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妹は経験を終えて

 おれもあいつも外に出かけていた日曜日。

 おれがラブホで説教されているとき、あいつは彼氏とデートしてたはずだ。

 なのに……

 スマホの画面を指でつまんで、もどして、をくり返す。


(やっぱり、ここにいるのは(ゆう)だ)


 ふわっとした黒髪のショートといい、身長といい、服装といい、まずまちがいない。


(デート行ったってウソだったのか? ちょっと本人に確認を――)


 って、待てよ。

 しれっとスルーしとくのがよくないか?

 それが正解だろ。

 それにこの写真は盗み撮りだし。フェアじゃない。

 いやでも……遠回しにさぐりを入れるぐらいだったら……。

 だめだ。

 おれのモットーは〈女の子を疑わない〉だっただろ?

 しかし気になる。なりすぎる。


(デートデートデート……)


 暗示をかけるように心の中で何度もくり返して、あいつの部屋の前まできた。

 こうなったら、あいつの口から今日のことを話してもらおう。

「デート楽しかったよ」ってひとこと言ってくれたら、きっとこのモヤモヤは晴れる。


(ん?)


 ドアごしに何かがきこえてくる。

 すん、すん、と鼻をすする音。

 ガキのころから元気のカタマリで、花粉症もないし、めったにカゼもひかないのに。

 あいつ……もしかして泣いてるのか?

 じゃあ、その理由って――――


(―――やばっ!)


 ドアの横につんであるダンボールに体があたってしまった。

 そのてっぺんにあった、バドミントンの大会のトロフィーが床に落ちる。

 けっこう派手な音がした。

 勇にもきっと届いただろう。


「……誰かいるの?」


 立ち聞きがバレた。

 いや、もともとそんなつもりはなかったんだが。

 返事もせず、おれは足りない頭をフル回転して、これからの展開を考える。

 ドアがあいた。


「やっぱ正か」あきれたっぽく言う。「なにしてたの?」と、いつもどおりの顔で首をかしげる。

「え、えーとな……これって正しいのかなって……」

「はい?」


 視線をはずした先に、ぴったりのものがあった。


「ドアのネームプレート! おまえ〈Y・O・U〉ってつけてるけど、これだとさ……ヨーじゃね?」

「いいでしょ、べつに」

「ワイとユーじゃないのか?」

「雰囲気だからいいの。こっちのほうが絶対かわいいじゃん」


 YOUの〈O〉の中には、蛍光ペンでニコニコした顔を書きこんでいる。

 たしかに、こっちのほうがめっちゃ勇らしい。

 てか、さっきまでの鼻すんすんはどこへ消えた?

