機材を備え、自宅で撮影を行った。
記念すべき1本目の動画は今夜アップすることになっている。
タイトルは、『カップルnewtuber始めました!』だ。これがカップルnewtuberの定番らしい。知らんけど。
「らぶSNSめんどくさいときもあったけど、さすがに今回はSNSサマサマって感じだなぁ」
らぶがリサーチしてくれた結果、何の告知もせずnewtubeに動画をあげたところで人はこないらしく。短文SNSで予告をすることになったわけなのだが。
「ほんとだね。SNSにログインできなかったときは、まずいと思ったけど……。
本人に連絡せずパスワード変えるとか、こういう時ばかり運営って仕事早いんだよな。
普段からもっと仕事しろよ!あ、ごめんね早口で。ヲタクの悪い面がでちゃった」
きらハル時代の公式ツイッターは、パスワードを変えられてしまって、らぶにはログインができなかったのだ。
運営は、らぶがスキャンダルについて言及することを恐れて、凄い速さで立ち回ったのかもしれない――。
「らぶ、この新しいアカウント大事にしよ~っと。ふふ」
そういうわけで新しいアカウントを作ったのだが、これが全く伸びない!
それはそうだろう、堤らぶと名乗ったところでそれが本人であるとはなかなか判断できない。公式マークだってついていないし。実際、らぶの偽アカウントもいくつか見つけた。
「ほんと、みぃなさんには助けられたね」
そんな危機を救ったのが、きらハルでらぶと同じ4期生だった三井名栞である。
選抜ではなかったが彼女を好きなヲタクは多く、昨年惜しまれながら卒業した。
「らぶ、みぃのことずっと親友って思ってたけど……。
一番つらいときに助けてくれて、やっぱり大切な存在だなって思ったよ」
らぶの1歳年上。面倒見のいいタイプだったらしく、在籍時代からとても仲が良かったそうな。
今は『みぃな』名義でインフルエンサー・美容系newtuberとして活動していて、なんならアイドル時代より今の方がよく名前を見る。すっかり人気者だ。
そんな彼女にらぶが相談したところ、みぃなは自身のアカウントでらぶの投稿を拡散してくれたのだ。
それによって実質公式扱いとなったらぶのアカウントが、衆目に晒されることになったわけなのだが。
「……ガクちゃん。らぶ全然傷付いてないから大丈夫だよ! また心配顔してる」
そう言うとらぶは、僕の眉間の皺を人差し指でぐりぐりと伸ばした。
僕も覚悟を決めて、あまり不安を顔に出さないように気を付けていたのだけど。
炎上。アイドルを応援する者として度々目にしてきたけれど。
当事者になったのは初めてである。
『堤らぶです。ファンのみんな、心配かけてごめんね。スキャンダルは事実無根だけど、今は証明できません。これからはカップルnewtuberとして活動します』
そしてこの投稿に貼られたリンク先が、newtube『堤らぶのらぶらぶチャンネル』
「僕思うんだ……。やっぱりアイドルって、本当はぶっ飛んでるんだなって……」
…………ぼえーーーーっ!
そりゃあ炎上するだろう!スキャンダルは事実無根なのに、カップルnewtuberとして活動していくってどういうこと!?
案の定投稿は燃えに燃え上がり、それに付随して、まだ動画を1本も投稿していないnewtubeのアカウントの登録者が1万人を超えた。
「ガクちゃん、まだまだこれからよっ。本当の炎上は、1本目の動画を投稿してからさ……! ふふふふふふふ」
もう僕アイドルこわいです。
◇
時刻は夜21時。
投稿する動画を一緒にチェックしていたら、少し遅くなってしまった。
「さぁて、いよいよパーティーの始まりよガクちゃん、ふふふふ」
投稿画面をいじりながららぶは底意地の悪そうに笑っている。おかしなテンションだ。
あんまりおかしくて、一周回って心配になる。いくら平気と言っても、彼女だって思うところがあるのだろう。
「堤さん、一緒にカウントダウンしようか」
「……うんっ!」
僕の言葉に、らぶの目の奥にある炎が少し和らいだ気がした。そして、ふたり顔を見合わせて頷いた。
これが、僕たちの旅の始まりだ。
「「ごー、よん、さん、にー、いちっ」」
――ポチリ。
「あっ」
「え?」
「ガクちゃんやばい。生配信のボタン押しちゃった」
『ライブ配信を始めます 5,4,3,2,1……』
「「え~~~~~~~~!?!?!?!?」」