恐怖の七不思議
「学校の七不思議を調べようよ」
そう言い出したのは友達のA子だった。
何か面白いことはないかと話していた最中のことである。
「学校の七不思議? そんなのあるの?」
「えっ、知らないんだ?」とA子は呆れたような顔。
同じく友達のB美が代わりに説明してくれた。
私、A子、B美の三人が通うZ中学。そこには、昔から学校の七不思議と呼ばれる怪異現象の噂があるらしい。様々な悍ましい怪異現象が起こるのだそう。
怪異の名前は判明しているが、詳細については二人も知らないらしい。
「で、その真偽を確かめるってわけ。どうせ明日暇でしょ? ちょっと行ってみない?」
A子の言う通り、七不思議は少しばかりおもしろそうに思えた。
それに今は夏休み。先生もそう遅くまではいないはずだ。
私もB美も賛成し、七月の終わりに七不思議探しをすることに決定した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日の夜暗くなってから、私たち三人は校門の前に集合していた。
「楽しみだね」とA子。
「なんか肝試しみたいだわ……」と不安げなB美。
私は「まんま肝試しじゃん」なんて笑いながら、彼女らと一緒に学校へ足を踏み入れた。
暗い学校には、私たち以外誰もいない。
靴音が廊下に響く度、私の背筋をゾッと寒気が襲った。何か出るかも知れない。そう思うと怖くて怖くてたまらない。
「もしかしてビビってる?」
「……っ、全然怖くないよ。A子の方こそ怖いんじゃない?」
できるだけ余裕を装いながら、私たちは奥へ進む。
怪異が出るのは廊下、理科室、音楽室、家庭科室、体育館、美術室、階段の踊り場。
一つずつ確かめていった。
まず『廊下の幽霊さん』。幽霊がため息を漏らしながら彷徨っているという話だが、実際には何もいなかった。
二番目の『消える骸骨』だが、これも見られなかった。
かなり残念であるが、夜中にただの人体模型を見ているだけで恐怖なことを知った。
三番目、『勝手に鳴り出すピアノ』。
これはなんと、昼間の授業用の音楽プレーヤーが鳴りっぱなしなままなだけだと判明。うっかり消し忘れる先生がいるのだろう。
四つ目、『爆弾ドッジボール』。
ドッジボールが爆弾のように体育館への侵入者を狙うと言うのだが、体育館は無人で無音だった。
五つ目は『包丁女』。
包丁を振り回しながら踊り狂う女がいるという話だったが、当然のように何もいなかった。
A子が深くため息を吐く。
「せっかくきたのにつまんないね。全部嘘っぱちじゃん」
「ま、まあ七不思議なんてそんなものよ。心霊現象オカルトを信じちゃダメ。絶対。怖くない」
B子は自分に言い聞かせるようにそう言った。きっと怖いのだろう。
一方の私はすごくホッとしていた。七不思議の内容を知ると恐ろしいものばかりだったから、そんなことが現実に起こったら恐怖どころの話じゃない。
「あと二つ、ええと」
「『聖母画の謎』と『夜泣き赤子』だね」
それぞれ美術室と階段の踊り場にいるという話だ。
私は半ば無意味だとは思っていたが、ここまで来たら確かめないわけにもいかず、A子とB美と一緒に美術室へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真っ暗な美術室を懐中電灯で照らす。
そして奥へ奥へと進み――見つけた。
にっこりと微笑む聖女の絵図。これが例の怪異だ。
「時間は十時にならないとダメなんだって。ちょっと待っとこう」
ちなみにであるが、私たちは今無断で家を出ている。
それぞれがそれぞれの家へ遊びに行っていると嘘を吐いているのだ。後で面倒臭いことになるのはほぼ確定だが、仕方ない。
ともかく十時まであと少しだし、待つことにした。
聖母の絵はなんだかとても不気味だ。
笑っているのに瞳が冷たく、衣服も青系統で寂しい。
何が起こるのだろう。きっと何もないとはわかっているのに、胸が早鐘を打ち鳴らしていた。
――と、その時。
最初に聞こえたのは笑い声だった。
ひきつるような、女の高笑い。それに私やA子、うとうとしていたB美までもが顔を上げた。
「いよいよ何か始まるのかな?」
嬉しそうなA子に対し、B美と私はとてつもない恐怖に震えた。
「なっ、何……?」
「まさか、本物?」
しばらく女の声が続き、やがて信じられない出来事が起こった。
絵画の聖母が画面から抜け出し、グーッと身を乗り出してきたのだ。
血の気が引く感覚。あまりの恐ろしさに声も出ない。
ビビりのB美はもちろん、さすがのA子もおかしさに気づいたのか頬を固くする。
絵画から抜け出した聖母は、ヒタヒタと足音を立ててこちらへ向かってくる。そして紅で彩られた唇を歪めた。
にたにた。にたにた。
にたにたにたにたにたにたにたと。
「夜中の学校で遊ぶなど、なんと不謹慎なことでしょう。……罰を」
直後、猛烈な勢いで走り込んできた聖母。
B美に飛びかかると大口を開き、彼女の喉元に噛みついた。
がぶり。
B美は苦鳴を上げる暇もなく、喉から血飛沫を撒き散らす。
たった一撃。しかしそれが瞬く間にB美の命を刈り取ったことは明らかだった。
……わけが、わからない。
全部嘘っぱちじゃ、なかったのか。どうして絵の中からこんな化け物が――?