 テレビか動画の音を、聞きまちがえたのかな。


「それもそうか。じゃ、これで……」


 おい、とパジャマのすそをつかまれた。

 身長差のせいで、あいつの胸の谷間がシャッと一瞬だけみえた。

 やや首回りのゆるくなった白Tにうすいピンクのショートパンツ。


「ほんとの用事は、なーに?」イタズラっぽく目をほそめる。

「いや……」

「ききたいことがある、って顔に書いてるよ?」

「まじか」


 わざとらしく、自分の顔をペタペタとさわってみせる。

 無言でジト目された。

 ユーモアとかお笑いの方面も、おれは0点だからな。

 あのな、と前置きして、


「今さ……なにしてた?」

「はい、兄貴失格」


 勇は胸の前で両手でペケをつくった。


「干渉しすぎ。ふらっと妹の部屋にきて、そんな質問していいのは小学生までだから」

「シスコンって言いたいのか?」

「シスコンっていうかオサコンっていうか……」あ、と勇は眉毛をあげる。「オサコンは幼なじみコンプレックスの略だよ。あしからず」

「おれはべつに……」


 勇がおれの腕をとった。


「ま。なにも出ませんけど、どーぞ」


 部屋に入れられる。

 あわい黄色をベースにした女の子らしい部屋。

 妹の部屋だ。年が明けて春がきたら、勇は正式におれの妹になる。

 クッションに座りながら問いかけた。


「デート、どうだったんだよ」

「気になるの」

「なるよ」


 みじかい時間、なんか勇の体がピタッと止まった気がした。

 あいつは学習机の前にいる。


「一応、おれはおまえの兄ちゃんになるんだからさ」


 ふーん、とつまらなそうにつぶやくと、机の引き出しをあけて何かを取り出した。


「ほれっ。今日は、これ見てきたよ」

「え……?」


 ローテーブルの上に置かれたのは映画のパンフレット。

 有名なマンガを実写化したっていう、いま話題のヤツだ。


「ま、まじか」

「そんなにおどろく? 正もみたかったの?」


 いや、おれがおどろいてるのは〈そっち〉じゃない。

 だいたい、こういうものは実際に映画館に行かないと手に入らないからな。


「まじでデートしたんだな?」

「……なんの容疑やねん」


 と、勇はおれの肩をシバいた。

 ちょっと笑ってる。

 はは……やっぱおれのトリ……なんだっけ、トリなんとか苦労だったわけだ。よかったよかった。

 勇、とおれは顔をしっかり見ながら言う。


「あれ……なんていうんだっけ。出会ったらヤバいっていう……自分とうりふたつの」

「ドッペルゲンガー?」

「それだ!」

「それが何?」

「無事でよかったな、勇」

「?」


 おれは立ち上がった。

 すると、出窓のとこにあるミニサボテンが目にとまった。

 白い、バドミントンのシャトルみたいな花をつけている。


「アンタこそ、どうだったのよ? もう彼女と最後まですませちゃった?」

「すませる? それってエッチのことか?」

「直球かよ……。なんのためのオブラートかわかんないじゃん。まっ、こういうのが正らしいか」

「してないぞ」

「えっ」

「おれは小波久(こはく)家の家訓をちゃーんとまもってる。心配するな」


 心配とかじゃなくて……と、うつむきながら言った。聞きとりにくい小声で。

 一秒か二秒後、勇は顔をあげた。

 20センチの身長差でおれたちは目を合わせる。


「そう。じゃあ、お赤飯はまた今度だね」

「そんなのいらねーよ。ふつうの晩メシでいい」

「なに言ってんの。お祝いはしてあげるよ? 幼なじみとして」


 お祝い、か。


「正にはじめての彼女ができたときも、私、シャンメリ買ってお祝いしてあげたでしょ?」


 その言葉で、そのときの光景を思い出す。

 おれの部屋で「カンパーイ!」と、あいつはふだんよりも明るい声で言ってたっけ。

 意外だった。

 勇だったら、怒るかと思ってたのに。「バカ!」って。

 ん?

 あらためて考えたら、どうして勇が怒るんだ?


「……おれもするよ」

「お祝い?」


 想像した。

 その最中っていう生々しい映像じゃなくて、彼氏がとなりにいて、おれににっこりと微笑む勇の姿を。 

 あまり祝福できるテンションじゃない自分を。


「いや。できないかもな」


 正直に白状した。

 正直すぎたか?

 ヘンな空気になるのを()けるために、おれはあわてて質問を投げる。

 

「そっちは、もうやったのか?」

「ひ・み・つ」


 つ、のところで、ちっちゃいジャンプをして後頭部をたたかれた。

 手加減がわかる弱い力だ。

 エッチ関係の話題は、こうやって勇はいつもはぐらかす。

 おれは部屋を出た。


(ひみつか)


 ドアのネームプレートをみながら考える。

 はぐらかさなかったとしても、それはそれで困るのかもしれないな、と。


 ◆


 次の日の朝。

「ゆう」からラインがきた。

 幼なじみと同じ名前の女の子。


 ――駅で会えません?


 と、いう内容。

 待ち合わせの場所以外に、詳細はない。

 おれは家を早めにでて、学校がある駅の一つ手前のその駅に向かった。


(ゆう)ちゃん」 

「センパイ‼」


 まわりの視線も気にせず、情熱的なハグ。

 彼女の両足が宙に浮くぐらいのいきおいで。 

 

「会いたかった……センパイ! やっぱりセンパイは死ぬほどかっこいいですっ‼」

「はは」


 おれは苦笑いをかくしつつ、優ちゃんにきく。


「兄貴は?」

「ぶー。今はあんなヤツはいいんですぅ」


 そう言って、ほっぺをふくらませた。

 この子の兄は、おれの友だちの紺野(こんの)

 この子は、おれが告白した7人目の女子。


「えーと、じゃ彼氏は?」


 もちろん、この子もおれをフッている。

 理由は〈幼なじみにコクられた〉から。

 それなら、と、おれはむしろよろこんで身を引いたんだが……


「わかれました。でも……ヤツとは、ひととおりすませましたからっ‼」


 ぶー! と頭の中のおれが液体状の何かを口から吐いた。

 す、すませた、だと⁉


「もう一人前のオンナなんです。センパイ――」


 駅前はまあまあのビル街。

 ビルの間をふく強風が、彼女のポニーテールをくるりと回転させた。

 目の前にいるのは、中三のポニテ女子。

 胸の前でお祈りのように手を組み、人目も気にしない大声でこう言った。



「抱いてくださいっっっ‼」



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