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あいつはノーガード

 ばたん、ぶーん、という音が頭のうしろで聞こえた。

 頭の斜め上では、(ゆう)がかみつく前のネコみたいな顔で遠くをにらんでる。


「おちつけよ」


 おれは地面にあぐらをかいたままで言った。


「ナイスビンタ。脳がシビれたぞ……いてて……。しかし仕上がってんなー、おまえの体」

「…………エッチな意味?」


 なんでだよ、とおれは立ち上がる。

 おれは177。幼なじみのこいつは157。その差はぴったり20センチ。


「ぶたれたのがおれでよかったよ。朝比(あさひ)さんにこんなハードなやつ、絶対にダメだ」

「あさひ……、あっ」


 何かを思い出したように、えんりょもなくおれの制服に手をつっこむ。

 くすぐったい。

 その動きがとまったかと思うと、


「ロック解除。ほら急いで!」


 スマホを警察手帳みたいにおれにつきつけて、そう言う。

 わけもわからず、おとなしくそうする。


「えーと、あさひあさひ……」

「なにやってんだ?」おれは画面をのぞきこむ。

「削除とブロック! あったりまえでしょ!」

「そこまでしなくても……べつに彼女、わるいことしたわけじゃ……」


 (しょう)、とおれの名前を言いながらこっちに向く。

 顔はマジ。


「しつこく言い寄る男子をおっぱらうためだけに『よりをもどそう』とかいって、実際はクルマ持ちの本命彼氏がいて、あまつさえ『私もガマンするから』とかぬかしやがったんだよ?」

「……」

「友だちとして、ガマンできなかった。つい……カーッって熱くなったのよ」

「だからって暴力はダメだろ」

「そこは同意する」スマホから片手をはなして、びゅん、と風を切ってビンタのようにふる。「あれ、まじで当てると思ってた?」

「え?」

「す・ん・ど・」その手が上に伸びて、おれのひたいを人差し指で押した。「めっ! だったんだから」

「説得力ねーよ。完全にフルスイングだったじゃん」

「はい。返す」


 手渡されたスマホをながめる。

 もう、ここには彼女のデータはない。たぶん。


「正。肩が落ちてる。ほら、ちゃんと胸はって。イケメンが台無しだゾ?」

「お、おう……」

「あんな子のことは忘れて、新しい恋をさがす。おけ?」


 スマホの真っ黒なスクリーン。

 そこに映るおれの顔。

 自信がよみがえってきた。ナルシストでけっこう。


「やっぱり、カッコいいぜ……ホレボレするよ」

「よしよし。正はそれでいいの。ねっ?」


 すこし首をかしげて、すこし笑った顔でいう。

 パシャッ――と心のシャッター音が鳴った。

 また、幼なじみの思い出の一枚が追加されたみたいだ。

 ショートカットの前髪が風になびいている。


「ところで勇、おまえ何してたんだ? めっちゃタイミングよく出てきたけど」


 ひく、と笑ったままでくちびるの端っこがひくついた。


「え? えーとねー、正の姿みかけたからスパイしてやろうと思って……」

「いつから?」

「いつからでもいいじゃん」ぷぅ、とほっぺがふくらむ。

「彼氏は?」

「あいつは自転車通学だよ。知らなかった?」

「でもたまに、駅までいっしょに歩いてるだろ?」

「ミョーに()めてくるねー」


 と、勇は歩き出す。

 学校から駅までは、だいたい徒歩10分。


「テストできた? って、できるわけないか。正は全教科、まんべんなく不得意だもんね」

「勇」


 おれは立ち止まった。


「……なに?」 


 おれは真剣にみつめた。

 まちがいない。これは。


「じっとしてろ」

「えっ」


 ウワサではきいたことある。

 でも実際に目にしたのは、はじめてだ。


「そのまま……」

「ちょっ。肩つかむなっ!」


 おれは勇のキャシャ――運動部のエースにしては――な肩をもつ手に力をこめる。


「こんなところに、いたんだ」

「アンタねぇ……」

「おれ。ずっとさがしてたんだよ」

「……」


 えっ。

 どうしてかわからないが、いきなり勇が目をつむった。

 気持ち、あごをあげて。


「いいのか?」


 ん、とかすかな息の音。


「ほんとにいいのか?」

「しつこい」と、ささやくような小声で言う。「いいから……正だったら……」

「おでこにテントウムシとまってるんだぞ?」


 ひぃっ⁉ と表情だけで悲鳴をあげた。


「とって! バカ! はやく言えっ!」

「はいはい」


 手をうちわのようにして、テントウムシに風を流すと、そいつはすぐに飛んでいった。

 珍しかったなぁ、冬場のテントウムシ。子供のころに読んだ図鑑に『成虫のまま冬を越す』って書いてたから、いっぺん見てみたかったんだよ。


「もういったぞ」

「もー」何度もおでこをさわりながら、うらめしそうな目を向ける。「バカ……」


 その帰り道、勇は話しかけても口をきいてくれなかった。


 ◆


 やっと期末テストが終わった。

 今、カラオケボックスにいる。

 

