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12 賢さが 吉と出るのか 恋の乱





「あ、あなた……」


 どうして峯島さんがこんなところに?!

 知り合いに見つからないように、と郊外の花火大会を選んだつもりだったのに。

 いやっ、そんなことはもうどうでもいい!


 それ以上にまずいことがある。

 僕は咄嗟にらぶを背中に隠そうとする――が、もう遅かった。



「どうしてらぶちゃんが、こんなところにいるんですか……」



「や、やっほ~、らぶで~す」




 終わった~~~~~~~~ッ!!!!!!



 遂に遂に遂に、外でらぶの正体に気付かれてしまった。

 だから反対だったんだ!花火大会なんて!――って、もうそんなことを言っても仕方がない。


 らぶは僕の背後からひょっこりと顔を出して、少し気まずそうではあるが、峯島さんに笑って手を振っている。

 なるほどアイドル、街中で声をかけられることがたくさんあったのだろう。さすがの対応である。


 そんならぶを見たら、少し冷静になったような気がした。

 


 ――そうだ、まだ終わっていないんじゃないか?!



 らぶと僕は『()アイドルとヲタク』。うーん全く意味が分からないが、一緒にいてもおかしくない。おかしいけど。

 要は、僕がらぶとカップルnewtuberをしている『パンダ氏』だとバレなきゃいいわけだ。うんうん。

 幸い今日はパンダを想起させるような物は全くないし、きっとバレな



「先生、まさか……」


 ギクリ。


「先生が、らぶちゃんとカップルnewtuberをしているパンダの人なんですか?!」




 やっぱり終わってた~~~~~~~~ッ!!!!!!

 そうだよ、峯島さんって、めちゃめちゃ賢いんだよ!バレないわけないじゃん!




「……」



 もう何も言い返せなくなって、頭を抱えて黙り込んでしまった。

 不思議とらぶも峯島さんも何も言わない。




 嗚呼、僕の塾講師人生、

 22歳で就職して、もう8年経つのかぁ。

 長いようで短かった。


 たくさんの生徒を送り出したなぁ。真面目なやつもいたし、不真面目なやつもいたよなぁ。

 皆元気にしてっかなぁ。先生、もうクビになっちゃったよ――。





「あ、あの……先生。もしかして、私が塾にバラしてクビになるとでも思ってますか……?」



「え……? は、はい……思ってます……」



 嗚呼、やはり峯島さんは頭がいい。僕の思考を完全に読んでいる。僕の講師史上、峯島さんが一番真面目で優秀だったかもしれない。

 そんな彼女にバレてクビになるなら、本望かも――。



「もうっ! ちゃんと聞いてください。私は、誰にも言いません!

 大体、先生がクビになったら困るのは私だし……」


「えっ?!」


「ただ……」


「ただ……?」


「軽蔑します」



 上げてからの下げ!怒涛の展開に、頭がついていかない。

 塾にはバレない。クビにならない。でも峯島さんには軽蔑されている。


 全てを合計した結果、軽蔑というワードが重すぎて、計算結果はマイナスです……。






「えーっと、ガクちゃんの塾の生徒さんなのかな? お名前は」


峯島(みねしま)里佳子(りかこ)です。まぁ……先生の、『一番の』生徒みたいなものです」


 黙ってしまった僕に代わって場を繋ごうとするらぶに、食い気味に峯島さんが応答する。

 あれ、峯島さん、らぶにも怒ってる……?

 なんだか、ゴングが鳴った気がする。遠くで。

 

 『一番の』を強調する言い方に、らぶの片眉がピクリと動いた。

 

「へぇ。峯島さんは、一番の『生徒』、なんだ」


 らぶは僕の背後から出て、『生徒』を強調して言い返した。さっきの酔っ払いのときも思ったけど、らぶってすごい好戦的なタイプなんだな……。

 峯島さんに見せつけるかのように手を繋がれる。教育に悪い気がして焦るが、きっとカップルの演技が必要な場面なんだろう。振りほどくことはしない、一応。



「くっ……! わ、私の前ではカップルのフリをしなくていいですよ!

 だって、2人はビジネスカップルなんでしょう?」


 峯島さんは、少したじろいだが、すぐさま反撃してきた。



「えっ、どうして分かったの?!」

「ガクちゃん!」

「あ」



 すぐさま肯定してしまった僕をらぶが諫める。だがもう遅かった。

 峯島さんは、ニヤリと笑ってこちらを見ている。くそ、かまをかけられたのかっ。



「まあ、そうでしょう。先生は、()()に手を出すタイプじゃありませんから」

「こ、子供……?! ちょっと、らぶはもう子供じゃ」

「現役時代にサバを読んでなければ、18歳のはずですよね。『きらハル』のファンなのでわかります。成年年齢が引き下がったとはいえ、先生が恋愛対象にするのは少なくとも20歳以上でしょう。私の見立てでは」



 大体当たっていて、驚きを隠せない。そして今度はらぶが撃沈した。


 おいおい、峯島里佳子。賢すぎる――。




「でもいくらビジネスカップルだからといって、許せません。大体、恋愛禁止のグループでスキャンダルを起こしてクビになった人が、今度は先生に手を出すんですか?」


「ちょっと、峯島さん! それには訳が」


「っ、先生は黙っててください! 先生は……、あなたが弄んでいいような相手じゃないんです……っ。

 元アイドルなんだから、誰だって一緒にnewtubeやってくれるんじゃないですか……?

