3 アイドルに 呼び捨てなんて できま千
「つまり、えーと、堤さんの話を整理すると」
「堤さんって呼び方おもしろいね!」
くっそお、このアイドルめ……!
握手会でもないのに、目の前で生けるご本人様に向かってらぶなんて呼べないだろ!?そりゃ、脳内では呼び捨てにしてたけれども!!
「ゴホン! つまり堤さんはある人と新宿で待ち合わせをしていた。
そこで、知らない外国人風の男に道を聞かれて、案内してあげた。
別れ際にハグされたけど、外国風の挨拶の一環だと思って断らなかった。
それがnewtuberのスイセイだったということは、スキャンダルになって初めて知った……ということなんだね」
「うん! さっすが学校の先生。理解がはやい~!」
「え、いや、まあ、正確には塾の講師なんだけど」
「へ~! らぶ、高校行ってないからよく分かんないんよ」
アイドル仕込みのコミュニケーション能力なのか。生のアイドルに緊張していたはずの僕が、意外と気さくに話をしてしまっている。
「そのことは、事務所に言ったけど、信じてもらえなかったんだね」
「うん、もうなんか話も聞いてもらえなくて、全然だめって感じだった」
話も聞いてもらえない?らぶは、事務所も推している次世代エース候補の1人だ。最近は安定して選抜にも入っているし。
そんな彼女が、説明も聞いてもらえないだなんて。もしかしてファンが知らないだけで、普段から素行が悪いのだろうか……。それとも何か別の理由が?
「ふぁ~」
僕が考えごとをしている間に、らぶはソファにごろんと転がってしまった。泣きつかれたのか欠伸をしている。
クッション(それ、僕の家の……)を胸に抱いて、こちらを上目遣いで見ている。まるでグラビアのワンショットだ。
おいおい、これはまずいぞ。なんか、まずい。
「堤さん! ……ちゃんと座らない?」
「え」
「一応、人のお家でしょ」
「あ~なるほど! わかりました、せんせっ」
らぶはクスリと笑ってきちんとソファに座りなおした。どうやら物分かりのいいタイプなのかもしれない。僕はあからさまにホッとした。
「それで……堤さんは、誰にはめられたと思ってるのかな」
「え~っと。それは言えない」
状況証拠的には、どう考えても本来待ち合わせしていた相手が怪しい。
だが、らぶはどうしても言いたくないらしい。先程まできゅるんとした瞳でこちらを見つめていたのに、途端に目を逸らしてしまった。
「はあ。分かったよ……それで、これからどうするの」
「ガクちゃん、信じてくれるの!?」
先ほどの態度から一転身を乗り出すと、僕の手を両手で握り嬉しそうに見つめてくる。
あばば、突然の握手会!?無課金で握手できるほど、僕は肝の据わったヲタクではない。泣く泣くその手を剥がす。
「僕の知る限りだけど。アイドルの堤らぶは、ファンが悲しむと分かってあんなことをする子じゃないと思うから」
「……うん」
少し複雑そうにうなずく彼女に、僕の方がワタワタする。
「あ、いや、もちろんアイドルだって人間だから、恋愛とかすると思うけども! バレるようにやるのは良くないと僕は思ってて、決してアイドルに人権がないとかそういうことでは」
「ふふ、わかってるよ。ただ、みんな悲しんでるだろうな、と思って」
自分のファンのことを案じてか、彼女は遠い目をしている。僕はなんだか話しかけられなくて、それを見ていた。
皆このらぶを見ていないから分からないと思うけど、ファンのことを思ってこんな表情をするなんて……。
ふむふむ。やっぱり彼女はかなめが唯一認めているという存在なだけあるな。さすがかなめ。見る目がある。
「ふふふ」
そんなことを考えている僕を、今度はらぶが面白そうに見ていた。それが気恥ずかしくて、言葉を連ねる。
「とにかく、堤さんが誰かにはめられてこうなったとして。どうやって犯人を懲らしめるの?僕は何を手伝えばいいのかな」
「んーと、それは…」
らぶは、すこぶる愉快そうな表情をする。あれ、なんか怖い。嫌な予感がする。
「ガクちゃん! らぶとカップルnewtuberになろ!!」
