4 カップルで 動画配信 闇深し
「一体なんでこうなってしまったのか……」
いや、ありがたい、非常にありがたい状況だということは理解しています。
全ヲタクが羨む状況かもしれない。でもいざ自分の身に起こると、正直怖い!僕は何かを試されているのかもしれない。
僕たちは、2人並んでソファに座っている。
「あれ、アイドルと無銭で同じエリアに座るのっていいんだっけ」
「ん~?」
しかも、ソファ……?
なんかソファって、普通の椅子に座るよりなんかプライベート感があるというか……なんかえr
「だめだーーーーっ!」
「ガクちゃんぶつぶつうるさいよ」
らぶは3人がけのソファのド真ん中で体育座りしている。
なんだこれ?可愛すぎる。しかし、しっかりリラックスしちゃってるけど、ここってらぶん家だったっけ?
ちなみに僕はソファの硬~いひじ掛けに座っています。決して彼女と肌が触れる距離になどいません。ヲタクよどうか安心してくれ。
しかし、この状況以上に僕の心を狂わすものがあった。
『【えちえち質問】カップルでNGなし性事情についてなんでも答えます!』
『初めて一緒にお風呂に入ってみた』
『彼女がめっちゃ甘えてくるからイタズラするwww』
「堤さんって……未成年だよね」
「らぶはね、18歳」
「だめ! 18歳はこんなの見てはいけません!」
なんてことだ。破廉恥!!!
僕は慌ててらぶからリモコンを奪い取り、テレビの電源を消した。
そもそも、「カップルnewtuberとは実際なんぞや」という僕の質問に、らぶは実際の動画を見せてくれようとしたのだ。
視聴者になんとしてもクリックさせようとしてくる釣りっ釣りのサムネイルの数々に、僕はすっかり慄いてしまった。
「……」
「最近こんなの、よくあるけどね~」
「だけど……」
「あ、らぶたちはしないよ?」
「!」
らぶを見ると、悪戯成功とでもいうように、ニヤニヤしている。なにそれ、かわいいなオイ!僕はくらりとする。
「も~ガクちゃんが消しちゃうから」
らぶは僕からリモコンを取り返すと、また電源をつけた。
スクロールされる画面を見ていると、先程のような刺激的な題名のものばかりではなく「大食い企画」「ゲーム実況」など健全そうなものもたくさんあった。
「らぶってアイドルだし、あ、元だけど。安売りはしないって決めてるんだ」
「うん。それがいいよ」
らぶは僕をじっと見つめる。その瞳が妙に真剣だ。僕は本当にそのとおりだと思って、すぐ肯定したけど、彼女の瞳は色を変えない。
あれ、なにか違う意味でもあったのかな。
「ごめん、大きな問題に気付いたんだけど」
「うん。なあに」
「僕塾講師だから、さすがに素顔でやる……っていうわけにはいかないかも」
「あ~! そうかあ」
「そもそもカップルnewtuberじゃなくても、堤さん一人でnewtuberになったほうが」
「だめ!!……だってらぶ、編集とかできないし」
「僕がやってもいいけど」
「だめなの!!あの、その、らぶカップルnewtuberよく見てて、いつかやってみたかったんだもん。あ~ほら、アイドルのときは無理だったけど。これが不幸中のなんとかってやつかな」
らぶは上目遣いで僕を見ている。なんだかやけにしどろもどろだったのが気になるけど。
難しい言葉をあえて使っちゃいました、みたいな愛らしい表情に僕はもう諦めて従うことにした。
「う~ん、どうしようかなぁ?」
ソファに体育座りしているらぶは、その膝に顎を載せて思案顔だ。
「あっ!じゃあさ、頭に着ぐるみとかお面とかかぶったら?」
「まあ、それなら生徒にはバレないか」
「うん。パンダにしよ、パンダ。らぶはパンダが好きなんだよ」
楽しそうにパンダの被り物をスマホで調べだすらぶを見てから、リビングの時計を見やる。いけない、もう21時だ。
「調べてくれてありがとう。でももう遅いから、明日にしたら」
「うん、わかった。じゃあ先にお風呂はいるね」
「うん、そうし、て、は!?」
「あとらぶ、できたらベッドがいいな。最悪今日はソファでもいいけど。ふかふかのお布団で寝ないと寝た気がしないから」
「え、べ、え!?」
「ガクちゃん」
「ちょっと待って、堤さんの家は」
「寮も追い出されちゃったし、実家とも縁切れてるし。いくとこないんだよね」
「だからって」
「ガクちゃん、らぶのこと路頭に迷わせるの?」
「ぐ」
「それにガクちゃんだったら、家出少女に手出したりしないよね?」
「ぐぬぬ…!」
らぶは僕が手を出さないことに確信を抱いているらしい。確かにそうだけど、確かにそうなんだけど!!
「わかったよ…。両親が使ってたベッドもあるし、今日は泊まって」
「あれ、一人暮らしじゃないの?」
「ここ元々実家なんだよ。両親はリタイアして姉と一緒に海外に住んでる」
「へ~、お姉さんいるんだ!」
「とにかく! 他に信頼できるところがあったらそっちに行くんだよ!?」
「はいは~い」
僕の気持ちも知らず、らぶは話半分に気楽に答えながら、お風呂に向かってしまった。頭を抱える。
さっき安売りしないって言ってなかっただろうか。いや、手は出さないんだけども!!
彼女には社会常識から教えなきゃいけないかもしれない。
「塾講師には荷が重すぎやしないか!?」
◇
テレビ局の楽屋では、少女たちの熱気が渦巻いていた。無事に音楽番組の出番を終えた彼女たちが盛り上がる、今日一番のトピックはもちろん堤らぶのスキャンダルについてだ。
「ほんと、ばかだよね」
「めーわく」
「もっとうまくやらないと」
選抜メンバーの大半が先輩メンバー。まだ3年目だった堤らぶと仲の良いメンバーはまだ歴も浅く、発言権もない。
彼女に対する悪口とクスクスと嘲笑う声が部屋の空気を支配していた。
「かなめの映画って、情報解禁来週だったよね。スキャンダルに被らなくてほんとよかったね」
「……。今台本読んでるから少し静かにしてもらえると嬉しい」
「……っ! ごめんごめん! 皆ちょっと騒ぎすぎだよ~!」
そんな空気に混ざらず、新作映画の台本を読み込む女。
――『きらり、青春』不動のセンター、花橘かなめ。
彼女だけが、楽屋の空気に飲み込まれず、自分を持っていた。この騒がしい空間の中で、彼女の周りには神聖な空気が流れているようにすら思わせる。彼女のことは、きっと誰も左右できない。
「……」
だから――
そんな彼女の台本のページが、ずっと進んでいないことに誰も気づいていなかった。