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2 ヲタクとは 現場以外で 出会うべからず


 都内の2LDK。駅遠物件。部屋数が多い分、一室あたりは狭い。そんな普通の世帯用のマンションの一室。

 今は僕しか暮らしていないリビングのソファに、アイドル堤らぶが座っている。

 なにやら物珍しそうに部屋を見まわしている。男の家に2人きりだというのに全く危機感のないその姿に、眩暈(めまい)がした。

 いやそりゃ僕なんて、僕なんて、アイドル様には何の脅威でもないでしょうけども……!!




 話は(さかのぼ)る――。





「見つけた…っ!」


 駅で僕の腕を掴んだのは、まさに今日スキャンダルが報じられたアイドル・(つつみ)らぶその人だった。もちろん、彼女と僕は()()()()()()()()

 いや、正確に言えば、互いに手を握り合って話をしたことはある――その名も握手会、だ。


 僕はアイドルヲタクだ。今や大人気の大型アイドルグループ『きらり、青春(アオハル)』略して『きらハル』不動のセンター・花橘(はなたちばな)かなめのヲタクである。

 6年前きらハルがデビューしたときから応援しているので、まあ控えめに言っても?、ゴホン、古参の一人といっていいだろう。ふふん。


 らぶが初めて選抜に選ばれた3年前に、彼女の握手レーンに並んだことがある。あの時、どんな会話をしたんだっけ。

 とにかく。アイドルとヲタク―――。握手会で手を握りこそすれ、こんな路上で出会うはずのない関係である。


「え、あ、あの、人違いじゃないですか」

「ガクちゃんだよね」



 らぶに()()()で呼ばれた。僕の名前は本来『学』と書いて『まなぶ』と読む。それを推しであるかなめがあえて『(ガク)ちゃん』と命名してくれたのだ。

 それから現場やSNS(もちろんヲタ垢)では『ガクちゃん』で通している。僕の誇り高きあだ名さ。


「な、なんで名前知ってるの……」


 突然の認知でありがたい話だが、訳が分からなくて固まってしまう。

 らぶはなぜ僕を知っている、そして、なぜ僕を探していたのか。

 

「とにかく、ここじゃまずいからお家に行こっ!」


 らぶは辺りを警戒しながら、僕の腕を引っ張って歩き出す。はたして頭は停止したままだが、彼女に言われるがまま自宅の場所を案内し、今に至る。







 いやしかし

 まじでかわいいな。


「なんか、光ってる気がする」

「ん?」


 ソファに座るらぶが眩しい。そうか、アイドルは発光体だったんだな。

 普通のリビングにいると、かえってそれがドラマの撮影のようにも思える。


「今日はハーフツインじゃないんですね」

「プライベートだからねぇ」

「そりゃそうですよね! すみません混乱してておかしなことを言いました」


 マスクを外した姿は、お決まりのハーフツインこそしていないものの、テレビで見るアイドル・堤らぶそのものだ。

 きゅるんと上に上がった睫毛、ぱっちりとした丸い目、ぷるぷるの唇。色素の薄い黒髪はサラサラで艶があり、緩く巻かれている。


 よく見れば、スキャンダルが報じられた時と同じショートパンツを履いている。す、素足が目に毒だ。


「くっ……!」


 これ以上見てはいけない。なんとか目を逸らす。




「も~ガクちゃん敬語やめてよぉ。さ、立ってないで座って座って!あ、その前にお水お願いしまーす。常温で」

「へ、へい」


 

 不躾な視線にも臆することなく、ニッコリと笑うらぶ。凄まじい愛嬌だ。はたしてここはらぶの家だったっけ。家主さながらの態度に気圧される。


 命令に従うだけのロボットと化した僕は言われるがままキッチンに向かう。コップに水道水を入れながら、はたと止まった。


「あれ、アイドルに水道水なんて飲ませていいんだっけ」


 駅から今まで機能停止していた頭が今やっと動き出した。そういえば災害用に保存してたミネラルウォーターがあった気がする。


「僕の人生で、今日が一番非常事態じゃないか」


 しかも常温だ!完璧だぜ!


 ペットボトルを片手に意気揚々リビングに戻ると、やはりソファにらぶがいる。カワイイな。じゃなくて、なんでここにいるのか。


「どどどどうぞ」


 水を彼女に渡すと、ソファとは反対側の床に座ることにした。

 まさかソファに相席するわけにはいかないからな。どう考えてもここが最適解だろう。


「ガクちゃん、ありがとう」


 らぶはにっこりと笑って礼を言った。水を飲むと、白い喉がこくこく動いた。




「あの」

「あびゃっ、電話かかってきた」

「はあ」


 意を決して話しかけたが、着信音に遮られてしまった。らぶはソファに座ったまま電話を始める。

 僕は話を聞かないように、キッチンで待機することにした。アイドルのプライベート電話なんて、国家機密と同等だろう。

 それに電話の様子からすると、明るい話題じゃなさそうだ。


「……大丈夫かな」


 らぶが電話を終えたのを見計らって、やはり僕の最適解・床に戻る。


「今の電話ね、マネージャーから。あ、元か。」

「え、元って」


 らぶはさっきと同じような笑顔を浮かべていたが、少し影のある声色をしていた。そしてそのうち黙ってしまった。自分のスマホを睨みつけている。


「……クビになった」

「く、び」

「も~!なんてこった~……」


 らぶの大きな瞳から涙がぽろぽろと零れだす。

 それが映画のワンシーンのようで現実味のない一方で、ひどく僕の胸を痛ませた。

 




 少ししてからティッシュの箱を差し出すと、そのティッシュをわんさか使ってえんえん泣いている。

 あんなブラックな事務所もう知らないだの、枕営業やらされる前に逃げられてよかっただの、――ヲタクとしては非常に聞きたくない、負け惜しみを言いながら。


「……」


 かける言葉が見つからなかった。泣き顔を正面から見るなんてかわいそうだから、僕は壁にかかっている時計に視点を合わせることにした。

 この部屋で動いているのは、彼女のほかにその時計の針だけだ。




 そうやってしばらく経ったころ


 「……はめられた」


 らぶの口から出た言葉に僕はぎょっとした。泣きはらした赤い目で、こちらを睨んでいる。僕の後ろに、今宿敵が立っているかのように。


 「らぶ、嵌められたの。絶対犯人捕まえて、とっちめてやるんだから。ガクちゃん手伝って」



 ……ん、ええええ!?

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