表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

見たくないの向こうがわ

 めずらしいことはつづく。

 病室のばあちゃんからラインがきた。

 っていっても、ばあちゃんはスマホをもってない。(ゆう)のお母さんが代理でおくってるみたいだ。


 ――ばあちゃんは元気ですよ。

 ――気にしないでね。


 すかさず「お見舞いにいくよ」と返したが、「いいから」と返ってくる。

 そのラリーがしばらくあったあと、勇の話題になった。


 ――勇ちゃんはいい子よ。ほんとにいい子。


 おれは、そこで返せなくなった。

 スマホをポケットにしまう。

 おれ、最低だよ。

 その〈いい子〉を、ついさっきキズつけたばっかだ。


(しかしなんで……水緒(みお)さんはおれにいきなりキスしてきたんだ?)


 プラス、なんであの場につごうよく勇がいたのか。

 まるでキスの現場を見せつけるのが目的みたいに……いや、考えすぎか。

 おれはバカだが、バカなりに気をつけていることがある。

 それは〈女の子を疑わない〉ってことだ。疑うのは最後の最終手段。

 きっと、ただの偶然だ。うん。

 

 おろろ?


 図書室に荷物をとりにいって、食堂前のベンチになんとなく座っていたら、奇妙な声。

 このクセのある感じは……


「陽キャだ。陽キャがおる」


 小学生なみに背がひくく、さらに結び目の高いツインテールにしてて強調されてる子どもっぽさ。

 小学生にあがる前っていっても、通用しそうだ。


「部活、今日からはじまっておるぞ?」

「そうだっけ」

「正よ……おぬし、なんぞあったんか?」


 なのに、しゃべりかたはなんか年寄りくさい。

 見た目と中身にギャップがあるヘンな女の子。

 片切(かたぎり)さんだ。


「泣きすぎて、目がはれておる」


 えっ、とおれは目元を確認する。


「ほい、ひっかかった」

「いやおまえ……文化祭でやった老婆(ろうば)の役がまだ抜けてないのかよ」

「抜けるのに、半年はかかる」ぐっ、と片切はなぜか親指をたてた。「わしは憑依型(ひょういがた)じゃからの」

「そういやいつだったか、おまえの口調を勇がマネしてたぞ。あいつ、モノマネが好きだから」


 そんなことより、と片切はおれの二の腕をとった。


「部活にいくぞい。ほれほれ」


 両手で、よいしょ、よいしょ、とまるで大根を引き抜くがごとくがんばっているが、おれの体はうごかない。

 ちっちゃいながらもソフトな感触が、テンポよく二の腕にあたってくる。


「あんま……気分じゃないっていうか」

「ばかもん。そういうときにこそ部活じゃろが」

「うーん……」


 けっきょく押し切られた。

 第三校舎の三階に移動する。

 なんのヘンテツもない部屋の前にかかる、表札みたいなやつには、


 演劇部


 と、解読できないぐらいの達筆で書かれていた。

 すべての部活の中で、もっともおれにふさわしいと思える部。

 ただ、セリフのおぼえがめっちゃわるいから、まだメインどころの役は一回もやったことがない。


「うーっす……って」おれは部屋の中を見わたす。「誰もいないじゃん」

「それはそうじゃよ。今日は活動日にあらず!」堂々と胸をはって、両手を腰にあてた。「すこしばかしケイコをつけてやろうぞ」

「やっぱ帰るか」

「待て正よ」片切はこうしておれを「(しょう)」と呼び捨てる。違和感はない。こいつは一応、元カノだからな。「おまえを見ていていつも思うことがあってのぅ。おまえは――足りん!」

「足りん?」

「みよ、そこの鏡を」


 みた。

 そこにはスーパーイケメンがいる。

 ファッション雑誌でよくあるようなポーズをとってみた。

 モデルに負けないほど、かっこいい。


「な? 一目でわかる、モテモテの陽キャじゃろ? なのに、当の本人にモテのオーラがない」

「はぁ? オーラってなんだよ」


 ずばりいおう、とこいつが前置きするときは、いつもロクなことをいわない。

 今回もそうだった。


「おぬしはな……ドーテーくさいっ‼」


 ぱぁん、と見えないハリセンでたたかれたような感覚。

 すなわち音のみで痛くない。ダメージはない。

 片切はすたすたと窓際まで歩いて、カーテンと暗幕(あんまく)を手にとり、しめている。

 センサーが作動して、部屋の電気がついた。


「しょうがないだろ……そういうことしたら、カンドウされちまうんだから」

「感動か?」と、片手で涙をふくようなアクションをする。カーテンをしめきると、またおれの近くにきた。なんかラムネみたいな香りがするヤツだ。

「そうじゃなくて、エンを切るほうの意味」


 これは小波久(こはく)家の家訓だ。

 きちんと責任がとれるようになるまで、女の子とはするな。

 父さんも、その父さんも、そのまた父さんも、おれぐらいの年で女の子を妊娠させて、えらい目にあったらしい。……それは自業自得だと思うんだけど。とにかく、家の決まりでそういうことになっている。