 もう……、私の先生に、関わらないでください……っ!」



 僕は峯島さんを諫めることに失敗し、らぶも何も言い返せなかった。


 言葉は厳しいが、峯島さんはスキャンダルを信じているのだからそう考えるのも仕方ないのかもしれない。

 ただでさえ両親の教えもあって、清廉潔白を地で行く彼女だ。自分にも厳しく、他人にも厳しい。

 彼女にとってらぶは、恋愛禁止のグループで熱愛スキャンダルを起こしてクビになり、そのスキャンダルの相手でない人物とカップルnewtuberになって炎上するグループの裏切り者――、そんなふうに考えているのかもしれない。らぶへの態度がきついのも、理解はできる。



 でも――


 実際には、スキャンダルは嘘で、らぶは嵌められた被害者だった。僕とカップルnewtuberになったのだって、その復讐の計画のためだ。

 でもらぶは計画を誰にも漏らしたくなくて、峯島さんにもうまく言い返せない。だから悔しそうに黙っている――。


 そしてらぶは、繋いでいた手をそっと離してしまった。不安なのだということが僕にはよく分かった。



 だから僕が、らぶを守りたい――。





「峯島さん……、それはできないよ」


 口を開いた僕に、らぶの肩がぴくりと反応する。


「事情は話せないけど、僕たちは絶対にカップルnewtubeで有名にならなくちゃいけないんだ。

 塾の講師として、許されないことだと分かっている。クビになったって仕方ないと思ってるよ。

 生徒の信頼を裏切ってしまって、本当にごめん」


「ガクちゃん……」


 離れてしまっていたらぶの手をぎゅっと握りなおす。らぶが僕を見上げる目が、赤く潤んでいた。







「……生徒の信頼……とかじゃなくて……」



 峯島さんは僕のきっぱりとした態度に、狼狽していた。その表情に、少しまずかったかなと思い直す。



「あー、でも、君のいうとおり僕と堤さんは本当にビジネスカップルなんだよ。つまり僕は若い子をそういう目で見るような大人ではないから、安心し」


「うーーっ……そういうことじゃなくてーーっ……!」


「ガクちゃんもう黙って、逆効果になってる」


 一層傷付いた姿を見せる峯島さんを見て、僕には分からない()()()を察しているらしいらぶが僕を諫める。

 あ、あれ……峯島さんは、僕が若い女の子にそそのかされてちゃっかりその気になって手を出そうとしてるヤバイ塾講師だと思って心配しているんじゃないのかな……?違った?



「……っ、もういいです! 先生がそういうつもりなら、分かりましたっ!」


「! ちょっと待って!」


 逃げるように立ち去ろうとする峯島さんを慌てて引き留める。



「っもう! なんですか! 先生がクビになったら困るから、絶対に誰かに言ったりしませんって!」


「あ、いや、そうじゃなくて。それはありがたいんだけど、もう暗くて危ないから送っていくよと言いたくて」


「うっ……、うるさいです! 私の両親は過保護なので、今頃GPSで私の場所を把握して迎えに来てます! ほらっ!」


 そういうと確かに、峯島さんが向かおうとしている方向に、車がちょうど止まった。こちらにパッシングする。

 ほえー、GPSで把握されているのか……。なかなか大変だ。


 そうして逃げ去ろうとする峯島さんを、次はらぶが止めた。


「あ、待って!!!」


「もう~~~っ! なんなんですか! 放っておいてください!!」


「里佳子ちゃん、芸能活動まだしてない? めちゃめちゃ可愛いよね?! アイドル興味ない?!」


「~~~~~~ッ!!! 堤らぶ、意味分かんないッ!!!!」



 た、たしかに。突然のらぶのスカウトに、峯島さんは顔を真っ赤にして捨て台詞を吐くと、今度こそ車の方へ走って逃げて行った。



「変な眼鏡してるけど、めっちゃ可愛いし、度胸あるし。アイドル向いてると思うんだけどなぁ」


「はぁ……。だとしても、今言うべきじゃなかったかもね」


「ガクちゃん! 大事なことはいつだってちゃんと伝えなきゃいけないんだからね?!」


 らぶがぷくっと片頬を膨らまして、こちらを見る。僕にはもう分かっている、これは怒ったフリだ。

 それが可愛らしくて笑うと、らぶもやっぱり笑った。




「大事なことは伝えなきゃいけない……というわけで、ガクちゃん。さっきはかばってくれてありがとう」


 峯島さんを乗せた車が走り去る。港には僕とらぶと、波の音。


「へへ、どういたしまして」


 改まったように言われるのが照れくさくて、僕は頭をかいた。








「それにしても、ガクちゃんって……鈍感だよね」


「ん?」


「言葉のナイフというものがあるなら、さっきのガクちゃんは殺人犯だったよ」


「んえっ?!?!」



 らぶは深刻そうな口調で言ってから、全く意味が分かっていない僕を見やる。そして、こりゃだめだと言わんばかりに呆れた顔をしてみせた。



 




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