たとえ痛い思いをしても
おれの告白には歴史がある。
最初の告白は一年前の夏。
「つきあう?」
半疑問形の、ちょいズルい感じのラインだった。
そもそもの出会いは、おれの悪友がセッティングしたコンパ。
あきらかに〈好き〉って感じの態度をみせてて、おれのほうもわるくないなと思って、んで告白っていうものは男からするものだと思ってたから、その夜にラインでコクったんだ。
結果成功。
そして一週間後にフラれる。
いま「よりをもどそう」ってメッセージしてきたのは、そんな女の子だ。
「ユウカって誰よ?」
ぴとっ、と肩から二の腕に体をくっつけて、おれのスマホをのぞきこんでくる。
「本気かね~? 正とよりを~? 正気じゃないね」
さらに、画面の中に入ろうとするかのごとく、頭をぐーっとのばす。
ショートカットのアホ毛の部分がおれの鼻先をくすぐった。
プライバシーもマナーもおかまいなしに、指を下にすべらせて履歴までがっつりチェック。
ねぇ、と首を回して勇の目が向く。
「一年以上も音沙汰なくて、いきなりこれ。意味わかる?」
「なにが?」
「ふつうにワナだよ。まー、ワナっていうか……ただ誰かをキープしたいだけの女。クリスマスも近いし。正って見た目だけはいいし」
「なんで『だけ』のトコだけ微妙にボリューム上げるんだよ」
見た目だけはね、とまた言った。「だけ」をやけに強調して。
勇が体をはなして、おれのスマホを指さす。
「会わぬが吉とみたゾ。おとなしく勇お姉ちゃんの意見をききなさい」
「おまえ、妹だろ」
「精神年齢じゃ上」
「おれは彼女を信じる。いつだって、女の子を疑うってのは最後の最終手段だ」
「それじゃバカをみるだけだって。いい? この件はスルーすべし! おけ?」
おれは勇の後ろ姿を見送った。
おけ
と、おれはユウカに返信した。
◆
幼なじみの勇はワナだと言う。
たしかに、この恋は〈正しくない〉のかもしれない。
「おっはよー」
こみあう駅の出口で、彼女が片手をあげた。
おはよう、とおれもさわやかに返事する。
登校デート。
彼女はいきなり、おれと腕を組んだ。
ハタからみたら立派なリア充カップルの誕生だ。
「じっとしてて」
と、おもむろにマフラーをこっちに伸ばす。赤いチェック模様のマフラー。
「よし、できた。いい感じ」
おたがいの首と首をマフラーでつなぐスタイル。
リア充オブリア充。
よりをもどす、ってすげーな。
こんな急接近する?
おれがこの子にコクって、フラれるまでのみじかい期間ですら、こんなに親密じゃなかったぞ……。
「どうしたの?」
うっ。
さっそく顔色にでちまったか。我ながらウソのつけない男だ。
「な、なんでもないよ」とおれはとぼける。「今日も寒いね」
「そうだね」
「冬って寒いよね」
「……」
ひさしぶりのこの感覚。
実際に口に出されてはいないのに、つまんない、っていうのがアリアリの空気。
そう。
はっきり言って、おれは話し下手なんだ。
会話で女の子を楽しませたことなんて一度もない。
わるいことに――
「知ってる? 駅前にスイーツのおいしいお店がオープンしてさぁ」
「へー」
「……。あ、あのさ、今日の私の髪型どうかな? サイドを編み編みにしてるでしょ? これ早起きしてがんばったんだよねー」
「早起きしたんだ」
そっちじゃねぇよ、って表情になった。
それは読み取れる。
でもリアルタイムの会話でうまく〈読む〉ことができない。おもしろい話の流れや、相手の興味などを。すなわち、
――聞き下手でもある。
おれが13回もフラれた原因は、まちがいなくこれだろう。
沈黙が金、とばかりに彼女は静かになってしまった。
記念すべき一回目の告白を受けてくれた彼女。
朝比夕夏。
先生のチェックにひっかからない程度に、すこしだけ髪を赤茶色にしている女の子。
同じ学校の同じ学年で、クラスはとなり。
(ん? やけに、まわりを気にしてるな)
きょろきょろと横をみたり後ろをみたり。
まるで、誰かをさがすみたいに。
まあ、いいか。気にしない。
せっかくよりがもどったんだ。
おれは、この朝比さんを相手に、今度こそ正しい恋をつくってみせよう。
◆
「やったの?」
そう言って、せわしない箸さばきで、弁当をパクパクたべる男。
「やってない」
「んはっ!」口から米つぶが飛び、おれの机についた。「ちょっ。わらわせんなよショー!」いつものように、歯の間からジェット気流のように空気をはきだして「ショー」と発音する。
昼メシの時間。
おれは食べもののにおいの満ちる教室で、友だちと弁当を食っている。