「災難だったな」


 友だちの紺野(こんの)と、


「女ってこえーよなー」


 児玉(こだま)

 二人とも、おれが朝比さんとエンを切ったことを知っている。

 その反省会というか残念会というか、今日のカラオケはそんな感じだ。


「女ってよぉ……」


 と、児玉がコースターがくっついたグラスをあげる。中はウーロン茶。


「あーあ。カラんなっちった!」

「飲み放題だからってどんだけ飲むんだよ」

「うるせーなぁ! だからおめーは女にナメられんだよ、正」インターホンをとり、「あー、ウーロン茶。ソッコーで」がっちゃん、と大きな音をたてて受話器をおく。

「おいカズ」と、紺野が見かねていう。「態度がわるいぞ。店員さんに失礼だろ」


 知らねーし、とどかっとソファに座った。

 店員さんがきた。

 ウーロン茶をおいて、空のグラスをとって部屋をでていく。


「うぃー」

「まてカズ」紺野が制止する。「正。ちょっと味見してくれ」

「えっ?」

「なんか、おかしい気がしてたんだ」


 グラスの中を一口のんだ。

 味は……ふつうのウーロン茶……か?


「いいか?」紺野がおれからグラスをとる。「あっ! やっぱりだ! これ酒はいってるぞ!」


 うぃー、と顔を赤くした児玉が返事ともつかない声をだす。


「ちょっと文句いってくる。……ただのミスとは思えねーな。こいつの態度がわるかったから、たぶんわざとだ」


 紺野がおこった顔で出ていった。

 おれは部屋に残り、児玉のとなりに座る。


「……ふーっ」


 なるほど、よくみるとちょっと顔が赤くて、息もヘンなにおいだ。


「大丈夫か」

「おーっ!」と、こぶしを突き上げる。


 室内は、誰かの曲が流れていた。女の人の、しっとりした曲。


「つれーよなー、正。おれ知ってんぜ? おまえがフラれっぱなコト……」

「つらくないよ。それに、フラれるのは全部、おれのせいなんだから」

「ちげー」児玉は片手で自分の顔をおさえて、首をふる。「ちげーちげー」


 おれの悪友、児玉和馬(かずま)

 前髪をツンツンさせた短髪で、黒くてふちの太いメガネをかけているという、ぱっと見ではスポーツマンなのか勉強できるヤツなのかわかりにくい男。


 モテる。


 おれが知ってるかぎり、こいつの彼女が途切れたことは一日もない。

 すなわち、一人と長くつきあうスタイルじゃないってことだ。


「正はなーんも、わるくねー」

「おい」

「なーんも、これっっっぽっちも」

「おいって」

「はぁ~、たくましい胸板(むないた)だぜ~」


 しゃべりながら制服の上着をぬがしてきて、おれの胸にほっぺをこすりつける。

 なんだこれは?

 これが〈酒グセがわるい〉ってやつなのか?


「おれ、もしかしたら、正のこと……好きかもな。くだらねー女なんかよりも」


 ぴたっ、と室内のBGMが停止した。


「くだらなくないだろ。おまえの彼女が聞いたら悲しむぞ」

「正!」


 トビウオみたく、クチをつきだしたあいつが、体ごとおれに飛びかかってきた。

 なんて情熱的なんだ。

 とっさにスマホでガード。

 デジャブ、ってコトバだっけ。

 前もこんなことがあった。

 朝比さんの次に告白した女子。あの子もカラオケボックスで、こんなふうに熱烈にアタックしてきたんだ。

 あのとき、もしガードなんかしなければ……


「んなことされたら、キズつくだろぉ~、正~」


 彼女をキズつけて、フラれることもなかったのかもしれない。

 でも、体が勝手にうごいたんだ。あのときも今も。

 児玉はともかく、あの子のことは嫌いじゃなかったのに。

 ふと、幼なじみの勇を思い出した。


「あれ」


 思わず声がでた。

 児玉はおれの膝をまくらにして、寝てる。


「あれっ?」


 もう一回イメージして、もう一回つぶやいた。

 何度イメージしても、結果は同じ。

 部屋にはノリのいいロックが流れている。


(あれ……?)



 勇がいきおいよく体ごと向かってくるのに、想像上のおれは、ちっともガードしようとしない。



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