 片切が、また一歩、身を寄せた。


「家訓など破るためにある。今日は誰もここにこない。な?」

「え」

「するぞ」

「え」

「女に恥をかかすな」


 押し倒された。

 おれの半分の体重ぐらいの、小柄な女子に。

 片切ははやくも制服の上着をぬぎ、赤いリボンタイに白いシャツの姿。黄色いブラジャーが、うっすら透けている。


「どうした正? おぬし……はやカンネンしたか?」

「片切」おれは彼女の目を、ひくい位置からまっすぐ見上げた。「これは正しい恋じゃない」

「……言いおる」

「照れかくしで演技すんのもやめろ。おれにはわかってんだぞ?」


 はぁ、とあいつが吐いた息で、おれの前髪があがった。


「ときどき、キミはするどいよ。正。私が、告白をオッケーしただけのことはあるね」

「おまえも、おれが告白しただけはあるよ。おまえなりの元気づけだろ? どうせ誰かから朝比(あさひ)さんのことを聞いたんじゃないのか?」

「ビンゴ」


 と、あいつはおれの頭をくしゃくしゃとやる。

 鏡でその乱れを直している間、片切はカーテンをあけにいく。

 その何歩目かで、ぴたりととまった。


「片切?」

「正。こい。はやく」


 高速の手招き。


「どうしたんだよ?」


 無言で、窓の外を指さす。

 そこには自転車置き場があって、生徒もそこそこいる。

 まちがいさがしも、メガネの人をさがす絵本も得意じゃないのに、ふしぎとすぐに見つかった。

 屋根と屋根の間に、その姿がみえる。


(勇)


「正。あの、勇ちゃんのうしろにいる坊主頭のアレは」

「彼氏だ」


 勇と同じクラスの野球部。

 人となりは、なんとなくあいつから聞いてる。おとなしくて紳士的――みたいに言っていたが……


「おろろっ?」


 片切が声をあげる。 

 自転車が横倒しにたおれた。彼氏のほうの自転車だ。そのままあいつの両肩をつかみ、強引に、背中を向ける勇をぐるっと回す。


「これは……やっちゃう流れ?」

「やっちゃう?」

「ドンカンだね、正」ちゅっ、とおれに投げキッスをした。「なんか、坊主くん、ちょっとおこってるように見えるなー」


 そりゃあ……自分の彼女が誰かに泣かされそうになったら、おこるのは当たり前だし。


「で、勇ちゃんもそんなにイヤがってない感じ。キスするかどうか、ジュースかける?」

「バカ」

「ほら、ゆっくり二人の顔が接近してる」


 おれは窓から視線をはずす。


「もう帰るからな」

「あーーーっ‼」


 びくっ、とおれのからだが緊張したのは、たぶんこいつの大声のせいじゃない。


「うわぁ……」


 おれの体はうごかなかった。

 すこし首をうごかし、すこし目線をうつすだけでいいのに。


「急展開。あっちゃー、あんなことになっちゃうかー」

「片切」

「ん?」

「その……勇のやつ、どうなったんだ?」

「知りたい?」


 知りたいと知りたくないがおれの心の中でケンカしてる。


「正。どうして自分の目で見なかったのかな?」

「……」

「じつは私がキミをフッた理由も、そのあたりにあるんだよ?」


 おれは演劇部の部室をでた。

 昨日の児玉(こだま)じゃないが、酒でも飲みたい気分だ。もし酒ってやつが、このモヤモヤをきれいに吹き飛ばしてくれるんなら。

 なにやってるんだ、おれは。

 大事な幼なじみをキズつけて、その幼なじみの彼氏をおこらせて、あいつらのキスから目をそらして。

 なにやってるんだ……


(かっこよくねー。これがおれかよ)


 帰り道で、ケーキ屋のショーウィンドウにうつる自分の姿は、どこかなさけない。 

 ……! いかんいかん!

 頭のよくないおれが落ちこんだところで、どうせラチはあかないんだ。

 せめてポジティブにいこうぜ!

 にっ、とまず笑顔をつくった。

 うん。わるくない。いい顔だ。


「いい顔だな。小波久(こはく)


 幼稚園のときの女の先生と同じにおいが、そよ風にのって流れてくる。

 みると、スクールバッグを後ろ手にもった水緒(みお)先輩が立っていた。

 相変わらず、この人と話すときは、視線をバストのほうに下げないようにするのに苦労するよ。


「明日、なにか予定はあるか」

「いえ。べつに」

「じゃあ私とデートだ」


 有無をいわせない強さで、水緒さんは断言した。

 ちょうど彼女の真後ろの高いところに、太陽がある。

 地面にのびる彼女の影さえ、おどろくほどスタイルがいい。


「いいな?」

「まあ……いいですけど」

「コースは私がきめる。小波久は体調をととのえておくだけでいい」


 そして、彼女はさりげなく言った。

 食べ物や飲み物を「一口ちょうだい」ぐらいの気軽さで。



「おまえの童貞をくれ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