「…………はあああああ!??!」
おーまいが。僕には理解できない。アイドルって、別の言語を使っているのかも。
◇
「大きな声だしてごめんね。でもまじでまじで意味が分からなくて……。あの、僕と堤さんが、カップル、newtuber……? いったいなんの話を」
「そう! らぶとガクちゃんでカップルnewtuberになるの」
「あ、やっぱりカップルnewtuberって言ってるっぽいな。なんかここだけ翻訳がおかしいのかも、やっぱりアイドルは人間じゃないk」
「説明しようっ」
らぶはソファの上にぴょんと立ち上がり、僕をびしりと指さした。
「らぶとガクちゃんがカップルnewtuberになって、有名になります。
それはもう有名になって、スイセイに会えるくらい! それで、犯人が誰か直接教えてもらうの。
そうして犯人を直撃して、newtubeで暴露するのよっ! おーっほっほっほっ!」
らぶはソファの上で極めて劇的に説明をしてくれた。テンションが上がりすぎたのか、最後は悪役令嬢のように高笑いしている。
しかし彼女の言うカップルnewtuberとは、本当に僕の知ってるカップルnewtuberと同じらしい。
カップルnewtuberとはその名のとおり、最大手動画配信サイトnewtubeでカップルのプライベートなどを公開している、芸能人気どりで厚顔無恥なあいつらのことだろう。
うおっといけない、ついリア充爆ぜろの心が前にでてきてしまったぜ。
「落ち着け、落ち着け僕……」
全然全くもって意味が分からない状態だが、このままテンションに引きずられそうだ。その前に、ずっと聞きたかった質問をしなければいけない。
「ごめんね、ずっと聞きたかったんだけど」
「はい、ガクちゃんどうぞ」
「どうして、僕となのかな。というかどうして僕を探してたの。どうして僕を知っているの?」
「あ~」
先ほどの興奮から一転、らぶは明らかに答えにくそうにしてしまった。なんだか申し訳ないけどここは引けない。
「そ、れ、は」
「それは?」
「……えーっと、その~。か、かなめさんから、ガクちゃんのこと聞いたことがあったりしたような」
「え!? かなめから僕の話!?」
今度は僕がぶち上がる番だった。
僕の!最推しのアイドルが!裏で!僕のことに言及してただなんて……!
それをプライベートでメンバーから聞く衝撃たるや。もう僕はでれっとする顔を抑えることができない。
「え?! あ、そうそう、えっと、前にガクちゃんは誠実で信頼できる人だって言ってたりしたようなシテナイヨウナ」
「えっ本当!? かなめって僕のことそんなふうに思ってたの? そうかそうか。へへ」
「フ~アブナカッタ。 それに自分のヲタクのところに行くのも、ちょっとまずい気がしたし」
「そうだね。それはそうだよ! 実際危ない人もいるからね……て、僕もヲタクなんだけど」
「ガクちゃんはらぶに興味ないでしょ」
「え、興味ないっていうか……まあ確かに、僕はかなめ一筋だよ!」
「……ふんっ」
「あ、でも一回だけ堤さんと握手したこともあるんだよ、覚えてないと思うけど」
「覚えてるもん!!」
「またまた~僕にサービスしなくて大丈夫だって」
だから僕の最寄り駅も知ってたのか。あれ、僕かなめに最寄り駅の話したっけ?なんてデレデレ考えていると、らぶはぷくっと頬を膨らまして横を向いてしまった。
まずい、これは明らかに拗ねている……!?
「あ、もちろん、堤さんもとっても素晴らしいアイドルでいらっしゃり奉りますよねっ」
「もう、いいもん」
なんだか子供のような仕草が面白くて、つい笑ってしまった。
「わかった。僕にできることなら、なんでもやるよ」
「ガクちゃん!」
らぶは驚いてこちらを振り返った。僕の笑顔を見て、負けじとアイドルのように笑ってくれた。いや、アイドルなんだけど。
「よろしくね」
「うん!」
僕たちは固く握手した。アイドルとヲタクの握手ではなく、復讐の共犯者としての初めての握手といえるだろう。
ちなみに、僕へ。10分後にはこの判断を後悔することになります。
ヲタクの後悔先に立たず!