「じゃ、あのラブラブはなによ~? おかしーだろって」
「おかしいか?」
「やったべ」
やってない、とまた言った。
「欲望のかたまりだな」
と、これはおれのセリフじゃない。しゃべったのは紺野で、一つ前のは児玉。
わかりやすく、紺野は優等生タイプで、児玉は不良タイプ。ただしガチじゃないマイルドな不良。
「おれもやりたかったんだけどなー。案外、ああみえてガードがかてーんだよなー朝比ちゃんって」
「やめろ」
「もー、おこんなよ~コンちゃ~ん」箸をもったまま、となりに座る紺野と肩をくむ。「おれはショーを祝福してるだ・け・さ」
「それと『やった』となんの関係がある」
「男女の仲をもっとも深める行為がそれだからじゃんよ」と、紺野のほっぺを人差し指でおした。「まっ、やってないとしたって、親友が女の子とラバーになれたんだ。これが祝福せずにいられるか!」
ちかくの女子たちから冷たい視線を感じる……。
おれは児玉をなだめ、べつの話題にかえた。
明日から期末だな、と切り出したら、いとも簡単にそっちの話になる。
その日は下校のときも彼女といっしょで、またマフラーを恋人みたくつないだ。
(地獄だな)
テストの出来が。
留年しないように、なんとしても赤点だけは避けたいところだ。
火曜日の今日から金曜日まで地獄はつづく。
……がんばるしかない。
「友達と予定入れちゃった! いっしょに帰れなくてゴメンね」
と、さっきラインがきた。冷や汗の顔と、両手を合わせた絵文字つき。
ふっ。今までのおれなら、おとなしくあきらめていただろうが……
(よし! ひげよし! 鼻毛よし! 眉毛よし!)
男子トイレの鏡の前で指さし確認する。
本日も、ぶっちぎりでおれはかっこいい。
(もう、のんびりできないからな)
強引にいくぞ。
「友だちより、おれとつきあえよ」――これだ。
校門をすこし出たところで、一時間ちかく待った。
学校の出口はほかにもあるけど、昨日もここだったから、きっとここを通るはず。
(あ。朝比さん?)
小さな姿がみえる。
一人きりだ。すこしうしろを見たが、誰も彼女についてきていない。
(友だちより、おれと――ちゃんと顔もキメて)
シミュレーションしながら、おれは彼女のほうへ歩いていく。
と、
校門前に、一台の車がとまった。
赤いスポーツカー。かっこいいデザイン。
車は右向きで、ハンドルが奥の席……ってことは左ハンドルか。
邪魔だな。
思いっきり、校門前の通行をさえぎるようにとめている。マナーわりぃなぁ。
あれじゃ彼女をとおせんぼして通れないぞ。
(あっ)
なんか話してる。楽しそうに。
そして小走りで車のうしろを回り、助手席のほう、つまりこっちにくる。
「あっ」
おれに気づいた。
彼女はひくく頭をさげて、運転席に向かって〈ちょっと待ってて〉のジェスチャーをする。
「あ、あれって……」
にっこり、彼女は笑った。
CGみたいな笑顔にみえた。
なぜか背筋がゾッとした。
「あれ? お兄ちゃんだよ」
「え? ああ……そうなんだ」
「まじまじ。じゃ、いそぐから」
自動的に体がうごいた。
おれは彼女の手を、つかんでいた。
「信じていいのか?」
「…………」長めの無言のあと「……うざいなぁ」
ばっ、と手をふりほどかれた。
その手を赤い車に向ける。
「あれ彼氏。なんか文句ある?」
「いや文句とかじゃなくて……」
長い髪を耳にかきあげる。不満そうな顔で。「クラスにストーカーっぽいのがいてさー、しつっっこいんだよねー。正クンとつきあってるのアピールしたら、そいつもあきらめるかなって思っただけ。それだけよ。いいじゃん。正クンも、そっちのがカッコつくでしょ? そんだけイケメンで彼女いないと、やばいやつかと思われるよ?」
「おれは……」
「ね? もうちょっとだけ恋人の演技して?」まっすぐおれの目をみつめて言った。「私もガマンするから」
そのときおれの左で、黒い影がうごいた。
イノシシのように朝比さんに突進していく。
距離をつめ、その影は右手を斜め上に高々とあげた。
あきらかにビンタのモーション。
「ふざけんなっ‼」
「やめろ! 勇!」
おれはダイブするように、いや実際にダイブして、二人のあいだに割り込んだ。
ばっちーん
火花のちる景色。
ななめに流れる青空。
おどろき顔の朝比さんとしまった顔の勇がどっちもみえる視界。
おれは、バドミントン部のエースのスナップがききまくった平手打ちをうけて、地面にダウンした。
うすれゆく――いや、それほどでもないが――意識で考えていることは一つ。
正しい恋はどこだ?