「あああぁぁぁぁぁ――!!!」
無茶苦茶に叫びながら、A子が私の腕を引っ掴んで走り出す。私はすっかり腰が抜けて、彼女に引きずられるままになった。
美術室を出て、廊下へ。
「罰を、罰をぉ!」
B美の頭をがぶりがぶりとやっていた聖母が、今度は私たち二人の方へやってくる。
私はもう怖いどころではなかった。気が狂いそうだった。こんなことが実際にありえるだろうか。
聖母の形相は鬼のようだ。ローブを振り乱して、こちらへ食い付かんとばかりに距離を縮めてくる。もうすぐ追いつかれそうだった。
「く、くるなあっ!!」
A子が聖母へ何かを投げつけた。誰が置いたのかは知らないがハサミが落ちていたのだ。
それが見事胸に突き刺さり、聖母が呻いた。
そのままゆっくりと身を横たえ、血に沈む。やがて空気に溶け込むようにしてその姿は消失していた。
あまりの異常現象に、呆気に取られる私たち。
もうどこにも聖母の姿はない。ということは――。
「た、助かった、の?」
私は頷いた。
けれど先ほどまでのあれは幻でも何でもない。だって私たちはB美の死に様をはっきりと見たのだから。
思い返すと同時、恐怖と吐き気が同時に込み上げてきた。
「逃げなくちゃ、また来るかも知れない……っ」
A子は今度は私をおぶって走った。
廊下を駆け抜け、突き当たりまでくる。
そして階下への階段を降り――。
「……ぁ」
階段なんか降りるんじゃなかったと、後悔した。
高く響く泣き声。すすり泣きなどではなく、幼子が上げるそれだ。
そして声の方、そこには真っ黒な、どこまでも真っ黒な赤子が、空中にふわふわと浮遊していた。明らかにただの赤子……というより人ではない。
「『夜泣き赤子』っ」
私は泣きたくなった。
ただ、家を抜け出しえt肝試しに来ただけ。それなのに、どうしてこのような理不尽に対面しなくてはならないのだろう。
こんなところ、来るんじゃなかった。
死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
「おぎゃあん。おぎゃあん。おぎゃあん。おぎゃああああああああああ」
赤子は急に叫び出すと、ふわふわと私たちの方へやってきた。
A子も私も体が動かない。赤子はA子の方へ行き、彼女の胸へ収まると……。
「おぎゃぎゃぎゃっ」と笑いながら、服越しに彼女の乳首を、噛みちぎった。
A子の口から、この世の地獄のような雄叫びが上がる。
赤子を振り落とそうとするA子。しかし赤子はしぶとくて、爪がA子の腹に食い込んだ。もう片方の乳首を吸う。風船が破裂するかのように乳房が割れ砕け、鮮血が溢れ出した。
「うあっ、あ、あ……」
A子が崩れ落ち、私も背中からずり落ちる。
彼女の次は私だ。あのように貪られて殺されるのだ。
それだけは嫌だった。
A子のことなんか置き去りにして、ただひたすらに逃げることだけを考えて。
走って走って、走った。
耳に残る赤子の泣き声を無視して、駆け続ける。
何かにつまずいてこけた。何かと思えば目の前に幽霊がいた。
「はぁ。せっかく寝てたのに、うるさいから出てきちゃったじゃないか」
七不思議の一つ目、『廊下の幽霊さん』。まさにそれだった。
私は涙目になり、地面を這うようにして逃げた。
ピアノがギャンギャン鳴っている。あれも幽霊なのだろうか。
目の前に骸骨が現れてケタケタ笑い消えていく。
ドッジボールが跳ねる音が聞こえた。いつの間にか包丁を振り回す女が追っかけてきていて、無我夢中で這いずり回る。
私は気が狂ったのだろうか。
涙と鼻水と涎と糞尿と、色々なものを垂れ流して逃げ続けた。
そしてやっと校門まで辿り着いた。ここを乗り越えれば全てが終わる、そう思った瞬間だった。
恐怖に追いつかれたのは。
「おぎゃあん。おぎゃあん」
赤子の泣き声がして、乳首に激痛が走る。
見ると右の乳房が砕け、血が噴き出しており――。
「きゃ――――!!!」
高い悲鳴を上げ、私の意識は暗転した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めると、そこは自室だった。
まだ時刻は夜中の十時過ぎ。目を擦りながら私は寝ぼけた頭を動かす。
そして気づいた。
ああ……夢、だったのか。
明日が本当の肝試し。
今日はそれが気になっていたのか、悪い夢を見ていたらしい。実際にはあんなこと起きていなかったのだ。
「連絡して明日はやめようかな」
まだあの嫌な感覚が残っていて、とても明日は肝試しをするような気にはなれない。
もしかするとあれが正夢になるかも知れないのだ。体の芯がぶるりと震えた。
そんなことを考えながら布団へ顔を突っこむ。早くこんなことは忘れよう。
瞼を閉じて眠ろうとした私の耳に、突然背後からの声が、届いた。
「おぎゃっ。うぎゃぎゃっ」
そんなはずがない。
そう思いたいのに思わず振り返ってしまい、それを目にする。
嗤う赤子がこちらを見下ろしていた。
最高のご馳走を見つけた時のような、楽しげな様子で。
――悪夢はまだ続いているのだ。
これは、あらすじにも書きましたとおりたこす様主催の『第二回 この作品の作者はだーれだ企画』用の作品として書いたものです。
企画が終了しましたので、アップしました。
最後の挿絵は秋の桜子様作成のバナーでございます。でもリンクにはなってません。ただの挿絵として使わせていただいております。
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